第21話「アンブロッカブル!!」

 ~~~新堂助しんどうたすく~~~




「……ふん、今までのが本気じゃないだと?」


 御子神みこがみの頬がひくりと引き攣った。こめかみにくっきりと青筋が浮いた。


「抜かしよる……」


 言葉をその場に置き去りにするようにして「ブウ……ンッ」と姿を消した。


「ジィェアアアアアアアア!」


 真後ろから来た。

 せっかく鳴神なるかみを使って神速で回り込んだのにも関わらず、わかりやすい発声を伴っているあたりがいかにも御子神だ。


 ちょっと萌えながら、脇の下をくぐらせて電動ガンを声の方に向けた。


「その動きにはもう慣れたよ!」


 サバゲ部の連中曰く、ぎりぎり合法。

 プラスチック製のBB弾とは言え、この距離からの連射をバカには出来ない。


「ちっ……」


 果たして御子神は、残像を残して再び消えた。


 現れる。発声。電動ガン撃つ。消える。

 現れる。発声。電動ガン撃つ。消える。

 ギャグみたいなやり取りを繰り返すうち、弾倉が空になった。

 だけどその時には俺は、地面に落ちていた目当ての物を拾い上げていた。

 

 長さ約2メートル半。 

 ジュラルミン製、軽量高硬度の陸上部の投げ槍。


「……っ!?」


 今しも俺に襲いかかる寸前だった御子神の動きが、ぴたりと止まった。


「そ……それはまさか……っ」


 明らかに表情が変わった。

 汗が一筋、頬を伝った。


「あっれー? どうしたー御子神選手ー。緊張してるみたいだけど、槍に何か苦い思い出でもあるのかなー?」


「だ……誰が……っ」


 声から動揺がにじみ出ている。

 必死に隠そうとしているが、まるで隠せていない。


 ……そうだよな。


 俺は心中でつぶやいた。


 おまえも覚えてるよな。忘れられるわけがないよな。


 お袋とゆずりはさんの立ち合いは、素手対竹刀、木槍対木刀の計2回行われた。

 楪さんが一番苦労したのが木槍との戦いだった。


 無敵の母を追い詰めた武器――幼い御子神は、震えながらそれを見ていた。

 以来こいつは、槍を苦手とするようになった。


 御子神のトラウマスイッチを押すため、俺はことさらゆっくりと槍を扱った。

 頭上で旋回させる。掌中を滑らせる。

 さんざん弄んだ後、腰だめに構えた。

 足を肩幅より広く開いた。

 握りは柄の真ん中、少し根本寄り。

 穂先はやや上向き、相手の喉元へ向けるつもりで。

 中段、左半身の構え。


 対する御子神の構えは、変わらず八相はっそう

 まさにあの日の鏡写し。

 息子と娘って違いはあるけども。


「お袋は言ってた。どんな鋭い攻撃も、当たらなければ意味が無いんだって」


 刀に勝つには槍。その根拠はなんといってもリーチの差だ。

 御子神の竹刀は約120センチ。

 槍の長さは実にその2倍以上。

 位取くらいどりの有利は言うまでもない。


「我のみ当てる、それが武術の基本なんだって」


「……ふん。長物ながものを手にすれば勝てると思ったか? 浅慮なやつめ」


 御子神は自らを鼓舞するように笑ったが、それはかなり引きつってた。


「ジィェアアアアアアア!」


 発声で恐れをかき消し、果敢に挑んで来た。


 攻防の中心は当然、槍だ。

 払い落とす。

 巻き上げるように潜り込む。

 抑え込みながら滑るように寄る。

 鳴神による高速移動で無理やり回り込む。

 御子神は手を尽くし、烈火の如く打ち掛かって来た。


「そのわりには攻めあぐねてるみたいじゃねえか!?」


「貴様が逃げてばかりだからだろうが!」


 腹立たしげに御子神は叫んだ。


「はっはっは。ウォーミングアップウォーミングアップ」 


