第2話岐神

 第二章【岐神】








































 人間が自分で意味を与えない限り、人生には意味がない。


         エーリッヒ・フロム
























 ―数日前のこと


 「何か御用ですか」


 「え、久しぶりにあってソレ?」


 「閻魔様がいらっしゃるような場所ではないのですが」


 「相変わらずだな、一人静」


 突然現れた閻魔に、一人静は少し驚いていた。


 表情は仮面によって見えないが、口元が少しだけ開いたのが見えたのだ。


 いつもは部屋に籠って小魔に注意されながら仕事をしているイメージのあった閻魔だが、一人静はもともと閻魔のもとで働いていた。


 まあ色々考えて、今の場所で働くことを許してもらっていたため、それからというもの、閻魔と会うことはほとんど無かった。


 一体何事だろうと少しだけ身構えていた一人静だったが、閻魔は舟の蛇を懐かせながらしばらくのんびりしていた。


 「・・・もしやサボりにきただけですか」


 「え?バレた?」


 にへら、と威厳など全くないふにゃりと笑ってみせた閻魔だが、一人静は静かに舟を漕ぐだけで、それ以上何も聞かなかった。


 どれだけの時間が経ったかわからないが、いつまでここにいるのだろうと確認をするために顔を閻魔の方に向ければ、そこには気持ちよさそうに寝ている閻魔の姿があった。


 起こすのは可哀想かとも思ったのだが、どうにも閻魔がここに来た理由が気になったため、一人静はオールで水をかけようかとも考えたのだが、それはあまりに酷いかと、閻魔の肩に手を置いて数回揺さぶりながら声をかけてみる。


 「閻魔様、起きてください」


 「今・・・やるから・・・休憩・・・」


 「・・・うなされている」


 一体どんな日々を送っているんだろうと思いながらも、もう一度、先程よりも強めにゆすりながら声をかける。


 すると、ようやく閻魔が目を開く。


 とはいっても、まだ半分閉じている状態のため、放っておいたらまたすぐに寝てしまうだろう。


 そうならないよう、一人静は閻魔が完全に起きるまで強く、強く、強く、揺らす。


 「おいおいおいおいおいおいおいおいおい揺らし過ぎじゃね?俺の脳味噌出てねぇ?すげぇ吐きそうなんだけど。小さい子にはやっちゃダメだからな?」


 「あ、起きてましたか」


 まだ閻魔の中では揺れが続いているらしく、一人静が揺らすのを止めたあともグワングワンと身体を左右前後に動かしていた。


 そんな状態がなんとか落ち着いてきたころ、閻魔は両腕を頭の後ろに組み、また寝てしまいそうな体勢のまま話し始める。


 「実はよ、ちょっと話しておいた方がいいかと思って」








 「何をですか?」


 「夜焔のことは知ってるな」


 閻魔の口から発せられた単語に、一人静は特に何も言わなかった。


 閻魔は目を瞑りながら続ける。


 「あいつがどうも本格的に動きだしたらしくて。ひょっとしたらお前んとこにも顔見せに来るかもって思ってよ」


 「俺に用は無いと思いますけど」


 「直接は無くても、お前は死神らに喧嘩売られてんだろ?あいつのことだから、誰と手を組んだっておかしくはねぇさ」


 「・・・カロンに用があるということですか?それとも」


 「どうだかな。俺が勝手に思うに、カロンもそうだが、それよりも手っ取り早く俺たちを潰せる方法があるとしたら」


 「あの2人、ということですね」


 「そうそう。2人揃って気紛れなとこあるし」


 「1つうかがってもよろしいですか」


 「・・・おお。小魔にも使われたことがしばらくねぇ丁寧な言葉遣い。いいぞ。なんだ」


 最初の頃は初々しかったな、と今となっては小舅のような厳しい言葉を浴びせてくる小魔の事を思い出したところで、閻魔は頭の後ろにあった腕を下ろし、胡坐をかいてその膝の部分に腕を乗せる。


