魔法少女≪逃亡≫

渡貫とゐち

魔法少女≪逃亡≫【前半戦】


「――れいれちゃんっ、制限時間タイムリミットは!?」


「三十分!! だからって大した相手じゃないとか思わないでよ!? たとえ制限時間が三十分でも、相手の攻撃が三十分も止まないのだとしたら……――難易度は十時間を耐え抜く場合と同じなんだから!!」


 町に突如として現れた『化物』……、宙に浮き、独立して動く巨大な手首から先の『手の平』が、近くのビルを握って引っこ抜いた。


 放り投げられたビルが、二人の少女の元へ飛んでくる。


「――うわッ!?」


 二人が左右に散る。

 落下したビルが住宅街を破壊し……――連日、ニュースで報道するべき多大な被害だが、これはまだ『仮』の結果だ。

 彼女たちが張った結界内でおこなわれた破壊活動は、まだ現実には反映されない。

 彼女たちが『負け』れば、破壊されたものが時間差で、現実で同じ結果を迎えることになるが……『勝て』ばいい。


 そう、『逃げ切れ』ば――


 張った結界が化物を消滅させる。


 同時に、破壊活動も時間を巻き戻すように修復されるのだ。



「やばっ、れいれちゃんとはぐれちゃった!?」


 黒髪童顔。小柄な魔法少女・朝日宮あさひみやきらなは、自分よりも大きな瓦礫に身を隠しながら、敵を窺う。

 宙を浮く、手首から先だ……五本指。

 親指の位置から、あれは右手らしい。


 なら、左手もあるはずだ……。

 もう一人の魔法少女である、『れいれ』が確認していればいいけれど……もしもきらなとれいれ、二人が見失っていたら危険だ。

 視界の外から不意打ちで攻撃されたらひとたまりもない。


「制限時間は三十分……って、まだ一分も経ってないの!?」


 腕時計を見れば、その針はほとんど動いていなかった。


 発見から襲撃されるまで、体感でそろそろ十分……と思っていたが、一分も経っていない。

 残り二十九分、逃げ続けなければならないのだ――それが奥義のルール。


 同時に、魔法少女の役目であり、化物を退治する、『唯一』の手段である。


「(強過ぎる化物デビルには、なんの攻撃も効かない……斬撃も打撃も呪術も魔法も、全て……っ。だから奥義の……結界に閉じ込め、中にいる存在の全てを抹消する『結界殺し』が有効なんだけど――わたしたちも巻き込まれるリスクがあるんだよね……)」


 結界内は、問答無用で慈悲なく、制限時間を越えれば消滅する。

 存在も、結果もだ。

 だから被害も全て『なかった』ことになるのだ。


 しかし、途中で結界が破壊されれば(つまり結界を張った本人の死亡)――結界内の全てが結界の外へ持ち出される。


 破壊が実現するのはこの奥義システムのせいだ。


 魔法少女とは。


 ……無敵の強さを持つ化物の猛攻から命を守りつつ、結界内の脱出口を探し、時間内に脱出しなければならない……。

 ただし開始から早々に出ては意味がない。

 制限時間ギリギリまで化物を引き付けた上で、脱出しなくては、化物が脱出口から出ようと出口をこじ開けてしまう危険性もある。


 化物の気を引き続ける……、尚且つ、攻撃を受けてはならない。

 ……正確に言えば、受けてもいいが死んではならない――。


 魔法少女が死んでしまえば、化物が現実世界へ解放される。

 待っているのは結界内で起こった破壊活動だ。


「(宙に浮く右手……左手もあるなら、足もあるのかな……?)」


 きらなの予想は当たっていた。

 ただし足ではなく、見えたのは隠れているきらなの足下の地面――真下が変形した。


 亀裂が走る。

 広がった穴の先に見えたのは、地面とは思えない水分を持った舌だ。

 ――つまり、口。

 真下からきらなを噛み砕こうと、大口が開かれた。


「くち、も――」


 右手、左手、口……、バラバラになったパーツが独立して動いている……。


 きらなは地面と同じ素材の前歯を足場にし、跳躍する。

 大口から回避はできたが、物陰から出てしまったために、待っていたのは右手だ。

 真横から、巨大な『手』による平手打ちが迫ってくる。


 着地と同時、衝突するタイミングだった――


「刃渡り、二メートル!!」


 きらなは漆黒のローブの内側から、小さなアーミーナイフを取り出し、

 刃を指で触れながら、すぅ、となぞる――宣言と同時、刃の長さが一気に伸びた。


 取り回しやすいナイフから一転、振り回すだけでなんでも斬り落とせる刀になる。


 刃が、迫る手の中指を斬り落とす。

 そこで生まれた隙間に飛び込み、なんとか衝突を避けたきらな……だが、斬り落とした中指が跳ねる――噴出する血を推進力にして、指先が示す方向へ勢い良く飛び出した。


 きらなの腹部に、太い中指が突き刺さる。


「うぐっ!?」


 ……もしも、爪が長ければ、きらなは串刺しになっていただろう――


 中指が深爪状態だったのが幸いした。


 数十メートルも吹き飛ばされ、地面を転がるきらな……、漆黒のローブが破れていく。


 魔法少女でありながら地味な格好なのは、『見つからない』ことを念頭に置いているためだ。

 ローブの下は魔法少女『らしい』明るい赤の衣装だが、こんな格好で結界内にいれば、すぐさま見つかってしまうだろう……。

 まあ、化物は『目』だけで見ているわけではないので、効果は薄いという意見もあるが――

 しかし僅かでもいい……。

 見つかりにくい方法があるならやった方が得だ。


 その僅かが、生死を分けるのだから。

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