第3話 窮地に飛び込む女の子 <サトル視点>

 お父さんは横目に見てるけど、動く気配はない。ヤツらの一人が小声で返す。


「お嬢ちゃ……」


 現地語でぶっきらぼうに言いかけるが、別の一人が、ハッとした素振りで言葉を遮り、英語の柔らかめな口調で言い直す。


「お嬢ちゃん、危ないから席に座ってな!」


 『ホッ、ヤツらはまだマトモな人達みたいだ。このままこの娘は席に戻れば、少なくとも危害は加えられずに済みそうだ。良かった』


「ダメだよぉ。危ないのはおじさん達のほうでしょ? 何でそんな物を持ち込んでるの?」


 『バ、バカ、何を言ってるの? 刺激しちゃぁ……』


「ちっ、仕方ないか。サイレンサー付きだが、こんな可愛い子どもは撃ちたくないし、周りにも気付かれそうだから、作戦開始だ!」


「おぅ、行くぞ!」


 『ホッ、ヤツらも人の心があるから……って、アワワワ、始まってしまう……』


「だから、ダメだってば、おじさん達。もぅ、ママァ!」

「はいよ!」


 カン! カンカン! ちゃっ、ちゃっちゃっ。


 『何が起こった?』


 いつの間にか反対側の通路に黒髪のお母さんらしきサングラスをかけた女の人が立ってて、両手に銃を持っている。その脇に小さな子ども? ストロベリーブロンドの可愛い女の子も銃を抱きしめるように持っている。


 『あ、あいつらの銃は? え? 誰も持っていない。女の子が一瞬で蹴飛ばしたのか?』


「ママ? 後ろ来てるよ?」

「あぁ、大丈夫。マコちゃも後ろ!」

「あ、こっちも大丈夫」


 『小声でお母さんと娘さんが会話してる、それぞれの背後に立ち上がるヤツらの仲間? 危ないはずなのに大丈夫ってなに? 怖がる様子もないし、なんなんだ? この母娘は?』


「何だ? 見えない壁があるのか?」

「こっちもだ」


 母娘のそれぞれの背後で、立ち上がるヤツらの仲間らしき男の挙動と言葉が何かおかしい。


 すると、さっきのお父さんらしき人が席を立って、娘さんに声をかける。


「マコト? 今の内に拘束しといて! あぁ、それと騒がれると困るから、お口にもね?」

「りょ、パパ。DIY。るんっ♪」


 その会話の直後、いつの間にか、ヤツらの手には拘束具みたいなものが付いている。


 『い、いつの間に?』


 気が付くと、ヤツらは口にも何か巻かれて声を出せなくなっている。


 『あれっ? もぅ、何がなんだか』


 自分の常識では量れない何かが起こってるのは確かだが、頭の中をぐるぐる考えが巡る、というかひたすら混乱中だ。


「じゃあ、後ろの非常口前の隙間に詰めて並んで貰おうか? ソフィア? 曖昧にするやつ、かけてくれる?」

「わかったわ」


 一人ずつ神妙に? いや、顔は自分の意志じゃないような、訴えかけるような、忙しい表情の変化をしているが、塞がれた口からは何も聞こえず従順に移動していく。と、さっきの黒髪のお母さんが、うっすらと光ったような……と思ったら、フッと見えない何かが降り注ぐ。


