第3話「心の準備は出来ていた!!」

 ~~~新堂助しんどうたすく~~~




 多元世界マルチユニヴァースは広大無辺。数えきれないほどの文明や人種が存在する。

 人型もいればそうでないのもいる。サイズが釣り合わないことも頻繁にある。

 その対戦相手は人型ではあったけれど、明らかにサイズがおかしかった。


 とにかく見上げるほどにデカかった。ちょっとしたビルくらいの大きさがあった。

 ライオンのようなたてがみを生やした、東南アジアチックな石の女神像。

 腰ミノだけを巻いて乳をぶるんとさらした姿で、両手に斧を携えている。

 眼を真ん丸に見開き、舌をだらりと垂らしている。


「赤コーナー! 神像世界しんぞうせかいミストより! 女神ラリオスの登場だぁ! 身長驚異の50メーター! 体重はシィィィークレット! 花も恥じらう乙女神が、決意を胸の出陣表明! その細腕で振り回すダブルアックスが、男どものギャップ萌えを誘ってやまないぃ!」


 地球出身の名物女性アナウンサー、ゼッカ大黒おおぐろが、多元世界基準の汎用言語であるリンガード語で叫ぶ。


「勝手を抜かすなー!」


 同じくリンガード語で抗議しながら、俺は走り出した。


「花も恥じらってねえしギャップもねえよ! 見たまんまの凶暴さだよ! 体重なんて、秘密にするまでもなく誰も気にしてねえよ!」


「……ッ!?」


 ラリオスは、ぎぎぃっと顔を軋ませた。爪先から頭まで、それこそ表情筋だって石で作られてるのに、ショックを受けたように見えた。青筋みたいなのが見えた気がした。


「ええー!? なんか怒ってる!?」


「そりゃ怒るじゃろうよ……女の子なんじゃから……」


 俺と並走するシロは、頭痛をこらえるようなしぐさをした。


 ラリオスの矛先が、明らかに俺に向いた。


「しかたねえだろうが! 俺は嘘がつけねえ性格なんだよ! 見たまんまの感想を述べちゃうタイプなんだよ!」


「にしても限度というものがあるじゃろうが! あんなの訴えられたら負けるレベルじゃぞ!?」


 言い争う俺たちの間に、ラリオスの斧が振り下ろされた。


「うああああああ!?」


「あっぶねえええ!?」


 ふたり、左右に跳んだ。

 ドズゥウウウ………ン。

 斧がゆっくりと、地面を深く断ち割った。

 左右の建物が連鎖するように倒壊した。


「なんちゅう破壊力だよ! てか色々スケール感が違いすぎる!」


 全速力で走りながら、俺は辺りを見回して状況を確認した。 


 ドームの中はどこか遠い世界の、石で造られた神殿街になっていた。

 円柱列石に巨石。時代も歴史も民族も様々な神殿が軒を連ねていた。

 ひょっとしたら、ここはラリオスの住んでいた世界なのかもしれない。

 神像世界。各地の各国の神像がおわす世界ってことなのかもしれない。


 辺りは暗く、ふたつの月のみで照らされている。

 雲はなかった。微かな風が吹いていた。

 温度は高くなく、低くもなかった。

 どこまでも果ての無い、石の世界。

 崇める者のいない、神殿と神像のみの世界。


 平時なら感動的な眺めなんだけど、あいにくとのんびり鑑賞してる暇はなかった。

 もっともっと差し迫った危難が、目前に迫っていた。


 再三にわたるラリオスの攻撃を躱し、なんとかシロと合流した。 


「うおおお!? やべえやべえ! いま、飛んできた瓦礫がぶつかりそうになったぞ!? あんなのぶつかったら体グシャグシャだぞ!?」


「こ、これ! こっちに来るでない! 貴様が来ると、わらわまで一緒にピンチになるじゃろうが! 死ぬならひとりで死ね!」


 しっしっと手を振って来るシロ。


「人を巻き込んでおいてその言い草はねえだろうが!」


「巻き込んだのはたしかじゃが、怒らせたのは貴様じゃろうが! だいたい貴様自身も最初はノリノリだったではないか! 連れてけ連れてけとさんざん騒いでおったくせに! なんじゃ、ちょっとピンチになたら被害者面か! 『準備は出来てる! きりっ』が聞いて呆れるわ!」


「ここまでの事態は想定してなかったんだよ! いきなり超大型巨人クラスの化け物ぶつけて来るなんて誰が思うか! 段階を踏めよ段階を! どんなRPGでも普通はスライムあたりからだろうが! いきなりこんな化け物を──」


