第3話 空から降る矢
その後、三人は連れ立って平野を歩いていた。
穏やかな風が吹いて雑草がたなびき、緑のなかの彩りとなっている花が揺れる。中天近くまで昇った太陽が、余すところなく平野を照らしていた。
流れる雲を見上げていたジダイが視線を戻し、先ほど連れ合いとなった少年と少女を見やる。勇者一行と自称した二人は、ジダイに並んで歩を進めていた。
少年の方の名はスバル。剣の心得があり、下級の魔族相手ならば余裕を持って立ち回ることができる実力を有しているようだ。
ジダイの見たところ、調子のいいところがあり軽薄な人物だ。信用に値しない。
もう一人の少女はネイロ。彼女は魔族に襲われていた際も祈っていただけで、戦闘に関して期待はできないだろう。
この二人だけでは旅をさせるに心許ない。やはり自分が街までは同道しなければならないとジダイは思う。
「お前たち、どこに向かうつもりなんだ」
「うーん、とりあえずはヤワタリ村かな。地図によると、ここから一番近い村みたいだし」
後頭部で両手を組みながらスバルが応じる。
「そこから先はどこに向かうんだ?」
「そりゃ最終目的は魔王の元に決まってるだろ。勇者ですから」
「魔王……」
魔界の長である魔王が復活しそうになっていることは周知の事実だった。だが、魔王といっても、その実は五百年前に魔王の肉体を分割して乗っ取った魔族の成れの果てらしい。
その魔王の一体はこの大陸に封印されているため、勇者一行を自称するこの二人が目指すというのは奇異なことではない。
「お前たち二人で魔王を倒そうってのか」
「ま、勇者ですから。な、ネイロ」
「え? う、うん」
ネイロが慌てて首肯するが、やや不安の色があるのをジダイは見逃さない。
「お前たちくらいの年齢の子が二人だけで旅ってのは危険だぞ。悪いことは言わないから、旅をするならもう少し成長してからにしたらどうだ?」
「心配はありがたいけどさ、俺たちは遥々チャキ村から旅しているんだ。これまでも危険なんか二人で乗り越えてきたのさ」
「チャキ村?」
スバルが背負っている麻袋から地図を取り出し、ジダイに指でその一角を示した。
「ほら、ここ、ここ。俺の生まれた村なんだ。それで言うと、ネイロなんか俺に合うよりも前から旅をしているんだから慣れたもんさ」
「ほう? 随分と遠いところから来たんだな」
ジダイが地図に目を凝らしながらその旅程を脳内で計算する。
現在、三人が歩いているフルフル平野は大陸北部に位置しており、交通の要ともなる地域だ。ここは東側寄りで平野に入ったばかりの場所である。
スバルが指差すチャキ村は大陸西端に位置しており、子どもの足でこの平野に辿り着くまでには軽く見積もって四ヶ月はかかるだろう。
「確かにこの距離を旅してきたのは見上げたもんだが、この辺は魔族の動きも活発だからな。君たちだけってのは、やはり危険だぞ」
「心配性だなあ。俺とネイロなら問題ないけど、一緒に来たいって言うならヤワタリ村までついてきてもいいけどさ」
「そうか。ありがとよ」
ジダイは吐き捨てるように返答すると、視線を前方に向ける。
本当にこの小生意気なガキが勇者かと内心で首を傾げざるをえないが、とにかく捨てておくこともできない。
とにかく、ヤワタリ村に到着してからもう少し詳しく話す必要がありそうだ。
苛立ちながらも二人を見捨てられないジダイが自身の奇特さに呆れていると、突如として視野の一角で閃光が弾けた。
「何だ!?」
ジダイが駆け出し、その背にネイロとスバルが続いて走り出す。
走る三人の目前で幾度も視野を白く染める眩い光が炸裂。その度に衝撃で雑草が慄くようにざわめいた。
「どうなっているんだ?」
「スバル君、あれを見て!」
ネイロが空を指で空を差している。
ジダイとスバルが目を上空に向けると、光の尾を引いて輝きながら落ちてくる一条の矢が視界に映った。矢は地上に突き立つと、七色に光る粒子とともに衝撃を放つ。
「空から矢が降ってくるだと?」
「あれだけじゃないみたい」
ネイロの言う通り、光る矢は何本も降って来る。至るところで閃光が弾け、雑草や花が衝撃によって千切れ飛んだ。
「わあ、キレー」
「そんなこと言っている場合じゃないぞ、ネイロ! 早く逃げよう!」
スバルがネイロの手を引き、ジダイも走り出す。そのとき、走る三人の周囲に矢が突き立ち始めた。舞い散る草の破片と衝撃に翻弄されつつ三人は足を動かす。
「うわ! 俺たちを狙い始めたみたいだ!」
「怖いよー!」
「とにかく、ヤワタリ村はもうすぐだ! それまで頑張れ!」
ジダイに叱咤される間でもなく、矢に撃たれないためには走るしかない。スバルとネイロが息せき切って駆ける後をジダイが続き、しばしの時間が過ぎると平野のなかに村が見えてきた。
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