 さんざん煽り立てたにも関わらず俺は、一切手を出さずに回避に専念していた。

 お袋に手ほどきを受けていたとはいえ、槍術を実戦で使うのは初めてのことだ。勘を取り戻すのにも時間がかかる。

 だからまずは防御に徹したのだ。

 肌に迫る竹刀を弾く。体ごと素早く退がる。円弧を描くように後退して攻め手をいなす。打ち合わず、徹底して打ち気をそらす──。

 ひとつところにとどまらない、流れに逆らわない、柔らかな流水の動きを心がけた。

 

「逃げるな! 卑怯者!」


 臑、膝、股間、小手、小手、拳頭、鳩尾、胴、脇下、鎖骨、鎖骨、首、頬、眉間、頭頂、頭頂、頭頂――。

 息もつかせぬ連続攻撃。

 だが俺は余裕をもって捌いた。受け流した。

 御子神の狙いは読みやすいのだ。

 興奮すればするほど単調になる。力ずくで強引に押してくる。

 攻めていることで自分が優勢だと錯覚する。なおさらドツボにはまる。

 ありがちな心理で、剣士としては致命的な欠陥だ。


 防戦を続けるうち、ようやく体が動きを思い出してきた。

 槍が手に馴染んだ。


「……さあて、そろそろ俺のターンだぜ?」


 激しい打ち込みの合間を縫って突きを返した。 

 最初はビュンと一発。


「うっ……!?」


 三段突き五段突きと、徐々に激しさを増していく。


「ううう……っ!?」


 俺が反撃に転じたことで、御子神の呼吸が乱れ始めた。

 攻撃し続けることで薄らいでいた槍への恐怖心が、再び鎌首をもたげてきたのだ。


「ほらほら、あんよが上手!」


 脛、膝頭、爪先――とくに捌きの甘い下段に狙いを絞った。


「う……むうう……っ!」


 苦しげに御子神がうめく。 


 誰だって、体の中心から遠い位置を狙われると防ぎにくいものだ。

 槍のような長物で狙われればなおさら。


 だらこそ、多くの古式剣術には対槍の技法がある。

 古来からの仮想敵という意味で、御子神家では稽古のために外部の槍術家を招いてさえいた。

 だけど御子神はその稽古にほとんど参加しなかった。何かと理由をつけて断った。回避した。


 怖かったから。

 恐怖の象徴から目をそらしたかったから。


 俺とおまえの違いがあるならそこだ。

 おまえは逃げて、俺は逃げなかった。

 俺はずっと・ ・ ・見ていた。 


「く……っ下ばかり攻めおって……!」


 御子神は明らかに苛立っていた。

 フットワークだけで下段を躱そうとするから、どうしても重心が浮く。

 足を地から離した、バタバタと踊るような動きにならざるを得ない。


「おのれ……! おのれ……!」


 ストレスを溜めた御子神の攻めに無理が生じる。

 強引な動きが多くなる。

 鳴神の使用回数が増え、それは目に見えて体力を削っていく。


「はあ……っ、はあ……っ! くそ……っ!」


 御子神はとうとう肩で息をし始めた。

 額から大量の汗が流れ、幾筋かが目に入った。

 だけど俺の攻撃を前に拭う余裕がなく、痛そうに目をすがめている。


 ――潮時だ。


「……死ぬなよ? 御子神」


 俺の言葉に、御子神はびくりと肩を震わせた。

 さっと顔を青ざめさせた。


三条流さんじょうりゅう槍術そうじゅつ連続形れんぞくけい虎嵐三法こらんさんぽう――」


 下段に二発、中段に一発。お袋の最も得意としたコンビネーションだ。

 同時に、最も楪さんを追い詰めた技でもある。


虎爪こそう!」


 胴突きを膝頭への斬りに変化させた。

 御子神は細かくステップを踏んでこれを躱した。


大旋風だいせんぷう!」


 切っ先を返し、両臑ごと払うような薙ぎに変えた。


「ちっ……!」


 足元への斬撃をうるさがった御子神は、後方へ大きく跳んだ。 