「あ……またそうやって無駄にヘイトを稼ぐから……」


 化け物という言葉に反応したのか、ラリオスの攻撃は激しさを増した。

 ヒステリーを起こしたように二丁斧をめちゃくちゃに振り回し、神殿を片端から薙ぎ払っていく。静かな世界に破壊音と震動が響き渡る。


「バチ当たんねえのかよあれで! なんやかや神聖な場所だろここ!?」


「当たるかもしれんが貴様ほどではなかろうよ!」


 ぎゃあぎゃあ言い合いながら並走する俺たちは、ラリオスの攻撃を右へ左へ躱し続けた。


 さすがは多元世界の姫巫女といったところか、シロは幼い見た目とは裏腹に、抜群の瞬発力を備えていた。

 こと運動能力に関しては中高生レベルで敵なしの俺に余裕でついて来てるんだから、本気でたいしたものだ。

 あれか、日常生活下の重力が違ったりとかそういうあれか。


「えいくそ! きりがねえ! シロ! おまえは嫁だろ!? 嫁同士でなんとかできねえのかよ!? 『嫁Tueee.net』ってそういうもんだろ!? 本来おまえらが戦うもんだろ!?」


 すると初めて、シロは動揺を見せた。


「そ……それは……!? たしかにそうなんじゃけど……。一から十までそうなんじゃけど……。じゃけどそれには……」


 ちらちら、恥ずかしげに俺の方を見る。


「わらわはまだ……その……こういうのは初めてで……。もうちょっと互いを知ってからと思ってて……ん? なんじゃ?」

 シロは再び耳に手を添え、念話を始めた。


「……うだうだやってないで早くしろ? いやしかし……」

「じゃけどわらわは……!」

「聞いてはおった……! おった上で来たんじゃけども!」

「じゃって……心の準備が……」

「……………………………………ぁぃ」


 カヤさんとの話し合いにどうやら一方的な敗北を喫したらしいシロは、しゅんとした様子で俺に寄り添って来た。


「……なあタスク」


「なんだ?」


「これから話すのは大事なことじゃ。耳の穴をかっぽじってよく聞けよ?」


「ん、なにどういうこと?」


 思いつめたようなシロの横顔に、俺は思わず吸い寄せられた。


「クロスアリアの姫巫女は……契約者との交わりによって真価を成す。神にこの身を捧げるように、契約者にこの身を差し出す」


「お、おう……?」


 意味がよくわからない。差し出す、とはどういうことだ?


「クロスアリアはここのとこ負け続きでな……嫁ランキングでもぶっちぎりの最下位じゃ。姫巫女交代も、わらわですでに5人目。いい加減あとがないんじゃ。問題は色々あるがな。1番は契約者との関係性じゃ。相性のいい相手が見つからなかった。体と心が真に合一化カリンしなければ、姫巫女は力を発揮できないのじゃよ」


「……カリン?」


「そなた、申したな? どこへでも連れてけと、遺書を用意しておくほどに、心の準備が出来てると──」


「おう!」


 俺は胸を叩いた。

 ようやくわかる話になった。


「ずっと夢見てたんだ。多元世界を渡り歩く冒険の日々。命からがらの危険をくぐりぬけ、困ってる人々を救う。光輝く財宝をこの手に掴む。まだ見ぬ未開の地を踏破する。そのために体を鍛えたり勉強したり、準備をしてきた。どうやったらそうなれるか考えた。外交官になるか、研究官になるか。現実的にはふたつにひとつ。だけどそれじゃいかにもお仕事っぽすぎて、なんか違うなあとも思ってた。そこには物語がなかった。ロマンがなかった。もっと自由な、もっと別のきっかけがあるんじゃないかって思ってた」


 俺には昔からのヒーローがいる。

 火裂東吾ひざきとうご。とあるラノベの主人公。

 光帯剣こうたいけんで悪漢どもを斬り伏せ、禁じられた魔法で敵の根城を焼き尽くす。

 暗い出自もなんのその、いつも明るくイケメンで、美々しいハーレムに君臨する。

 俺Tueeeブーム華やかなりし頃の、最後のヒーロー。

 

 彼は言った。

 自分に憧れる少年に対して。


 ──冒険者になりたい? どうすればいいか教えてくれ? 簡単だ。胸に手を当てろ。そうありたいと強く念じろ。答えは必ずそにこある──


 必ずなれるなんて無責任なことは言わなかった。

 答えはあくまで己の内にあるってことだ。

