第四話 赤目現象
結局の所、寝不足は継続中だった。村本くんと神下が会話した事も気になってしまった。放課後に海向さんと会う事も眠気を吹き飛ばすには十分な材料だ。それに授業と授業の間に村本くんが、話し掛けて来た事が頻繁に続いたので僕は、保健室へエスケープする事にした。理由は睡不足だったが、体調不良と嘘を付いた。4時間目が始まると同時に教室を出て、保健室に向かう。静寂が包む廊下。時々、先生たちの教鞭を執る声が聞こえて来る。別世界みたいだった。静寂に響く声は、何処か他人事で傍観者になった様な優越感があった。みんなは勉強に取り組んでいる間、嘘を付き、保健室へ向かう。何とも言えない背徳感。罪の意識で少しだけ覚え、震えてしまう。一つだけ難点を言えば、僕のトレンドマークである一眼レフカメラを教室の鞄に置いて来てしまった事だ。誰も存在しない廊下を撮影したかった。昼間の騒がしさに見付けた焦燥感。既に完成された一つの作品の様な廊下だ。朝、登校した時には何も感じなかったけど、今は生徒たちが登校している。それ故に作品として確立された。うんうん。と、1人で頷き「あ!」と声を出して気付いた。カメラに人の気配は映らない。映るのはリアルそのもの。撮影した所で殺風景な廊下が映し出されるだけ。
僕はバカか。睡不足で頭の回転が鈍くなっている。芸術品ではない物を芸術品と思ってしまった。面白い構図と錯覚してしまっている。もう救えないバカだ。
肩を落とし、目的地である保健室へ足を進めた。
保健室に着き「失礼します」と言い、入室。部屋を見渡すが、誰もいない。保健室の先生も居ない。ちょっとした孤独だった。後から事情を説明すれば良いと考え、ベッドに向かう。保健室のベッドは3つある。それぞれカーテンで区切られており、扉から1番奥のカーテンが閉じていた。誰も居ないと思ったが、誰かが寝ているみたいだ。隣のベッドも空いていたが、一個飛ばして、廊下側のベッドを使う事にした。例えるなら、電車のシートが空いているのに、敢えて元々座っている人の隣に座る様な気持ち悪さだ。だから一個空けて、ベッドを使う事にした。人間はパーソナルスペースを大切する生き物だから、それにそれを侵害すると怒る生き物でもある。僕だって、パーソナルスペースにズカズカ無意味に入られたら嫌だ。自分が嫌な事は他人にもしないのが僕の流儀だ。
さて、靴を脱ぎベットに入る。忘れずにカーテンも閉めた。完璧な僕の空間だ。区切られた空間に居ると安心する。眠気がまた戻って来た。寝よう。昼間休みになると生徒が無駄に集まってしまう。それまでに睡眠を取ろう。
ウトウトした所だった。現実と夢の狭間で意識が溶けて行く。本当に疲れていたみたいだ。眠って起きた時には5時間目が始まっていた。昼休みもブッ通しで寝ていたみたい。
「やっと起きた?」
「はい?」
横を向いて寝ていた僕は、背後からの声で驚いた。振り返る様に頭を向けるとそこには日坂 ひなたがベッドに腰を掛けてスマホを弄っていた。何でここに居るのか意味が分からなかった。それより保健室の先生は?普通、昼休みも爆睡する生徒は叩き起こされるんじゃないのか? そして日坂 ひなたはどうしてここに居るんだ? 疑問過ぎて、頭が痛い。
「ウチさぁ。やっぱ海向さん、怪しいって思うんだ。橘はどう?」
「……」
聞かれても困る。僕だって分からない。真実を聞けないまま、昨日が過ぎた。日坂 ひなたは真剣な顔をしている。
「な……んで気になるの?」
「うーん。言っていいの?」
「……うん」
深刻そうな顔をしている。
「自殺したっていうOLさん、ご近所さんだった。挨拶もするし、一緒に遊んだ事もあったんだウチ」