 「時間と時空というのは、どちらが上位となるのでしょう」


 「・・・・・・こりゃまた難題だな」


 困ったように笑った閻魔は、顎に手を当てて考えてみてから、適当な感じで答える。


 「ま、時空って答えるだろうな、普通は」


 「普通は?」


 「そ。時間はある一定方向にしか進まない。その点、時空はあらゆる方向に進める。だが、時間が止まった場合、もしくは巻き戻った場合、その瞬間、時空はその影響で歪む」


 「歪むんですか」


 「多分」


 「多分ですか」


 「俺専門家じゃねぇもん。それに俺達から言わせりゃ、どっちも厄介にかわりねえだろ?」


 「まあ、そうですね」








 ―現在


 「・・・ッ」


 「どうした?降参するか?」


 一人静は、オールでなんとか立てている様子だった。


 疲弊しているわけではなさそうなのだが、ふう、と何度も深い息を吐いている。


 ライがその様子を観察していると、横にいた死神が一気に一人静に詰め寄り、その大きな鎌で一人静を狙う。


 もう一度深く息を吐いたところで、一人静はオールを持ってそれに対抗する。


 以前はそのオールの一太刀で簡単に折れてしまったはずの死神の鎌だが、今回はそう簡単には壊れない。


 何度もガキン、ガキン、と金属同士がぶつかるような大きな音が聞こえてくるが、どちらも一歩も引かない状況だ。


 キンッ、と一番響いた音が鳴ったあと、一人静と死神は一旦距離を取る。


 今度は浅く呼吸を繰り返す一人静だったが、それをまた通常の呼吸に戻すと、オールをぐるんぐるんと器用に回す。


 そして、目元が見えないはずなのに、ライと死神の方を鋭い目つきで見ていると感じたとき、それまで吹いていた風が止まる。


 「少々本気を出させていただきます」








 一人静達が戦っている場所から離れた場所では、雨が降っていた。


 しかし、やはり風は吹いていない。


 静寂が取り柄のようなその場所で、似つかわしくない音が今を占領している。


 死神の鎌と一人静のオールの激しいぶつかり合いだけでなく、ライが空中を動き回りながら攻撃をしてくる。


 そちらは蛇たちがなんとかしてくれているが、いつまでもつかは分からない。


 「(防戦一方だ。このままじゃ遅かれ早かれここを抜かれる)」


 「考え事かぁ?」


 「!!!」


 蛇たちを潜り抜け、一人静のすぐ傍までライが来ていた。


 反応が遅くなってしまった一人静だが、なんとかその攻撃を防ぐことが出来た。


 しかし、その代わりというのだろうが、死神からの攻撃を受け止めることが出来ず、一人静は肩を負傷してしまう。


 この程度で済んで良かったというところだろうか、一人静は特に慌てることもなく、血が出てくる肩を少しだけ摩ると、再びオールを構える。


 一人静が傷を負ったからなのか、蛇たちは心配そうに一人静の方を見るが、一人静は優しく「大丈夫だ」という。


 「お前の本気はそんなもんか」


 「申し訳ございません。これまでにこういった戦いを強いられたことがあまりありませんでしたので。本気の出し方を忘れております」


 「へえ。じゃあ早く見せてくれよ、本気ってやつをよ」


 そう言いながら、ライが一人静に迫ってくる。


 すると、先程までとは少し様子の違う蛇がライに襲いかかり、勢いよく水面に叩きつけられてしまった。


 また川の中から攻撃をしようとしたライだったが、すぐ目の前にまで蛇が来ていたため、距離を取ってから空中へと戻る。


 「なんだぁ?ご主人様が怪我して怒ったのか?」


 「落ち着け。こちらに分があるのだ」


 「わかってるよ」


 1人で勝手に動きまわるライに対し、死神が言葉をかける。


 バサッ、と大きく翼を2回、3回ほど動かせば、ライは数メートル上空まで移動し、そこから一人静を狙う。








 重力と翼のスピードを活かして一気に川に飛び込むと、やはり船底を狙って何度も攻撃をしてくる。


 最初よりは少し大きくなったとはいえ、ライのそのパワーのある攻撃に耐えるにはまだ不十分らしく、一人静はバランスを取ることに必死だ。