 自分次第ってことだ。

 だから俺は信じてた。いつも強く念じてた。 


「なあシロ。俺は思うんだ。出会ったばかりで何をって言われるかもしんねえけど、おまえがたぶんそれなんだ。俺の物語。俺のロマン。俺のきっかけ。冒険の相棒。生涯の友。つまりこれは、運命の出会いなんだって──」


「……死ぬかもしれんぞ?」


 真剣な目で、シロは俺を見た。

 逃がさないって顔を、俺に向けた。


「あんな石の女神なんか目じゃない。世界には、もっともっと強いのがいくらでもおるんじゃぞ?」


「構うもんか。シロ、俺はさ。死ぬよりも、何もできずに終わることのほうが怖い」


「……!」


 シロは何かに打たれたような顔をした。息を呑んで俺を見た。

 琥珀色の瞳に映ってる俺は、照れくさそうに笑ってた。


「……わかった。そこまで覚悟が出来ておるのなら」


 シロが立ち止まった。

 俺も立ち止まった。

 一緒に振り返る。


 ラリオスが、石の女神がこちらに向かって来る。

 コンパスは長いが、挙動が遅い。そういう動き。

 機敏に方向転換を繰り返したおかげで距離はあるが、このままじゃらちが明かない。


 戦う必要がある。


「……シロ?」


 背伸びするようにして、シロが俺の耳元で囁いて来た。

 息が当たる。ちょんちょんと肌が触れる。こそばゆい。


「え……それ、マジで?」 


 思わず聞くと、シロは真っ赤になってうなずいた。


「じゃって仕方ないじゃろう……そういうものなのじゃから……」


 ちろりと、少し怯えるような上目遣いで俺を見た。


「それとも……タスクは嫌か? わらわと……その……」


「そんなことあるか!」


 がしっ、俺はシロの手を掴んだ。


「ひゃっ?」


 シロは小さな悲鳴を上げた。


「光栄だ! ラッキーだ! 俺もつねづねそうしたいと思ってた! 多元世界の女の子とお近づきになりたいって! それがおまえみたいな可愛い女の子なら最高だ!」


「か……可愛い!?」 


 シロは顔から「ぴー!」と蒸気を噴き出した。


「そうだ! おまえは可愛い! 初めて会った時から思ってた! 一瞬で虜にされた!」


「う……あ……うぅ……?」


 シロはくねくねと身をよじらせた。


「そ、そうか……タスクはこんな趣味をしてるのか……。へ、変態さんじゃな。わらわのようなその……ちんちくりんを……」

 つるぺたすとーんの体型を恥じらうようにしている。


「ステータスだ」


「……え?」


「それはステータスだ。むしろ自信を持て。シロ、おまえは美しい」


「ふぁ……あ……う? うん………………あ、あり……がとう……」


 シロはどうしようもなく赤面してうなずいた。


「──行くぞ。タスク」

「──おう、どんと来い。シロ」


 俺たちは向き合い、うなずき合い、見つめ合った。

 ふっと、シロが半眼になった。何者かが憑依したような神秘的な目で俺を見た。


「我は結ぶ」

「我は結ぶ」


 唱和して、シロの右手に左手を重ねた。


「クロスアリアの姫巫女シロは、契約を提起する」 

「地球の契約者タスクは、契約を受諾する」


 もう片方の手も重ねた。指同士を絡み合わせた。


「我は世界の果てに生を受けた」

「我は世界の集う地に生を受けた」


「長い夜であった」

「長い凪であった」


「世界を見遥かしながら祈っていた」

「大空を仰ぎながら願っていた」


「いつか朝日を目にする時を」

「いつか風をこの身に浴びる日を」


「これより我ら、夫婦を成す」

「千の夜を越え、万の風を迎える」


「我らの行く手に敵はない」

「純なる力で、全てを跳ね除ける」


「タスク──」

「シロ──」


 ふたり、見つめ合った。

 手に手に力をこめ、引っ張るように互いの距離を近づけた。


我らここに合一せりカリン・ゲナ!」


 唇が、触れた。

 

 ──パチッ。


 瞬間。

 目の前で、何かが弾けた。

 光だ。透き通った海中を思わせるような柔らかな青。

 それは瞬時に広がり、繭のように俺たちの体を包み込んだ──。

 

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