意外だった。僕は何を言えば良いんだろうか? 僕は助けようとした。でも結局は亡くなっていた。村本くんは写真を撮影して、喜んでいた。コレを伝えるべきだろうか? いや、伝えるべきではない。
「ウチ、バスケ部じゃん?」
「う、うん」
「女バスって厳しいんだぁ。生理くらいじゃ、休めないし、血を出しながらでもヤレって言われる訳よ。でも、知り合いが死んだ時くらいは、休んでも良いじゃん? でしょ?」
日坂 ひなたは涙目だった。歯を食いしばり、涙を必死に抑えていた。流れない様に、溢れない様に。それは本当に我慢しないといけないのか、僕は分からない。涙は自然に流れる物で、恥ずかしい訳ではない。でも僕は彼女に掛けて上げる言葉を持ち合わせていない。ただ、その涙を見ない様に、視線を下に向けるだけだ。彼女が守っているプライドを僕が汚す訳にはいかないから。
「日坂さん、放課後に海向さんと会うんだ。その時に聞いてみるよ」
「本当っ?」
「うん。任せて」
「ありがとう。橘って陰キャだけど良いやつだな」
「あ、うん」
僕、陰キャ枠なんだ。それはそれで悲しいなぁ。確かにカメラをやっている人って陰キャかもしれない。村本くんも見た目は完全に陰キャだ。僕のその仲間だとすれば、陰キャだ。現実を見せられるのは辛い。日坂 ひなたは確かに一軍女子だ。スポーツも出来て、勉強も出来ると予想出来る。その反面、ご近所さんの死に泣いてしまう普通の心を持つ。ギャップ萌えという言葉がピッタリだ。勿論、この場でその言葉をチョイスする程、愚かではない。それよりも僕は悩んでいた。彼女の知り合いであるOLさんの亡くなった場所に僕も居たいんだ。言うべきだろうか?
少し考えるが、僕は下を向いた。言える訳が無い。言っても何も始まらないし、既に終わっている。彼女の心を抉るだけで、これ以上に傷を負わす事は出来ない。
「あの」
「ん?」
首を傾げる日坂 ひなた。
陰キャである僕からの話し掛けられる事が不思議と言わんばかりの顔だった。
「その亡くなった人はどんな人だったの?」
「ウサネェかぁ」
「ウサネェ?」
「上草 静音。っていう名前。だからウチが名付けた。カッケーっしょ?」
「うん?」
絶妙過ぎるネーミングで反応に困る。良いとも言い辛いし、悪いとも言えない。遠慮と考慮の板挟みだ。ひとまず、曖昧な相槌で逃れ、話しを聞こう。
「ウサネェは元気な人だったなぁ。ウチと一緒で学生の時はバスケ一筋。恋愛もしないでずっとバスケだったんだあの人。ウチは部活無い時とか、バリバリ化粧するけど、あの人は化粧出来ないからウケたなぁー」
遠い目をして彼女は語る。時々、鼻を啜りながら涙を流さない様に毅然を装っていた。か弱い女の子が目の前で必死に頑張っている。負けない様に、涙を見せないで僕に語ってくれる。
何故ここにカメラが無いんだ? 一瞬で壊れそうなガラス細工が小さく、震えている。気丈に見せようとその姿は儚げで、それで以上に強さもある。僕は彼女を画角に収めたい。死に対して、悲しむ。そんな簡単で当たり前の姿がこんなにも美しい。
撮影したい。一軍女子など被写体に該当する訳が無いと敬遠していた。写真を撮っても、無意味とさえ感じていた。けど違うんだ。彼女はこんなに美しい。他者の死で悲しんでいる彼女は誰よりも美しい。この根幹はどこから来るんだろうか? 死を嘆く事が美しいという事は、単純な生は美しくない? 途端に気持ちは落ち込んだ。この感情は自殺者を撮影して喜んでいた村本くんに酷似する。死が生きている人間を美しい物に格上げしているんだ。じゃ、何も生きている人間は? 美しく無いのか? 例えば、神下 恵は? 彼女も母親が亡くなっている。けれどそこには死を纏う美しさは無い。生命に溢れ返り、落ち着いた姿だ。僕はそこに写真的な美術感覚が生じない。
