第28話「神がかる!!」
~~~ハイデン~~~
「者ども出会え! 交渉決裂だ!」
ハイデンは身を翻し、襖を蹴破り外に出た。
出た先は枯山水の庭だ。
まだ日の暮れる時間ではないというのに、外は一面暗かった。
嵐の到来を予感させる黒雲が、低く分厚く空を覆っていた。
玉砂利を蹴立てて振り返った。
窮屈なダークスーツを引き裂くように脱ぎ捨てると、鎖の着込みが露わになった。
腰の後ろに隠したナイフを2本、両手で抜き取った。
防御担当の左は逆手、攻撃担当の右が順手。
猫科の肉食獣がそうするように、低く身を沈めて構えた。
ちょっと散歩に出てくるとでもいうかのような風情で、まったく気負いというものが感じられない。
伏兵の存在を示唆したにも関わらずだ。
「コクリコといい此奴といい……。本当に勝てる算段があるのか?」
コクリコは頭のいい女だ。
奴隷の中から這い上がり、瞬く間に文官としての頭角を現した。
ハイデンの副官として、いまや確固たる地位を確保している。
智謀に優れ、状況判断も的確。絶対に不利なほうにはつかない。
この状況で裏切るということは、御子神を信ずるに足る確信があったか、あるいは本拠に何がしかの仕掛けをして待ち構えているのか。
おそらく後者だろうと、ハイデンは踏んだ。
反対派閥を抱き込んだのだろう。
「……よかろう。うるさいゴミどもを一掃するいい機会だ」
さらなる戦いの予感に、ハイデンは口元を緩めた。
血みどろの殺し合いを、ギリギリのせめぎ合いを制して奪う。
彼ら一族にとって、それは甘美なひと時だ。
スーツなど着てかしこまって、世界代表などと気取っていても、その本能だけは変わらない。
ハイデンは思う。
生物の本質は暴にある。
強きが弱きを蹂躙する。
それこそが唯一絶対の正義だ。
にもかかわらず、
すべての民族は、文化的
違反者には、連合して
このままいけば、ペトラ・ガリンスゥはいずれ経済的に困窮し、滅亡の憂き目を見ることになるだろう。
そうなる前に、彼らは打って出なければならない。
完全実力至上主義。有無を言わせぬ『嫁tueee.net』という名の戦場へ。
御子神の血筋は、そのためのいい足掛かりとなるはずだ。
もはや友好的な関係など望むべくもないが、それでも構わない。
楪でも
力でねじ伏せ言うことを聞かす。犯し、子を成す。
地球圏代表を、無理やり創り出すのだ。
幸いにも、屋敷の周囲数キロには民家ひとつない。
多少の悲鳴や物音は、問題にもならない。
監視の目も、ここまでは行き届くまい。
「皆の者! 我らがなぜ略奪世界と呼ばれるのか、その証左を見せつけろ! 多元世界人と地球人の合いの子どもを、ひと捻りに片付けよ! 奪え犯せ! すべてを我が物とせよ!」
おう、一斉に声が返ってきた。
森に潜ませていたペトラ・ガリンスゥの一隊が、瓦塀を乗り越え姿を現した。
兜に
手甲の裏には例の爪が装着されていて、勢いをつけて振ればシュコンと飛び出る仕組みになっている。
ライデンには遥かに劣るが、それぞれが、地球人の特殊部隊の3個や4個は容易く片付けるほどの実力を持っている。
それが30名。
「……盗人どもがギャアギャアと」
楪は、小馬鹿にするように戦士たちを眺め渡した。
「あなたの弟さんならともかく、しょせんは雑兵でしょうが。
眼光を鋭くし、逆にこちらを威圧してくる。
「混血ごときが何をほざく……!」
楪のプレッシャーを跳ね返しながら、ハイデンは右眼に
彼我の戦力が、瞬時に数値で表される。
ハイデンが700、戦士たちが600前後。
対する御子神家の側仕えたちは20。楪自身は400。だが──
(……あてにはならんか)
先ほど楪に片付けられた部下ふたりのことを考えれば、この数値がなんの意味もなさないことがわかる。
彼女らの強さは、武により瞬間的に上下する。
「……くだらぬ」