 そこに死神が遠慮なく鎌を振るってくるのだが、わざと外している、というよりも、まずは舟を、という考えに変更したようで、死神は一人静ではなく舟を狙ってくる。


 自分に向かってくる分に関しては攻撃を防ぎやすいのだが、舟の至るところを狙われてしまうと、思ったように動けない。


 ぐらぐらと揺れる舟を見て、ライはより強く風を起こし、さらには炎で舟を燃やそうとする。


 しかし、それは一人静がオールで簡単にバシャン、と大量の水をぶつけたことによってあっという間に鎮火されてしまったが。


 「あと少しだったのに」


 ライが翼を動かしながら死神の近くまで下りてくる。


 「あの舟は燃えないぞ」


 「あ?早く言えよ」


 「誰が作ったかは知らんが、あの舟もオールも、そう簡単には壊れない、燃えない。だから我らも手こずっているんだ」


 「ったく。どこにでもいるもんだな。そういう立派な職人ってのは」


 「職人か」


 「違うのか?じゃあ・・・職人でもねえ奴が、あんなおぞましいモン作ったってのか?」


 「・・・・・・」


 何も言わなくなった死神に、ライは痺れを切らしたのか、再び空中まで向かうと、今度は大きな岩を舟の上まで運ぶ。


 「物理的に沈めりゃいいだけだ」


 結構な高さまで向かうと、ライはその岩を舟に向けて落とす。


 勢いよく落ちてくるその岩を払いのけようとした一人静だったが、そんなことさせてもらえるはずがなく、ライは岩を落としてすぐに、死神も同時に一人静に向かって攻撃を仕掛ける。


 死神と目が合うと、こう言った。


 「ここで終わりにしよう」


 一人静は一度諦めたようにオールを下ろすが、すぐに持ち直してすうう、と今までで一番深い呼吸をする。


 そして、オールを軽やかに振った。








 「おい、どうなってんだ?」


 目の前でブツブツと何かを言っている男、雅楽の髪は、もともと綺麗な紫色をしていた。


 そのはずなのだが、次第に自分たちと同じように真っ黒に染まっていく。


 さらに、顔や身体の見える部分から察するに、全身に何か文字のようなものが浮かび上がっている。


 ダスラはヴィルズに近づいて行き、ごくりと唾を飲み込む。


 「こいつ、何なんだよ?」


 「・・・ただの、呪われた人間だ」


 「そういう次元の話じゃなくね?呪われるって、一体こいつ何したわけ?」


 そんなことを話していると、雅楽といきなり視線が合ったため、ヴィルズは身構えたのだが、隣にいたはずのダスラが雅楽に捕縛されていた。


 それは呪符などという可愛らしいものではなく、黒く澱む、まるでこれまで雅楽が相手にしてきた怨念のような、ヴィルズたち悪魔のような。


 「ちっ」


 ヴィルズはすぐにダスラを助けに行こうとするが、雅楽に翼を拘束されているダスラが、そのままヴィルズにぶつかってくる。


 それと同時にダスラを取り戻そうとしたのだが、黒く澱んだソレは思った以上に強く、ヴィルズは自分の羽根を数本犠牲にすることでなんとかダスラを解放出来た。


 一方の雅楽は、顔や身体に傷がついてもおかまいなしのようで、ヴィルズが羽根で雅楽の身体をどれだけ痛めつけても、無心で向かってくる。


 「ダスラ!おい!起きろ!!!」


 「起きてる・・・」


 「なら動け!」


 ぽいっとダスラを放りだすと、ヴィルズは雅楽に向かって回転を繰り出す。


 その間にダスラは雅楽を後ろから拘束し、身体が動かないように固定すると、そこにヴィルズが突っ込んできた。


 心臓目掛けていったヴィルズだったが、何か違和感を覚える。


 顔をあげてみると、雅楽の心臓部分、というよりも胸から腹の部分にかけて真っ黒い穴のようなものが空いており、そこに引きずり込まれてしまう。


 「くそっ」


 急いでヴィルズとダスラは雅楽から離れる。


 と思ったのだが、先程まで雅楽の身体に引き寄せられていたヴィルズは、戻るのに手間取ってしまい、雅楽の拳を顔面から受けた。


 「うわ、痛そ・・・」


 それをすでに避難していたダスラが見ていたのだが、殴られた衝撃と痛みと苛立ちとが沸き上がったヴィルズは、雅楽の腕を掴もうとしたのだが、それよりも先に雅楽に蹴りを入れられてしまった。