村本くんに対して、尊敬する一面は、変わっているという感情があった。僕も同じなのかもしれない。
「どした?」
自然に僕の表情が曇ったんだろう。日坂 ひなたは心配そうに僕を覗き込む。ベッドに座っている位置関係から僕等の距離は限り無く近い。吐息を感じられる近距離だ。意識はしているつもりは全然無かったのに、心拍数が上がった。男とは何処まで行っても男で愚かだ。落ち込んでいた筈なのに、女子が近距離に座って尚且つ心配されてしまうとイチコロだ。彼女曰く僕は陰キャだから、仕方ない。
「いや、なんでもないよ。日坂さんも身体しんどいんでしょ? 僕は平気だから。休んで」
「ウチはもう帰るから余裕っしょ? 橘は帰らんの? あ、そっか! 海向さんに会うんだっけ」
「そうそう。言ったばかりだよ」
「ごめんって。許せ。ウチは忘れ易いんよ。でも少し話せて良かった。スッキリしたわ」
「それは良かったよ」
日坂 ひなたはそう言うと、ベッドから降りた。「あーまだ腹イテェ」とお腹を押さえ、振り返る。
「写真ってさぁ。想い出だけど、なんだか切ないわ。橘は切なさの製造機みたいで、可哀想」
ニコっと笑い、彼女は保健室を後にした。彼女に写真の話題を振っていないのに帰り際にそう言った。しっかり彼女の目を見ていなかったけど、目は真っ赤だった。やはり、OLさんの話をするコンディションではなかった。聞くべきではなかった。彼女の立場で話せば楽になると勘違いだった。僕の自己満足で自己中だ。関わった以上、知るべきと思う所が強く、彼女を利用してしまった。僕はどれだけ、駄目なんだ。いつも事後に気付く。彼女が捨て台詞で言ったのは、皮肉だ。悲しさを増幅させた腹いせに言い放たれた一言だった。
僕は起き上がる。彼女の真剣な言葉も横になった状態で聞いていた事にも驚きだ。何処までも失礼だ。果てしない程の大馬鹿だ。救いようもない。
再び、僕は横になり白い掛け布団に包まった。
もう一度、寝よう。何もかもが嫌になったら、こうするのが1番だ。全てを拒絶してしまうこの情けない姿。
愚かで無様だ。
程なく、僕は直ぐに寝た。全てをリセットするみたいに。
気付くと放課後だった。起こしたのは保健室の先生だ。保健室を不在にしていたと事を謝罪され、程なく退室させられた。先生も帰宅するらしく、僕の存在が邪魔みたいだ。もう少し寝てたい気持ちを押し殺し、教室へ向かう。
職員室の前を通り過ぎた時、中から声がしたので自然と足を止めた。ドア越しなので鮮明に聞こえなかったが「自殺」「OL」「いじめ」というキーワードだけ拾う事が出来た。昨日の事で一日中職員会議をしていたみたいだ。だから授業の無い保健室の先生が不在だったのか。僕としては、寝れる事が出来たので助かった。
歩みを再開させる。外から部活動を頑張っている生徒の声がした。本当なら、僕も写真部に顔を出さないと駄目だが、コンテスト前という事もあって今の時期は自由参加となっている。被写体を探さないと駄目だ。ベスト風景なんて、早々見付からない。素材の被写体を撮影出来れば、入賞は狙えるんだ。教室で自分の荷物を取り、帰宅する事にする。残念な事に僕を待っている人など1人もいない。僕は悲しさを教室に残し、下駄箱へ向かった。下駄箱に着くと辺りを見渡す。そこには海向 なぎさの姿はない。少しだけホッとしている。会いたい気持ちあるけど、会いたく無い気持ちもある。出来る事なら昨日の記憶だけを切り取り、フラットな状態で会いたい。