 なにが起こってるのか、まったくもって不明だ。お父さんらしき人に思い切って尋ねてみた。


「あの、何が起こってるんですか?」

「え?」

「あぁ、パパ? この人にはなぜか見えてるみたいだし、最初から見ていたからか、当事者そのものだからなのか、かからないみたいだよ?」

「あぁ、それならあなたも一緒に入りませんか?」


 そんなお誘いにちょっとだけ驚いたが、この人達は悪い人には見えないし、この不思議な事態に対する自分自身の納得を得るためにも入ることにした。


「え? あ、えぇ、わかりました」

「あぁ、それならどうぞ、お入りください」


 ふと思い出したように、名前を聞いておかなければ、と僕は慌てて問いかける。


「あ! お名前を伺ってもよろしいですか? 僕は逆瀬川さかせがわさとるといいます。サトルと呼んでください。フリーのジャーナリストをやってます」

「あ、失礼しました。サトルさん。一ノ瀬 じんといいます。ジンと呼んでください。現地調査員をやってます。こちらが娘のマコトです。他はまた後ほど」

「あ、サトルさん、でいいですか? さっきはごめんなさい。マコと呼んでください」


 見ためはすごく幼いがそうは思えない物腰だ。僕はこの子の年齢が無性に気になった。


「はい、ジンさんと、えっと、マコちゃん? こちらこそよろしくお願いします。えーっと、こちらに入るんですか?」

「はい、あ、ひとまずこの辺にいてもらえますか?」

「あ、ありがとう、マコちゃん」


 マコちゃんは、ペコリと頷いた。


 『か、可愛い……って、おっと危ない。違う違う。僕は断じてロリータ趣味なんかじゃない……はず……なんだけど、改めてよく見たらこのあまりの可愛らしさ。もうまるで天使……』


「ソフィア? 暫くここを塞ぐから誰か来たら対応を頼むよ」

「わかったわ、任せて」

「あぁ、頼む。それから、マコト? 声が漏れない程度ので塞げるか?」

「任せて、よっと。はい、でけた」


 『ん? 何か作ったようなやりとりなのに、何もないように見えるけど……』


 周りの音の反射が少し不自然に感じられるが、この娘がしたかもしれない何かがわからない。


 『ん? 日本人の父子? あれっ? なんだっけ? なにか引っかかる気が……』


 そんな突っかかりに心を迷わせながらも、目前の状態は移り変わっていく。捕まってるから、もう未遂犯だが、口を塞いでいる何かを黒髪のお父さんが解いていくと、目の前で起こっている事態がうまく飲み込めていないヤツらは、安堵の呟きを漏らす。


「い、いったい、何がどうなってるんだ……だが、ふぅーっ、もう、終わったんだな」

「ああ、詳細は不明だが失敗したんだ。何か不思議な状況にあるが、被害の極小化に努めろ」


 小声の呟きだったが、うまく密閉された部屋なのか、とてもクリアに聞き取れた。そんなところへジンさんが質問を投げかける。


「じゃあ、何がどうなっているのか、詳しく聞かせて貰えるかな?」


 話ができる状態になったが、原住民達は誰も口を開こうとしない。ジンさんが口火を切る。


「あぁ、いきなり言われても話しにくいよね? まずオレ達は警察でも公安でもない、ただの民間人だ。だから今何を言ってもそれを告げ口したりしないから、できれば正直に話してくれると助かるよ。それとね、オレにはあなた達が悪い人だとはどうしても思えないんだ」


 え? どうしてそんなことが……と思ったら、ジンさんの言葉に原住民のひとりが口を開く。


「どうしてそう思えるんだ?」


「だってあなた達はオレの娘がちょっかいかけても、娘を傷付けようとは絶対にしなかっただろう? それにあなた達の目には優しさがこもっている。だから根は悪い人ではないと確信している。おそらく何かしらの理由があっての行動だと思っているんだけど、違うかな?」


 問い質した原住民の男はやや険しい面持ちだったが、ジンさんの言葉が腑に落ちたのか強ばっていた肩の力は抜けて、視点をやや落とし気味ではあるが、吹っ切れたかの表情で呟いた。


「そうか、優しさか。悪人になりきれなかったから失敗したのか」


「いや、今回の場合は逆だよ。オレ達がいたからね。もしもあなた達が娘を傷付けようとしていたら、失敗どころか今頃はきっと地獄を見ていたよ。殺したりはしないけどね?」


 ジンさんの言葉で僕の脳裏にはでっかい疑問符が浮かぶ。原住民たちも似たような表情だ。


「いや、よくわからないんだが。オレ達は地獄を見ることになったかもしれないが、そのときは娘もただではすまぬ結果になっていたハズだろう? そんなに大事な娘をなぜ危険だとわかっているオレ達の前に向かわせたんだ?」


「あぁ、それなら大丈夫。あなた達が娘に傷を付けられるようなことは万に一つもないからな。あぁ見えてかなり強いんだ」


 ついさっきまで、力尽きたような弱々しい表情だったはずなのに、何故か急に力を取り戻したような、それでいてどこか嬉しそうで、優しい表情の瞳に変わった原住民の男。


「そうか……さっきから今まで、何か不思議な力を感じているが、何か関係があるんだろうな。それなら納得だ。それとずっと気になっているんだが、あなたはもしかして日本人なのか?」


「え? え、えぇ、そうですよ? それがなにか?」


 すると原住民の男はなぜか突拍子も無く笑い出す。僕にはさっぱり理解できないのだが。


「そうかそうか。アッハッハッハッハ。あなたと娘さん。そうかそうか。クックックッ。敵うはずがないのも納得だ。わかった。あなたは心の底から信頼できる男のようだ。すべてを話すよ。と、その前にアフリカ南部の情勢は知っているのかな?」


 一頻りの笑いを挟むとすっかり落ち着き払った口調の男に、戸惑い気味のジンさん。


「あ、あぁ、申し訳ない。原住民の知り合いはほとんどいないから、新聞レベルの浅い理解しかないと思う。ただ、壮絶な歴史を経て、独立は果たしたものの、人種の違いによる差別は呪縛のように残っていると理解している。それに微力ではあるけど、日本はあなた達に対する差別を無くしたいと願っている。だから、今はなんとか堪え忍んで欲しいとオレは思っている」


 何故か厚い信頼を得るジンさん。南ア情勢を尋ねられるが、比較的、僕と近く、多くの日本人としての認識とも重なる浅い理解だった。ただ僕の場合はジャーナリストを生業としている分だけ、差別を受けてきた彼ら原住民の不遇な状況はある程度は理解しているつもりだが。


「そうか。ありがとう。そうなんだよ。先進国の中で特に日本だけは、ずっと以前から差別に反対の立場を取ってくれてることを知った時は勇気が湧いたよ。確か……国際会議で初めて人種差別撤廃を主張し、数々の困難にも立ち向かってくれたのが日本だと聞いている。なかなか大国の賛同は得られず不遇の歴史を重ねた先に、それが呼び水となって不幸にも世界大戦に突入し敗戦したこともな。日本という国がなかったら、オレ達の今はもっと酷かったはずなんだ。あなたもそんな日本人の一人なんだな? さっきのエールも確かに受け取った。重ね重ねありがとう」


 何か踏ん切りついたからか、この男の語り口は雄弁だ。僕も知らないいろんなことをよく知っている。原住民たちの高くない教育水準を考えれば、努力の大きさが窺える。だからこそリーダーとして仲間を束ねているのだと納得するが、何へのお礼かが見えてこない。


「え? いや、申し訳ないが、日本はともかく、オレはお礼を言われるようなことはまだ何もしてないよ?」


「あぁ、そうだな。まぁ、心の保ちようで、いつか言いたいと思っていたことが今だっただけだ。気にしないでくれ。それよりも、この行動の理由だったな」


 『うぅ、僕としては歯切れ悪い。お礼って?』と思っていると男はつらつらと語り始める。


「世界が今、我々原住民を擁護しようとする動きが生まれていることは知っている。特に今年、日本から原住民に向けての多額の資金援助があったらしいこともな。言葉だけでなく、実際に行動に移してくれた日本には言葉にならないくらい感謝している。ただ、そのことを知る原住民はオレの周りにはほとんどいないんだ。あぁ、日本という国家がどれほどのことをしても、他の大国はほとんど評価しようとしない仕組みがあるのか、世界的にも知られることは少ないことと、それとは別に、日本の商社などが盛んに貿易することで、人種差別の政権に加担していると、日本が非難されていることもわかっているつもりだ」


 目の前のこの男はよく世情を捉えている。知ってなきゃいけないはずの僕なんかよりもずっと見えていることに驚きを隠せずうっかり溜息を漏らしてしまいそうだ。ジンさんも同じ思いなのか、目を見張り、男の一言一句を聞き漏らすまいと集中の様子だ。一通り聞き終えたところで、ジンさんは感謝の意への返答と、男の言の一節に対する質問を返す。


「そうか。日本の商社が世界的な非難の標的になっていることは薄々知ってはいたが。申し訳ない、この一年は立て込みすぎてて、それ以外については、世論に疎いんだ。それに新聞は読んでいるふうに言ってしまったが、現地語も英語も文字の羅列を読むのは苦手でね。せいぜい数ヶ月遅れの日本の新聞が送られてきたら読む程度なんだ。だから、恥ずかしながら、日本がそんな援助をしたことも実は知らなかったよ。でもなぜそのことを原住民は知らないんだ?」


 やや俯きながら聞いていた男だったが、視線を起こし、手振りを交えながら語り始めた。


「あぁ。オレ達は、辛い労働だったとしても、なんとか日がな一日を家族揃って平和に過ごせればそれで充分だと思っていた。そんなところへ、日本からの夢のような援助の話が舞い込んだんだ……けれども……原住民の手元に届くことはなかったんだ」


 これは原住民、皆の慎まし過ぎる毎日の情景だ、と思い聞き始めたところに上げて落とされる、そんな悲しい物言い。僕の感情は強引に引っ張られる。すかさずジンさんが返す。


「もしかして、ピンハネか? いや届いてないのなら、横領か?」


「そうだ。だが、そのくらいなら、オレ達はまだガマンできた。ただ、中にはガマンできないやつもいて、市に直訴したやつがいたんだ。そしたら市の役人は反対に腹を立てて、そいつの村だけでなく、周囲一帯の村に仕事が一切回らないよう、手を回したんだ。すると、日がな一日をやっとのことで生きてきたオレ達はどうなると思う?」


 僕が耐えきれずに逃げていた、心を抉る様々な事象の中でも一際酷い現実が今語られている。身につまされる。いや、傍観者でしかない僕が言う台詞か? 結局何の力もない僕は見ないという選択をしただけだ。恥ずかしさと申し訳なさに駆られているところにジンさんが返す。


「……もしかして餓死者が出たのか?」


「あぁ、体力のない赤ん坊、老人達から、順に死んでいったよ。そのことは何度も直訴をしたよ。普通なら、オレ達が労働することでその上前をはねることができるのだから、働くことを止めさせはしないさ。ところがだ。皮肉にも日本からの援助金という、潤沢すぎるお金が舞い込んだものだから、オレ達が働かなくとも痛くも痒くもないし、むしろウハウハな毎日を送っているよ……なぁ、日本人のダンナ? オレ達の命はそれほどに軽いのかな?」


「そんなことはない!」


 男が言い終わる前に、被せ気味に声を荒げて、怒鳴るジンさん。僕の心にも突き刺さる。


「あ、すまない。気持ちがひどく憤ってしまった。これは、とある日本人が発した言葉で、全員ではないにしろ、多くの日本人が知っていて、心に刻み込んでいる有名な言葉があるんだ」


 一呼吸入れて、ジンさんは続ける。


「それは『一人の生命は、全地球より重い』という言葉なんだ。この言葉は終戦間もない頃の日本の最高裁での判決文の内容だから、当時、大きな波紋を呼んだらしいけど、多くの日本人の心に響いたみたいでね。オレも含む多くの日本人の共通認識になってると思う。あなた達もオレ達も命の重さに違いなんてない。だから、そんな悲しい考え方はしないで欲しい」


 僕も知ってる。子どもの頃にテレビのCMでもやってたからかな。最高裁の判決文とは知らなかったし実感も薄かったけど、そう。この言葉はまさに今使うべきところ。届くといいが。


「そうか。ありがとう…………少し救われた気がするよ」


「いや、あなた達の苛烈な歴史を思えばとても無責任な言葉にも思えるかもしれない。それにオレはもちろんのこと、日本という国が何を思おうとどんな綺麗事を吐こうと、ただの部外者でしかない。こんなにも遠い国だからこそ関わりがなければ真実を知ることは難しいし、日本が関われるとすれば貿易くらいしかない。けれど貿易が盛んになることは国家が潤うからあなた達を苦しめることにも繋がる。貿易の中心にいる商社は利益を出すために必死になるから、関わりを保ちながらも日本は人種差別の実態にも触れることができるわけだけど……」


 いくつかの立場を捉えての言葉だから、矛盾しているようにも聞こえるかもしれない。うまく伝わるかを気にして、話す言葉を選びながらジンさんは続ける。


「面白く思わない大国からは人種差別に加担しているとの突き上げを食らうのは当然のこと。まぁ過去の歴史からもそんな立ち回りしかできないのが侍気質の日本人なわけで、そんな立ち位置にもかかわらず国際的な非難を浴びながらも人種差別に反対の立場を取り、届くかどうかもわからない支援金を送り込む程度だが、大国間のせめぎ合いの中、実は精一杯の努力なんだと思ってる」


「あぁ、充分理解している。それに侍か。日本人に感じる不思議な気質はそこにあるんだな」


 なんとか伝わったように思える。良かった。そして立ち回りの不器用さを侍気質と表現するジンさん。侍は認知されてたかな? そんなところに涙を堪えながらのマコちゃんが加わる。


「パパァ、なんとかできないの? うぅ。この人達だって報われるべきだよ。ズズ」ボトッ、ボトッ。

「あぁ、マコトは優しいんだな? パパだってなんとかしてあげたい思いは芽生えてる。ただ、パパにはこれから解決すべきとても大きな問題があるだろう? 今まさに引っ越そうとして離れる身でもあり、また根本的には国家レベルの問題になるからパパにできることは限られる。だがせめて今のこの問題だけはなんとかしたいと思ってる。マコトも手伝ってくれるか?」


「もちろんだよ、パパ。やっぱりパパだね、カッコいい、パパ!」

「そ、そうか?」

「うん、パパ、大好き」


「なぁ、オレ達はいったい何を見せられてるんだ?」


 至極同感ではあるけど、僕自身は微笑ましいのも良しとしたいから敢えて口は挟まない。


「はっ! あぁ、すまない。今のこの件、オレに預からせてくれないか?」

「あぁ、他ならぬ、あなたのことだし、オレ達はとっくに失敗したわけだから、どんな罰を受ける覚悟もできてる。好きにやってくれてかまわないさ」

「他ならぬ、って、えぇ? 前に会ったことありましたっけ?」


 そう。さっきからのこのやりとり。僕も含め何か変な関係性が見え隠れしているような……。


「いや、初めてだよ? でもあなたはかなり有名人だから、知ってる人はいっぱいいるよ?」

「えぇ? な、なぜ? マコト? パパ何か失敗したかな? それとも変な格好してたか?」

「あー、確かに。パパはたまにダサい格好してるもんね?」

「マジで? そ、そうなの?」


「くふっ、ハハハハ。これがあなた達親子の通常運転なのか? オレ達の悩みがなんだかちっぽけなものに思えてくるから不思議だよ。微笑ましいからもう少し見ていたい気もするが、時間は有限だからここで切らせてもらうよ。数ヶ月前、あの悪辣ギャング、ベラドンナ商会を壊滅させたのは、あなた達親子なんだろう?」


 この一言が、僕の中で引っかかっていた何か、バラバラに散らばっていたピースが勝手に本来の位置に戻っていくように、整合された情報として脳裏に浮かび上がらせてくれた。


「アーーーッ! そ、そうだ。さっきからずっと引っかかってたのはそれなんだ。ジンさん、マコちゃん。あの事件、あなた達なんですね。僕もずっとお会いしたいと思っていました」

「えぇ? なんでそれを!」


 慌てふためくジンさん。さらに追い打ちを掛けるが如く、男は続ける。


「やっぱりな。今のこの時期に、日本人の父娘で、年代や特徴も重なってるし、今ここにいないけど、さっきのもう一人の女の子がたぶん『イル』ちゃんなんだろ?」

「え? どどどうしてそこまで……」


「あぁ、ストロベリーブロンドなんてオレらの界隈では他に知らないし、超可愛くて頭脳明晰なのに心優しく面倒見がいいって子ども達の間じゃちょっとした有名人らしいじゃないか」

「あぁ、あの髪色にはそういう弱点もあるんだな」


 そうだ、それも引っかかっていたことだ。ストロベリーブロンドなんてそうそういるはずはないのに、僕はなんで気付かなかった? 痛恨の心情に憤っていると、さらに男は続ける。


「それに一番の決定打はさっきの不思議な強さだ。まだよくはわからないが、オレ達は何もさせてもらえなかった。まぁ、オレ達も強くはないが、こんな可愛いお嬢ちゃんにあんなにあっさりと武器を奪われ、拘束までされるなんてな」

「てへ。ごめんなさい」


 そう! やっぱりさっきはこの可愛らしいマコちゃんが武器を取り上げたので間違いじゃなかった。もう僕は何を見ていたんだ。いや、でも、今も可愛らしくぺこりとお辞儀するマコちゃんを見ていても想像できるはずはないよ。っと自分に苛立っている傍らで会話は進む。


「いや、いいさ。全てを封じられ、為す術もなく、しかし全くの無傷で今ここにいる。壮絶な銃撃戦にも拘らず敵味方なく負傷者なしでギャングを壊滅させた、っていう嘘のような話だと思っていたが、ここまで現実を突きつけられるともう信じざるを得ない。感服させられるよ」

「や、そんなに有名なの?」


 男の言はまさにその通りだが、怒濤のごとく見解を投げつけられ狼狽えまくるジンさん。


「あぁ、オレらの界隈で知らないヤツはいない。ただあなた達親子がどこの誰かは不明だったんだ。警察ではわかってるみたいだったが、教えてはくれなかったからな」

「僕もその話を聞いてずっと探してたんですよ。まさかこんな状況でお会いできるとは……」


 ジンさんは、またまたマコちゃんを向き、慌てて話し始める。


「やや、マコト? ま、まずいぞ! パパは早速失格だな? 身バレNGが早速破綻したぞ」

「あぁ、でもイルんちのときは仕方ないよ。街中で白昼堂々のバトルだったし、やらざるを得なかったわけだしね」

「あぁ、そうだよな。反省点は後で纏めるとして……」


 マコちゃんとのやりとりの後、ジンさんは僕らに向き直り、神妙な面持ちで切り出す。


「あの……大変申し訳ないが、理由があって身バレは避けたいと思ってる。説明できないこともあってその、秘密として、見たこと知ったことは漏らさないと誓ってはもらえないかな?」


「あぁ、オレ達は構わないぜ。今後どうなっていくのかはまだ想像つかないが、オレ達のことをなんとかしてくれようとしてるんだ。秘密くらい墓場まで持っていくさ。なぁ、みんな?」

「あぁ、任せろ」「もちろんだ」「うん」「オッケー!」「お安い御用さ」


 男達はそれぞれ同意で僕も当然同意するが、話の段取りだけは取り付けておく必要を感じた。


「僕も構いません。ただお願いがあって、全てが終わった後でお話を聞いて頂けますか?」

「え? あ、わかった。後からお話ね。承知した。みんなも同意してくれてありがとう。かなり脱線したが、本題に戻ろうか」

「あぁ、そうだな。なんでも聞いてくれ」


 原住民たちとジンさんたちと僕。さっきまで全く見知らぬ赤の他人だったはずだが、このたった十数分でどれほど親交を深めてしまったのか、いつの間にか親しめる間柄となっているようだ。今のこのスペースでの立ち位置などは変わらないものの、意識は自然と和の中心を向き、取り囲むように顔や視点、身体の向きが自然と整う。新たな会話の口火をジンさんが切る。


「じゃあ、なぜかは聞いたから、誰に何をしようとしていたのかを教えてくれないか? あぁ、自己紹介がまだだったな。オレはジン イチノセ、ジンと呼んでくれ。いっぺんには覚えられないから、ひとまずあなただけ、名前を教えてくれないかな?」


「ジンさんというのか。オレはザック。リーダーをやっている。話を戻すが、ターゲットは市長。したいことは直訴だ。銃を持ってはきたが、あくまで市長にたどり着くための脅し用だ。誰かを傷付ける意図はない。直訴さえできたなら、オレ達は自害する。そのための銃なんだ」


「え?」


 不意をつくザック達の決意のあまりの重さに驚きを隠せないジンさん。


「こんな事件を起こすんだ。オレ達は生きて帰るつもりは毛頭ないし、他の乗客が証人になってくれるなら、オレ達が自殺してまで訴えたかった直訴はうやむやになんてできないと思ったんだ。市長は悪辣な人間ではないと聞いている。役人達が真実をねじまげて報告しているのが問題で、これまで直訴したくても、市長に近付くことすら叶わなかったんだ」


 ジンさんは、話す男を向いているが、話を聞きながらも、視点は身の内側へと収束していくような、まるで深い悲しみを自分の身に隠し抱え込んでいくように見えた。話の区切れを境に視線を落とし、徐々に俯きながら、小さく返す。


「……そうか……」


 その言葉を聞き届けると、ザックは続ける。


「ただ、今回は日本への視察研修の名目でオレ達を苦しめている役人も同行している。ヤツらに邪魔されずに近付くのに銃を使って強硬突破する必要があったんだ。だが一番の懸念事項として護衛の警察官が2名同行していることが気掛かりなんだ。ヤツらは対人のプロでもあるから何もできずに失敗に終わる可能性が高い。そうなると犬死にしかならないからな」


 ザックは話し終えるが、懸念事項の件の辺りでジンさんはピクリと反応したように見えた。

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