 「ちょっとちょっと・・・!!」


 これはいけないと、ダスラはヴィルズをなんとか救出し、近くの電柱に腰掛ける。


 「冷静になってよ。そんなんじゃあいつの思うつぼだ」


 「わかってる」


 「わかってないじゃん」


 鼻血が出たのか、ヴィルズは鼻のあたりと手の甲で摩りながら雅楽を睨みつけていた。








 ―数日前


 「やっほー」


 「・・・・・・」


 「・・・・・・」


 「・・・・・・」


 「あれ?聞こえてなかった?やっほー」


 「不審者は警察に」


 「違う違う。俺だから。知ってるだろ。見知った顔だろ。お前は顔覚えいいから忘れてるわけないよな?」


 「前会ったときと口調がちょっと違うから不審者かと思った」


 「別人とかじゃないんだな。不審者か」


 一仕事終えてゆっくり、出来るはずもなく、次にいた怨念を退治した丁度その時だ。


 鳳如が掌をひらひらと振りながら現れると、雅楽はため息を吐く。


 「なんでため息吐くかな?」


 「面倒事でも持ってきたんだろうと思って」


 「まだ持ってきてないよ」


 「まだなのか」


 この2人がどういう関係なのかはさておき、雅楽と鳳如は多少顔見知りであった。


 あたりを見渡している雅楽をじーっと見ていた鳳如に気付いた雅楽は、そのニコニコしている鳳如に呆れたような目を向ける。


 「今閻魔も一人静のところに向かってて、同じ話をしに行ってる」


 「・・・・・・」


 「で、俺とお前に関係してて、なおかつ閻魔も関わってくるとなると、なんだと思う?」


 「そういう質問には答えない」


 「ガイなんだけど」


 「さっさと話せ」


 立ち止まって話を聞く気はないらしく、雅楽はスタスタと歩き出してしまった。


 鳳如はそれについていきながら、雅楽の背中を見ては面白そうに喉を鳴らした。


 それが聞こえた雅楽は気分を悪くすることもなく、だからといって反応を示すこともなく、ただ目立たない場所へと向かっていた。


 ようやく辿りついた場所で、雅楽は鳳如の方を見る。








 「で、ガイがなんだ」


 それまでにこやかだった鳳如の顔から笑みが消え、至極真面目な顔つきになる。


 「あいつらを探してるみたいなんだ」


 「あいつら?」


 「・・・あれ?お前知らなかったっけ?」


 簡単にその説明をすると、雅楽はポカンと口を開けながら首を傾げる。


 同時に鳳如も同じように首を傾げる。


 「誰だそいつらは」


 「あ、知らなかったんだ」


 「知らん。とりあえず会ったことはない」


 「そっか」


 とはいえ、知らないで済むほどガイたちは甘くないと、その2人に関しての情報を雅楽に伝えれば、すぐに頭にインプットしたようだ。


 「で、そのヒトとジュースっていうのは」


 違った。インプット出来ていなかった。


 「違う。似てるけどちょっと違う」


 どういう人物像なのかも含めて詳細を話す。


 「そいつらは簡単に動くような奴らなのか」


 「いや、簡単には動かないだろうね。というよりも、簡単に動かれると困っちゃうよ。こっちにも影響が及ぶからね。いわば“切り札”っていうか“最終手段”っていうか“隠し種”っていうか」


