第11話「孫子」

 一週間が過ぎた。

 このあいだ、腹が減っては金城が用意した食事をとり、膨れては芝生広場で祇園に挑み、敗北しては観客が撮った動画を観ながらいくさの検討をしていた五十郎であったが、


「な、なぜだ……?」


 はやくも手詰まり感を覚えていた。芝生広場で胡坐あぐらをかき、腕を組んでうなる。周囲には半透明の情報ウインドウが複数浮かんでいて、五十郎と祇園の戦の数々をリピート再生している。


「なぜ、しのげない!?」


 答えを求めるように空をあおいでも、すすという名のあかずのカーテンが重く垂れ込めているばかりで、光明こうみょうは見えない。

 この日も五十郎は、芝生広場で祇園に挑み、敗北をきっしていた。

 百歩譲って、それはいい。何度敗北を重ねようとも、最後に祇園を殺せればいいのだから。

 問題は、ここ二日というもの、何度戦っても祇園の十手目で決着がついてしまっていることだった。十手目を凌げないのだ。


「もっと粘ってくれよ!」

「再生時間が短い!」

「撮れ高が低い!」

「鐘音ちゃんがたまのような汗を散らすところが観たい!」


 動画を撮っていたサブカルティストたちが訴える!


「さっきの鐘音ちゃんのシュートはスリーポイントだったな」

「それにしても、よくトラベリングにならないもんだ」

「ピボットフットが安定している……」


 バスケットマンたちがバスケットボールに例えて感想を言い合う!


「ボトルネックはどこだろう?」

「この手刀のリードタイムを短縮できれば……」


 サラリーマンたちが物流用語を使って議論する!


「うるさいなぁ……」


 五十郎はぼやいた。

 一週間のあいだに、これが常となった。戦が終わるたび、観客の一部が五十郎の周りに集まってきて、五十郎が視聴する戦の動画を眺めながら、ああだこうだと語るのであった。

 正直なところ、五十郎は鬱陶うっとうしさを感じている。しかし、邪険に扱うわけにもいかない。動画を撮ってもらっているからだ。


「ところで天堂さん、免許皆伝めんきょかいでんの納期はいつなんですか?」

「の、納期? あ、ああ、期限ですか? 特にありません」


 だから五十郎は、サラリーマンのひとりの無意味な質問にも、ちゃんと回答した。

 ちなみに彼らには、『祇園は五十郎の師匠の忘れ形見にして姉弟子』で、『五十郎の師匠は今際いまわきわ、祇園に一度でも勝つことができたなら免許皆伝を許すという遺言を残したので、毎日こうして祇園に戦いを挑んでいる』と説明してあった。先の質問は、この説明を受けてのものだ。

 当然すべて嘘なのだが、そうとは知らない彼らは妙に盛り上がった。特にサブカルティストたちは、『年下なのに、姉弟子……』と神妙に呟き合っていた。

 一方の祇園はというと、やはり彼女も観客の一部に囲まれている。


「鐘音ちゃん、お腹空いてない?」

「喉は渇いてない?」

「顔、ちっちゃ!」

「腰、ほっそ!」

「髪、サラッサラ!」

「肌、トゥルットゥル!」


 見れば、今日も今日とて観客の一部――というか女性陣に囲まれ、ちやほやされている。いや、玩具おもちゃにされているのか? 祇園は人形みたいにされるがままだ。

 あちらとこちら、どちらがマシか、五十郎には判断がつきかねた。


「祇園さんって、いつから武術をやってるんですか?」


 五十郎が祇園を見ていると、近所の大学に通う男子大学生たちがたずねてきた。


「知らない」


 五十郎は答える。何十年もまえからやっていると教えたら、こいつらはどんな顔をするだろうかと思いながら。


「っていうか、鐘音ちゃんって何歳なの?」


 サブカルティストたちが問う。


「知らない」


 五十郎は答える。何十年もまえから生きていると教えたら、こいつらはどんな顔をするだろうかと思いながら。

 こんなふうに五十郎がなく答えていると、観客たちは顔を見合わせた。と思いきや、矢継やつばやに質問をはじめた!


「鐘音ちゃんの血液型は?」

「知らない」

「趣味は?」

「知らない」

「好きなものは?」

「知らない」

「嫌いなものは?」

「知らない」

「どこ住み?」

「回答しない」

kypeけわいぷやってる?」

「やってない。というか、あいつは携帯を持ってない……おい、なんなんだよ、さっきから!?」


 律儀に答えていた五十郎であったが、質問もさることながら、回答にもあまりに中身がなく、ばかばかしくなって声を上げた。

 すると、バスケットマンのひとりが呆れたように言った。。


「おまえ、彼女のこと、なにも知らないんだな!?」

「いいだろ、別に……」

「いや、よくないと思いますよ」

「え?」


 声の主は、サラリーマンのひとりだった。彼は人差し指と親指で眼鏡のつるをつまみ、位置を直しながらプレゼンテーションした!


「デジタルマーケティングと同じですよ。天堂さんは、祇園さんにその拳をリーチさせたいんですよね? それなら、祇園さんを市場調査し、彼女のことをよく知って、そのニーズに沿った一手を打たなければ!」


 男子大学生のひとりが頷いて曰く!


「『彼を知り己を知れば百戦あやうからず』!」

「『孫子そんし謀攻篇ぼうこうへん!」

「正解!」


 彼の同級生が呼応すれば、観客たちは感嘆した!

 ただひとり、バスケットマンだけが腕を組み、器用にも頭の上にバスケットボールを載せたまま、首を傾げて呟いた。


「……でも、鐘音ちゃんは『彼』じゃなくて『彼女』だぜ?」


 観客たちは爆笑した!

 その渦のなかで、五十郎は呆気あっけに取られていた。


 確かに、言われてみればそのとおりだ。

 おれはあまりにも祇園のことを知らない。やつも、肝心なことは明かすつもりはないようだ。おれとたくさん戦いたい理由を聞いたら、『秘密』と言ってはぐらかしたではないか。ならば、おれが自ら動いて調べなければ!

 しかし、まさか素人衆に気づかされるとは……


「……どうした? 大丈夫か?」

「打ちどころが悪かったんじゃないか?」


 気づけば、観客たちが気遣きづかわしげな視線を向けている。


「いや、大丈夫だ……」


 五十郎はかぶりを振ると、立ち上がって、


「……ありがとう」


 と言った。


 ……祇園を調べる。

 言うはやすおこなうはかたしだ。なにせ、インターネットはもちろん、アサニンギルドのデータベースにさえ情報がない相手だ。

 どこから、どうやって調べるべきか?

 そういえば、祇園の情報を持っている人間がいた――それも、物理媒体で。たったひとりだけ……




 翌日の昼下がり!

 五十郎はひとり、新宿区歌舞伎町の、あの雑居ビルのまえにいた――油断のできない依頼人、鈴木と三度みたび相見あいまみえるために!

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