下校途中の生徒がちらほら居る中、僕は溶け込む様に扉を開けた。ウンザリする熱波が全身を一瞬で熱くさせる。クーラーで冷やされた身体に夏の気温は少しだけ、優しく包んでくれたが、その後は焼き殺すみたいだった。
正門の方へ進むとそこには、海向 なぎさが御坂高校の長い長い坂を見下ろしていた。背景には大きな入道雲が浮かんでいる。空は青く、濃い。海でもなく、湖でも無い空の色。絵の具みたいだ。正門の真ん中で坂をを見下ろすその姿は、下界を見下ろす天使みたいだ。
思わずカメラを構えて、シャッター切った。こんなに美しい世界を僕は知らない。彼女はこの世の者ではない神秘の存在。頭でそんな物語を展開していると彼女は振り返った。ポニーテールが左右にゆっくり揺れ、重力に負けた地面へ垂れる。彼女の表情は無表情。でも眼力だけは怒っている様に僕を睨んでいた。
「無断撮影?」
と、不思議そうに言う。確かに無駄撮影だ。つまり盗撮になってしまう。
「ごめん」
「いい。撮影出来ていないから」
「え? あー」
バカだ。僕は大馬鹿野郎だ。レンズカバーを付けたままだった。ファインダーを見る暇も無かったから、レンズカバーの存在に気付けなかった。
せっかくの写真が。こんなシャッターチャンスは二度と来ない。
僕は肩を落とす。
「悲しい?」
「そりゃ」
「私を撮影して、どうするの?」
「コンテストに出すんだよ。キミの写真なら入賞出来るかもしれないし」
「そう。私の事、好きだから撮ってると思ってた。さよなら」
「え? ええ?」
彼女はそのまま、坂を下り出した。海向 なぎさから飛び出た言葉は、僕の心臓を鷲掴みにした。心拍数が劇的に上がったのが分かった。顔も熱いし、変な汗が吹き出した事が手に取る様に分かった。彼女が言う事も理解出来る。好きでも無い人間を撮影する意味が分からない。けどこの感情は、恋愛の好きなんだろうか?僕にこの感情を表現出来ない。好きというのは、とても不可解だ。神下に向ける想いと海向 なぎさに向ける想いは別次元で、類似点は少ない。このまま恋愛感情と自分に言い聞かせるのは容易だ。でもそれは嘘で、作られた想いだ。じゃ、この想いは?
僕は考える。その間にも彼女はドンドン進む。
うーん。あ! これはカメラマンとしての意固地な想いだ。探究心と成功したい願いだ。
「キミは僕の願いだ!」
頭で出た答えを口にする。声は坂を下る全ての人に響いた。誰もが振り返り、僕を見ていた。彼女も見ていた。何とも言えない表情で僕を見上げて、少しだけ笑った。彼女はゆっくりしたペースで坂を登り始める。ゆっくり、ゆっくりと。地面の感触を靴底に感じながら、僕との距離が縮まるのが一刻一刻、嬉しいみたいに。ここで僕はやっと自分の声量がバグっていた事に気付き、沸騰する思いで地面に視線を向ける。
これはやってしまったヤツだよ。ヤバいヤバい。なんだよ。僕の願いって。ドラマだよ。頭がおかしいヤツだ。どうしよう。海向 なぎさも絶対に笑ってる。ってか笑っていた。
反省に反省を重ね、僕は茹で蛸みたいに真っ赤だった筈だ。彼女と視線を交わす事なんて、今はしたくない。ずっと下を向いたまま時間が止まれば良いと、地面を睨む。しばらくすると人の気配がした。もう目の前に居る。視線の先に彼女のローファーが見えている。何を言われるの? バカにされる?
「橘?」
声を掛けられ、自然と首を振ってしまう。完全に僕なのに否定してしまった。
「橘?」
また呼ばれた。我慢出来ずに目を瞑った。何も変わらないけど、今は何も見たく無かった。数秒間の逃避をしていると気配が消えた。
もう居ない?
