第23話「幸せになってほしい!!」

 ~~~御子神家みこがみけにて~~~




 地球と多元世界との圧倒的な国力差は、覆しようのないものだった。

 だから時の連邦政府は無駄に争わず、中立であることを決めた。

 誰に味方するでもない、敵するでもない。多元世界を繋ぐポータルとしての役割を果たすことに徹して難を逃れた。


 貿易、外交の交点となる。それゆえに地球は新たな富を得た。

 結果、中立緩衝地帯として、各世界各勢力が見えない火花を散らし暗躍する戦場となった。


 御子神家に迫りつつあるのは、つまりそういったもののひとつだった。


 ペトラ・ガリンスゥ。

 人に近い体型で、人に近い文明を持ち、人に近い言葉を話す。

 原始狩猟社会のように他から得ることで飢えと征服欲求を満たし、繁栄してきた一族だった。

 物資に金品、食料に土地、に至るまで。

 生存し繁栄する糧を、すべて他から得てきた。

 他の世界を蹂躙し、奪うことで栄えてきた。


 御子神本家、応接用の和室。

 ペトラ・ガリンスゥの頭領であるハイデンを出迎えたのは、御子神家代表、当代の一刀いっとうであるゆずりはだった。

 長い黒髪、白皙の頬。30半ばの女盛りの体を紺地の和服に包んだ美人だ。

 ほたるを成長させ、酸いも甘いも嚙み分けた一児の母にしたらこうなるか、といったような女だった。


「――して、本日はいかなるご用向きでしょうか」


 ベルベットのように柔らくなめらかな声。

 眼差しには艶があり、物腰には色香が漂う。異なる世界の男たちですら即座に虜にしてしまうような、得も言われぬフェロモンを発している。

 ハイデンの背後に控える部下ふたりは、早くもそわそわと落ち着かない様子だが……。


 ハイデンだけは別だった。彼だけは最大限の警戒を払っていた。

 たったひとりで自分たち3人と相対していながら、いささかの乱れも怯えもない女が、どだい・ ・ ・まともであるわけがない。


「これは異なことを──」

 語気を強め、

「あなたはわかっておいでか。此度こたびの扱いがどれほど礼を失しているのか」

 膝をにじり寄せた。


「はて」


 ハイデンの圧力に、しかし楪はびくともしない。小首をかしげる姿には余裕すら感じられる。

 アーモンド型の双眸は凪いだ湖面のようにシンと澄んで、乱れることなくハイデンたちの姿を映している。


 地球製のダークスーツに身を包んで誤魔化してはいるが、ペトラ・ガリンスゥの種族的特徴は、はっきりと異質異様だ。

 身幅はないが、立てば鴨居にぶつかることを懸念しなければならないほどに背が高い。

 岩のように硬い灰色の皮膚。髪は白く、こちらもピンピンと硬質に尖っている。

 顔立ちは面長。細長い目つきと合わさって、ずるがしこい狐を思わせる。


(取り残された者たちの子孫……か)


 ハイデンは胸中でつぶやいた。

 草の者たちの情報によれば、御子神は武により身を立ててきた一族だという。

 遥か昔に地球に流れ着いた多元世界人の末裔が、血の力を駆使し、時の権力者の剣や盾になってきたのだという。

 ならば荒事にも多元世界人にも慣れていて当然。

 まして楪は齢30半ばにして当代を継承するほどの女だ。その胆力もむべなるかな。


(生半可な脅しは効かぬか……) 


 ハイデンは方針を切り替えた。


「そもそもがですね……」


 わざと苦しげに顔を歪め、情けない声を出し、情と理で訴えることにした。


「そちらからの申し出でしょう? 他ならぬ私こそがご息女の婿にふさわしいと考えたのでしょう? 一族の繁栄のために外の血を交えようと。我々は、お若いにも関わらず古式を尊ぶあなたのおこころざしに感銘を受け……」


「──事情が変わったのです」


 ぴしゃりと遮られた。


「事情……?」


「蛍は、新堂助しんどうたすくという少年のもとへ嫁ぐことに決まりました」


 知っている。


「かねてより進めていたお話が、ようやくまとまったのです」


 すべて草の者より情報が上がっている。

 だからこそハイデンはここへ来たのだ。


「簡単に言うならば――」


 ハイデンの鼻先に、無情な言葉が叩きつけられた。


 オマエタチハヨウナシデス。


「……は?」


 ハイデンは我が耳を疑った。

 時が止まったように顔面を硬直させた。


「いま……なんと……?」