大彗星だいすいせい!」


 槍を旋回させ腰元でぴたり収めると、そのまま真っ直ぐ伸ばして胴を突いた。

 突き技の中で一番距離の伸びる片手突き。

 肩を入れ、柄を掌の内で滑らせてさらにミートポイントを伸ばした。


「……ぬううっ!?」


 御子神は予想以上の射程の長さに戸惑いながらも、足指の腹で地面を押すようにして後ろへ跳んだ。ぎりぎり、穂先の届かない距離まで逃げおおせた。


「躱……したぞ……っ!」


 明らかにほっとした表情になった御子神。


 たしかに、お袋の連続形はここまでだった。

 ──だからここからは、俺の技だ。

 突き終わる直前、手首のスナップを利かせて槍を投げた・ ・ ・


「な……っ!?」


 槍術において、投げというのは邪法だ。型としては存在するが、あくまで完全な奇襲や不意打ち用だ。

 だってそれは、武器を失うということだから。

 槍使いの魂を投げるのと同義だから。 

 持つ武器こそ異なるが、剣士であるからこそ御子神はそれを予期していなかった。

 

「──がっ……!」


 ぎりぃっ、と御子神は歯を食い縛った。

 顔が真っ赤になる。二の腕がぴくぴく震える。

 さんざんに崩れた姿勢から、遮二無二竹刀を振りかぶった。


奥伝おくでん……雷斬らいきり!」


 切っ先三寸が紫電を帯びた。

 全力で振り下ろした。

 バチバチと雷弧を描き、真正面から槍に激突した。


 ──ギヂィィィイン!

 瞬時に波のようにヒビが広がり、剛性に富んだジュラルミン製の槍が粉々に砕け散った。

 ──バシャリッ!

 竹刀自身が衝撃に耐えきれず、縦にささら・ ・ ・に割れた。


「あっ……!?」 


 御子神の双眸が驚きに見開かれた。


 チャンスだ。

 疑いようのない大きな隙だ。


「――!?」


 どきりとした。御子神と目が合った。

 もはや使い物にならない竹刀を握ったまま、しかしその目はまったく諦めていなかった。

 美麗な唇が、何事かをつぶやく。


「秘剣、神太刀かむたち――」


「――!?」


 チリチリと、目に見えぬ何かが肌を刺した。

 総毛立った。心臓がどくんと音を立てた。


 何かが来る。

 鳴神や雷斬りと同じレベルの何かが俺を撃つ。


 もう避けられる距離じゃなかった。

 俺はたぶん、御子神の間合いの内にいる。


 考える間もなく、体が勝手に動いていた。

 前足の膝から力を抜いた。

 重力に伴い、体が前傾する。

 落下力で生み出した勢いを逃がさず、足の裏全体で押すように前に出た。

 体がぐんと急加速した。勢いのまま、ロケットのように跳び出した。


 拳の形は正拳せいけんではなく縦拳たてけん

 軌道は水月すいげつの位置から打点に向かってまっすぐ。

 決して力まず、捻じりを加えない。

 体を上下に揺らさず、気合いは漏らさず己の内に向ける。


 古伝こでんに曰く。

 膝をかしげ、たいを沈めよ。

 坂落ちるが如く大極たいきょくを踏みしめ、かしらは常に天を差す。

 さすればぞうとらうことあたわず。

 故に其のけん、受けることあたわず。


 ――其の名は、陰星かげぼし

 

 ッゴオオオオォンッ!


 空間が爆砕したかのような音が、背後から聞こえた。

 すさまじい衝撃波が背を打った。


 それは御子神の技が外れた音だ。

 目測がずれた音だ。

 陰星の起こりの小ささを、出の速さを見誤ったのだ。


「……っ!?」


 御子神の目が、驚愕に見開かれる。

 もはや遮るものは何もなかった。

 縦拳が御子神の竹刀を弾き、腕を弾き、体の一番柔らかい所に吸い込まれた。

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