と薄目をする。
「うわぁ!」
「橘だ」
そこには覗き込む彼女が居た。こんなに接近されたのに分からなかった。思わず後ろに倒れて、尻もちを付いた。
「イタタっ」
強く打ったみたいで、声が出てしまう。
「ホラっ?」
白い手が目の前に差し出された。細く長い腕。透き通る肌。やはり芸術的だ。僕の願いと言った事は間違いではない。本当に写真家としては、願いそのもの。被写体の枠の中で、彼女に勝る者はいない。
躊躇してしまう。差し出された手を易々と握って良いんだろうか? 相手は僕に「私の事が好きなんでしょ?」と言って来ている状態だ。カメラマンとしては断固拒否すべき案件じゃないのか? 脳裏に神下の悲しそうな表情が浮かぶ。
僕は自分で立ち上がる事を選択した。
「ありがとう。大丈夫だから」
僕はお尻を払い、彼女の前に立った。
「そう」
彼女の言葉に感情を読み取れない。悲しそうでもあるし、無感情な気もする。
「行こっ」
「…う、うん」
彼女は歩み始めた。何処に行くつもりだろうか? スタバやマック? 昨日の事も聞きたい。出来れば、人の少ない場所が良いんだけど。
「……」
無言だ。耐え難い空気かと言えば、そうではない。少し距離感があるけど、彼女が自然だ。何も変わらない。遠くからカメラのファインダーで覗いてたみたいに不変だ。何者にも屈せず、何者に対しても態度を変えない。今朝の日坂 ひなたと話していた時も彼女は彼女のままだ。
揺るがない強さだ。芯が強いというか、内から湧き上がる魅力というヤツだ。僕みたいな人間には、一生、持てない。
「ねぇ」
「え? なに」
前を歩く海向 なぎさが振り向かず、声を掛けて来た。予想もしていない事で驚きを隠せない。
「ずっと見られると恥ずかしい」
「え!? いや、あーいや。その。えっと。ごめん」
「うん。いい」
若干、頭の理解が追い付かない。あの海向 なぎさが恥ずかしい? いやいやあり得ないでしょ? 今も威風堂々と歩を進め、周囲に無関心っぽいクールキャラが? 恥ずかしいという感情を持ち合わせているの? ちょっとパニックだ。僕みたいな自称カメラマンに見られて、恥ずかしいという感情を生じるなんて。いや、待て。落ち着け僕。前提が間違っているのかも知れない。彼女は普通の女の子で、僕が理想を押し付けているだけかも知れない。それだったら、申し訳ない。お粗末な想像力で人格形成をしてしまった。そもそも僕は彼女の事を余りにも知らな過ぎる。写真を通して見ているだけで、本当に何も知らない。じゃ、この機会は良い機会だ。写真を撮る上で、彼女を撮影すれば見えて来る物がある筈だ。そして知った上で再度、撮影しよう。
僕は彼女に賭けている。彼女の写真でコンテストに入賞するんだ。散々模索したけど先程、叫んだ想いが全てだ。海向 なぎさは僕が写真コンテストで入賞したいと思う、願いそのもの。だったら、頭を切り替えよう。
「海向さん、何処に行くの?」
「家」
「何処の?」
僕はカメラを構えながら言う。
「……撮るの?」
歩を止めず、見ないで言う。
「ダメかなぁ? さっきも言ったけど、僕はキミの写真でコンテストに入賞したいんだ」
「ふーん。そう。好きにして。でも撮る時は言って」
「あーでもさー。写真ってその瞬間瞬間だから、ひと声掛けるとその瞬間を見逃しちゃうっていうか。自然体のままがベストで、構えられた写真はもう自然じゃ無い不自然なんだよ。だから言わないとダメかなぁ? 僕のタイミングでシャッターを切りたいんだよね?」
「橘」
「何?」
「好きな物の事はいっぱい話すんだ」
「あ……」
やってしまったらしい。こういう所が陰キャと言われる所以だ。得意分野になると饒舌に話し出す。相手が引いている事などお構い無く、しかも偉そうに自信満々と述べるのだから気持ちが良い物ではない。彼女もそうだ。撮影されているだけでも気分が良いか不明なのに、思想的なモノを押し付けてしまった。
「ごめん」
「どうして?」