「もともとがただの当て馬だったのですよ。蛍はてんで奥手な娘ですから、尻に火でもつけないと動き出さない。タスクさんは情に厚い殿方ですから、かねてからの戦友である蛍を見捨てはすまい。形だけでもくっつけてしまえばあとは簡単。頃合いを見てお夕食に薬でも盛ってしまえば……ねえ? なんといっても年若い男女のすることですから……」


 楪は艶然と笑った。


「私たちを……当て馬に使ったと……?」


 意味を察したハイデンの肩がぶるりと震える。

 屈辱に拳が震える。


 楪の口元が波打つように歪む。


「ふ、ふふ……。あなたたちの存在を知った時はびっくりしましたわ……」


 言葉の端々から笑いがこぼれる。


「だってあなたたち……てんで弱そうなのに……っ」


 笑いは徐々に大きくなる。


「せ、『世界喰らい』を名乗っているそうですね。他の世界を襲い奪って生活するから。世界を喰らうという伝説の魔獣にあやかって。く……くく……っ」


 ついには涙を流し始めた。


「はー、おかしい!」


 膝を叩いておかしがった。


「だってそうでしょう!? 世界喰らいさんがスーツを着込んでおめかしして、写真館で写真撮ってくるんですもの! あげく花嫁を他の男に盗られて顔真っ赤にして怒鳴り込んでくるんですもの! おかしいったら! 世界喰らいどころかせいぜい残飯漁りってところじゃないですか!? あっははは!」


 楪の無礼極まりない対応に、まず部下ふたりが反応した。

 立ち上がり詰め寄った。


「てめえ女ぁ! 言わせておけば好き勝手ぬかしやがって!」


「当主とは言え許さねえぞ! 切り刻んで人体マーケットで売り捌いてやろうか!」


「ようやく地金じがねが出てきましたねえ!? いいじゃないいいじゃない! 賊ってのはそうでなくっちゃ! 正規の手続きをとって堂々と正面から来るなんて、ちゃんちゃらおかしいんですよ!」


 楪は即応し、男ふたりと真正面からにらみ合った。


「やめろ!」


 ハイデンの一喝が、和室全体を震わせた。

 男ふたりはぴたりと硬直し、楪は「……あら、けっこう我慢がきくのね。残念」と肩を竦めた。


 全員が腰を下ろすのを待って、ハイデンは口を開いた。


「……失礼いたしました。彼らはまだ若い。強いが浅慮だ。言葉が過ぎました」


 深々と頭を下げた。


「頭領……?」

「なにもそこまで……っ」


 ぎょっとするふたりを手で制する。


 ここで刃傷沙汰に及ぶのは簡単。

 だがその後の処理はあまりに面倒だ。

 多元世界法に基づき、彼らの地球における行動には多重の制約がかけられている。

 裏をつけないわけではないが、なるべく穏便に、かつ自分たちのペースで話しを進めたいというのが本音だ。


(……力ずくで押し込むは最後の手段)


 顔を上げ、楪をにらみつけた。


「だが此度こたびのこと、我らとしてもただで済ますわけにはいきません。なんといっても面子に関わる」


「と、申されますと?」


 楪は可愛らしく小首を傾げた。

 ギリ、部下たちが歯ぎしりする音が聞こえる。


「我らの調査を完璧に済ませておいでなのですよね? ならわかっておられるはずだ」


「……ああ、これのことですか」


 楪の指示で、道着を着た門人たちが入室してきた。

 大型の液晶モニタが運び込まれた。

 楪がリモコンを操作し、『嫁Tueee.net』にチャンネルを合わせた。


 ゲートで区切られた空間は、ペトラ・ガリンスゥの故郷、月の海のような茫漠たる大岩塊だ。


「今日も今日とて繰り広げられる血みどろ熾烈な大激戦の数々! みなさん楽しんでますかー!? はい楽しんでますねー! 『嫁Tueee.net』! ああーっという間の3回戦は、ひさしぶりの指名試合です! 略奪世界ペトラ・ガリンスゥのライデン選手が、2連勝で勢いに乗る祈祷世界クロスアリアのシロ選手を指名しましたぁ! あ……いや、えーと? 違う? ……ははぁ、ただいま手元に届きました資料によりますと、ライデン選手のターゲットはシロ選手の相方の新堂選手だそうですがぁ……?」


 ゼッカ大黒おおぐろのアナウンスに導かれるように姿を現したのは、ペトラ・ガリンスゥの大男だ。全身鎖帷子くさりかたびらの上に金属製の脚絆手甲きゃはんてっこう、兜に仮面という戦装束だ。


「ざっけんなよ男じゃねえか! どこが嫁なんだよ! 心は女とか言っても誤魔化されねえかんな!?」


 嫁が男であることに俄然抗議するタスク。


「えー、そこの頭悪そうなバカのために説明します! ペトラ・ガリンスゥは、すべてを外部から略奪することによって生計を立てています! あらゆる物資に加え、子を成す母親すらも外部から奪って来ます! なので代表戦士は当然男性! ガチ男の子! 本来なら女の子同士のキャットファイトをニヨニヨしながら眺めるのが『嫁tueee.net』の基本ですが、参加出来ないのもそれはそれで不公平なので、特例としてあり・ ・としています! いじょー!」


 無情な宣言を合図に、試合は始まった――



「……あらあら、運営に鼻薬はなぐすりでも嗅がせましたか。けっこう気が利いてますね」


 楪は楽しそうにモニタを見つめている。

 視線の先ではタスクとシロ、巻き込まれてその場にいる蛍がギャアギャア一緒になって騒いでいる。


「なに、ちょっと誠意をお見せしただけですよ。兄のために働きたいと弟が騒ぐもので」


「あれが弟さん?」


「腹違いですがね。可愛い弟です。他の勢力と争いになる時は、必ず弟が先陣をきります」


「お強くてらっしゃる?」


「1500人、いままでに殺しました」


「まあ怖い」


 楪は大げさに口元に手を当てるが、目に恐れの色は一切ない。


 バカにされているようで苛つくが、ハイデンは必死に感情を押し殺した。


「……怪力無双、頑強無比で敏捷性にも優れる。我が一族の血を体現した生粋の戦士です。地球人の少年などお話にならない。ランキング下位の嫁と合わさったところで、なにほどのことがありましょう。――さて、ここからは交渉です。いまのうちならば手を緩めるよう指示を出すことが可能です。だが試合が進めば後戻りはできなくなる。どうでしょう、新堂という男に手を引いていただくというのは。私どもはたしかに他の世界を襲い奪う。けれどそれは生きるためです。弱肉強食の、食物連鎖の掟です。決して無益な殺生を好むわけではないのですよ。泣き叫ぶ嫁を無理やり、というのは趣味じゃない」


「……泣き叫ぶのを無理やり、ね」


 楪はぽつりとつぶやき、天井を見上げた。

 しばし黙考したあと、昔を懐かしむように語り出した。


「彼のお母さんとは昔馴染みでしてね。若い時分から何度も激しくやり合ってきたものです。互いの実力も複雑な身の上も知ってた。タスクさんのこともね。どういった心根の少年なのかということを知ってました。いい子なんですよ。素直で、健気でね。困ってる人がいたらほうっておけなくて。黙ってても面倒事は向こうから振りかかって来るのに、自分でもさらに増やしてしまう。だから生傷が絶えなくてね……」


 自嘲するように笑った。


「……親としてはね、子供に傷ついてほしくないもんなんですよ。それがたとえその子を強くするために必要なものだと知っていてもね。元気にすくすく育ってほしい。陽気ににこにこ笑っていてほしい。そしてできれば、幸せになってほしい――」


「自由恋愛自由結婚なんて言葉は、我が家には存在しません。でもできれば、あの子には好きな人と一緒になってもらいたい。他にも幾人か候補はいました。その中からタスクさんを選んだ。彼なら、たぶんあの子が気に入ると思ったんです。……だって彼は、昔私が好きだった人にちょっと似てるから……」


 楪ははにかむように笑った。


「エゴですけどね。ただ理想を押し付けただけですけど。……でも、だいたい合ってると思うんです。ほらだって、あの子はあんなに楽しそうですし」


 モニタの向こうでは、シロと合一化たタスクの腕を、蛍が掴んでいるところだった。

 儀式の内容・ ・が破廉恥すぎると、顔を真っ赤にして怒っているところだった。


「……楽しそうですし、ね」


 ふふ、と少女のように笑った。


 楪はすっと表情を引き締め、ハイデンに向き直った。


「ちなみにさっきのお話ですけど、交渉にはなりませんよ? なぜなら考慮に値しませんから」


「は?」


 ハイデンは眉をひそめた。


「それはいったい……」


「タスクさんのほうが強いからです。なんといってもトワコさんの息子さんですもの。彼が人型の生き物相手に負けるわけがありません。圧倒的な身体能力? 頑強な肉体? 武というのはね、そんなに甘いものではないのですよ――」

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