ハイデンは自嘲し、バトルスコアカウンターを地面に叩きつけた。
「あら、どういたしました?」
ハイデンの行動に、楪が小首をかしげる。
「我が弟のざまを見てな。学習したのよ。数値など役に立たぬと」
「あらあらまあまあ」
楪はにっこり微笑んだ。
「いい心がけですね。なんといっても、人に学び人を認めることこそが、対話の始まりですからね。まあ、いささか遅きに失したきらいはありますが……」
ひとりごちながら、ついと目線を後ろに向けた。
「……城戸、手はず通りよ。わかってるでしょうね?」
白髪の老人に下知し、側仕え全員を退がらせた。
槍に薙刀、
ハイデンは訝しんだ。
「む……? なぜ手下を退がらせた?」
たしかにひとりひとりはお話にもならない戦力だが、盾ぐらいにはなるはずだが……。
「あなたたち如き、私ひとりで充分だからですよ」
楪はあっさりと答えた。
手のひらをちょいちょいと動かし、手招いてきた。
ごちゃごちゃ言わずかかって来い、と。
「……っ」
ハイデンは一瞬目を丸くし──
「……面白い、どこまでも気の強い女だ」
肩を揺すって笑い出した。
笑いが納まると、顎をしゃくって部下に指示を出した。
「やれ。全員でかかれ。──だが殺すなよ? 此奴には、我らが子を成す重要な役割があるのだからな」
おう。
戦士たちは一斉に襲い掛かっていく。
重装備をカチャリともいわせず、しなやかな動作で飛びかかっていく。
──ひとり目が勢いよく仕掛けた。
右のオーバーハンド。
肩口へ思い切り叩きつけようとしたが、すれ違うように斜めに躱され、カウンターで肘を斬り落とされた。
──ふたり目。
手元を削ぎ取るようなフック。
わずかに後退して躱された。
流れた胴を、真横から斬り裂かれた。
──3人目。
アッパーカット気味の軌道。
狙いは肩口。
ちょうど楪は刀を振り下ろしているところで、躱せるはずはないと思われた。
しかし、当たる直前──。
地面すれすれにあった切っ先がくるり
瞬く間に3人やられた。
ふたりが肘を飛ばされ、ひとりが死んだ。
「な……!」
「なんだこいつ……!?」
戦士たちの間に動揺が広がる。
楪がゆっくり一歩を踏みしだくと、ざざっと慌てて距離をとった。
『………………っ』
畏れから、誰も言葉を発しない。
荒い呼吸音と、苦痛に耐える呻きだけが、辺りに響き渡った。
……たん。
誰かが静寂を破った。
……たん。
……たたん。
他ならぬ、それは楪の声だった。
背を丸め顔をうつむけ、何ごとかをつぶやいている。
その場で軽く足踏みしながら、
……たん。
……たんたんたたん。
一心不乱につぶやき足踏むその動作は、
神に捧げるための音曲。
歌に舞い。
拍子に
「ヒ……ッ」
楪の口元が歪んだ。
「イヒヒヒヒ……ッ」
ニヤア……っと、笑みの形に広がった。
呼吸が荒い。
熱に浮かされたように顔が赤い。
明らかに様子がおかしい──。
「
「こいつ……一体……!?」
口々に疑問を投げかけられるが、ハイデンにも答えは返せなかった。
彼もまた、混乱のさ中にあったのだ。
御子神家は、戦うことを生業としてきた一族だ。
人ばかりではない。悪魔外道や妖怪の類をも相手にしてきた。
当然、尋常の法では戦えぬ。
人の身を超えるため、あらゆる手を尽くす必要があった。
かつてヴァイキングがベニテングダケを喰らい、無敵の戦士と化したように。
かつて十字軍の騎士が神に祈り、あるいは悪魔を奉じて無敵の騎士と化したように。
現代戦の兵士がアンフェタミンを投与し、無敵の兵士と化すように。
御子神家は、呪具呪式に答えを求めた。
楪は、妖刀へとその身を捧げたのだ。
彼女に今や、理性はない。
痛みも恐れも感じない。
残るはただ、眼前の相手を斬り捨てるという本能のみ。
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