今度は立ち止まり、今度は振り返った。疑問を口にした様に表情も疑問顔をしている。そしてやはり少し怒っているみたいだった。
「いや、なんかごめん」
「私は、理由も無い謝罪が嫌い」
やはり怒っているみたいだ。僕を睨み付ける瞳が怖い。殺意にも似た感情が込められている。眉毛も吊り上がっている。完全に怒っている。嫌いと口に出しているので当然だ。はっきり言わないとダメな雰囲気だ。
「得意分野で一気に話して、ごめん。引いたよね」
「どうして?」
「だって気持ち良いモノじゃないよ。しかも撮られる側からしたらどうでも良いよね」
「私は好きにして、って言った。聞いていなかった?」
「聞いてたけど……」
「だったら良い。いっぱい話す人、お父さんみたいでちょっと嬉しかっただけだから。行こっ。私の家に」
「あ、うん」
思ってもいない反応だった。彼女はまた歩みを再開したが、その姿は先程とは違う。何処かツンデレみたいに照れ隠しをしている様にも見えた。そっか。僕の自分勝手な説明はお父さんに似ているのか。そっかそっか。って!? 彼女の家に行くの? いやいやあり得ない。年頃のJKが同級生を家に招く? しかも僕が海向 なぎさを好きと思われている状況で? 間違いとか起こる可能性とか考えないの? 危ないし、僕が父親だったら絶対に2人切りにさせない。
「どうしたの?」
海向 なぎさが振り返る。余裕が無かったから忘れていたけど、彼女はやはり綺麗だ。それは常に綺麗で、僕と話している時でも継続中。ドキドキしている自分に気付いてしまった。当たり前だ。彼女は純白な存在だ。今だって、下級生、同級生、上級生。通りすがりの人全てが彼女を見ている。遠巻きに僕も視界入っている筈なのに、除外されているのは言うまでも無い。彼女を見ている者からすれば、僕はモブだ。背景と同化している名の無い背景である。でもだ。今から僕は彼女の家に行く。なんていう優越感だ。勝ち組になった様な気持ちだ。
だけど、その気持ちは一瞬で消え去った。
海向 なぎさの後方に彼女が見えてしまった。僕の彼女である神下 恵だ。この暑い中、日陰にも入らず炎天下に晒されている。
何のつもり? 僕に対して贖罪のつもり? だったらそれは間違いだ。何でキミが汗だくになる必要がある? 何でキミが辛い想いをしなきゃいけない?
奥歯を噛み締めた。変な苛立ちだった。焦りもあったけど、怒りの方が大半を占めていた。
「橘、そんな顔出来るんだ」
「………うん?」
嫌な表情をしていたのは、自分でも理解出来る。隠す事が出来ず、表に出さないと怒りが制御出来ないと判断した。目の前に海向 なぎさが居ても、我慢出来なかったんだ。彼女はそんな僕を見て、昨日、見せてくれた笑顔を僕に向けた。繊細な笑顔で、冷徹だった。優しい表情の筈なのに、見下す様な感覚がした。少し恐怖してしまったが、最初とは違う感情も湧き上がる。例えるなら、キスがしたい衝動に酷似している。快楽的な欲求を刺激する笑顔だった。中毒性が1回目より2回目の方が強く、僕はまた変な笑顔になっている。
「ふふっ」
海向 なぎさは魔女の様に笑っていた。それは恐怖と妖麗を兼ね備えた摩訶不思議な現象だ。僕は更に魅了されている。その所為で、神下の存在が希薄し、接近している事に気付けなかった。
「橘くん?」
「あ! ええ! ああっー神下!?」
神下 恵は僕と海向 なぎさの間にカットインして来た。当然の事だけど、神下は怒っている。困惑もしているみたいだけど、怒っている比重の方が大きい。
「誰?」
海向 なぎさが表情を戻し、神下を睨む。神下は子犬の様に僕の隣に来て、腕を掴んだ。
「か、彼女です。貴方こそ誰ですか?」
「私? さあ? 橘が説明するから橘に聞いて」
2人共、怒っている。
神下は僕に対しても怒っているんだけど、海向 なぎさに対しては敵意を向けている。
もう話すしか無い。
僕がダメなんだ。説明責任には、僕にある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます