コーヒー少年

ちはや

始まり

(ここが…)


 近代的な建物の間に、古めかしい一軒の喫茶店があった。

 ふぅ…

 一息ついて、ドアを開ける。


「いらっしゃいま…」

 奥から顔を覗かせた少年が言い終わらないうちに、後ろから中年男が押し入って来た。

「いらっしゃいませ!」

 少年は私に心配そうな目線を送りながら、次の客を迎えた。


「いつもの!」

 中年男がドカッとカウンター席に座りながら注文とは言えない注文をする。

「ここに座っても良いかね。」

 私は中年男が座ったひとつ隣の席を指した。

「はい、どうぞ!」

 

 少年は中年男に向きなおり、申し訳なさそうに答えた。

「お客様、『いつもの』とおっしゃいましたが、僕はここを始めたばかりで…」

 少年が言い終わらないうちに中年男はイラっとした口調で

「いつものって言ったら、いつものなんだよ。全く最近の若いもんは。」

 

 始めたばかり、と説明している途中で話の腰を折る大人もどうかと思いながら、私は少年に尋ねた。

「始めたばかり、というのは働き始めてという事かね?それともという事かね?」


「一応、両方です。このお店をやっていた祖父が入院したので、しばらくの間僕がやる事になったんですけど…祖父のメニューは僕だけでは無理なので、新しいメニューになりました。」


「それならそうと早く言えよ!」

 悪気はないのだろうが、中年男はまた怒り出し続けて「じゃ、美味うまいコーヒーでいい。」と、ブスッとした顔で言った。


 少年は考えている様子だった。

なぜなら美味いコーヒーとは、多くは人の好みで評価されてしまうものだ。

 

「君の『』でお願いしよう。貴方あなたもそれで良いですよね?」

 私は中年男に念を押すように言った。

「あ、ああ…。」


 少年はパァと明るい表情になり、元気に「はい!少々お待ちください!」と返事をし、準備を始めた。

(君の淹れるコーヒーが楽しみだよ、


 少年は豆を調合し、ゆっくりとミルで挽き始めた。柔らかなコーヒーの豆の香りが伝わってくる。隣の中年男も鼻をムズムズとさせていた。ふむ…コーヒーならなんでも良いという人物ではなさそうだ。

 それから蒸らし、ゆっくりとドリップしていく。基本と言えば基本で、簡単なようで奥は深い。

「どうぞ。」

 白にブラウンのラインが入った、厚みのあるカップが置かれた。

 春に相応ふさわしい軽い香り。ひとくち飲むと、苦味からゆっくり柔らかなフルーツのような甘みに変化する。

「これは君の得意分野に、春を意識させたコーヒーだ。流石さすがだね、藤川翔吾ふじかわしょうご君。」

「僕の事をご存知で?」

「うん、日本で初の高校生コーヒー鑑定士だ。」

 それを隣で聞いた中年男は、椅子からよろけていた。

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