 「よくわからんが、どちらにせよ動かれると不都合ということか」


 「そうだね。めちゃくちゃ不都合だし、多分、そんなことしたらロゼが出てくるんだろうなぁ・・・」


 「ロゼ?」


 「ああ、こっちの話。でもまあ、確かにあいつらが手の内にいるかいないかで、結構違ってくるよな」


 「・・・そもそもどっち側の奴らなんだ?」


 「んー?」


 極端な話、味方なのか敵なのか。


 味方だとしても裏切ったりするような奴なのか、そこを確認したかった雅楽だが、鳳如からの返事は曖昧なものだった。


 曖昧ということは危うい性格なのかとも思ったがどうやら違うらしい。


 鳳如は後頭部をぽりぽりと数回かいたあと、ちらっと雅楽を見る。


 「こっち側っちゃこっち側」


 「?」


 「裏切ったりすることもないと思う」


 「?」


 「なんだけど」


 「?」


 「最近ジュークが何かしようとしたらしくて、シェドレが追いまわしてるって話だから、そこがどうなるか微妙ってとこだな」


 「ああ。そういうことか」


 だいたいの事が理解出来たのか、雅楽はざっくりと納得したようだ。


 「とにかく」


 そして、仕切り直すように話し出す。


 「俺の前に現れたら、俺のやり方で始末すればいいんだな」


 「始末って言い方止めない?」


 「始末以外に何がある」


 「退治とか討伐とか?」


 「ならお前なりに変換しろ。俺は俺のやるべきことをやる。それだけだ。他に何か用があるのか」


 「ないよ」


 そう言うと、鳳如はこう続ける。


 「呪われた人間なんてそういない。だろ?同じ境遇の奴とはたまに会いたいもんさ」


 「・・・・・・」


 「ま、呪われ方も人それぞれだからな。呪いの解き方も人それぞれ。生き方も。俺達はそうやってずっと、何かに囚われて生きていくんだ。せいぜい、死なねえようにな」


 「・・・俺が死ぬのは、お前と違って簡単だ」


 「それ褒め言葉か?」


 小さく笑う鳳如に、雅楽も小さく笑った気がしたが、気のせいかもしれない。


 それからすぐに鳳如は去って行き、残された雅楽は、先程鳳如から聞いたことを留めながら、また街へと繰り出す。








 「ヴィルズ!落ち着けって!」


 「うるせえ」


 雅楽とヴィルズは、能力対決、というわけでもなく殴り合いをしていた。


 とはいえ、戦いの最中に拳だけということもいかず、雅楽もヴィルズももちろん己の武器を出していた。


 ヴィルズは自分の背中から生えている翼から羽根を繰り出し、雅楽の背中に突き刺しているのだが、呪符によって守られているのと、仮に刺さったとしても雅楽が全く反応しないのだ。


 舌打ちをしながら戦うヴィルズだったが、羽根のダメージは確実にあるようで、ほんの一瞬、雅楽がぐらついたのを見逃さなかったヴィルズは、雅楽の足を思い切り蹴る。


 一発目はなんとか踏みとどまっていた雅楽だが、二発目、三発目を続くとバランスを取れなくなってきたらしく、数秒、いや、それよりもずっと短い時間だが、刹那よりも若干長いくらいの時間だろうか、とにかくそのくらいの時間雅楽の身体が揺れたのを、チャンスとばかりにヴィルズは雅楽に全体重をかけてのしかかる。


 最初は耐えていた雅楽だったが、すぐにヴィルズに押し倒される形となってしまう。


 後頭部を強めに打った雅楽は苦悶の表情を浮かべるが、すぐに目の前にいるヴィルズへと目線を向ける。


 両腕にそれぞれ足を乗せるようにして乗っているヴィルズをどかす方法は、今のところ見つかっていない。


 ただ力付くでは決して動かないだろうことだけは分かる。


 ヴィルズは背中から一枚羽根を取り出すと、それを雅楽の眼前に突きつける。








 「これから死ぬ気分はどうだ?」


 「・・・・・・」


 「あいつらの居場所を吐く気になったか?名前は確か・・・テトとジューク」


 「・・・・・・」


 「それとも、役にも立たずにこのまま死ぬ心算か」


 「・・・よく喋るんだな」


 「あ?」


 雅楽の言葉に、ヴィルズは持っていた羽根に力を込める。


 「はっきり言っておく。俺はお前らが探している奴らのことを最近知ったばかりだ。顔も知らない。よって居場所なんて知っているはずもない」


 「てめ・・・」


 「そもそも、お前らはなぜそいつらのことを探している?お前ら自身の考えで動いているのか?違うな。お前らはただ言われて動いているだけ。そこに意思などない。それとも、個人的に目的を持って動いているのか?」


 「・・・くそが」


 2人の様子を見ているダスラは、ヴィルズに喧嘩を売っている雅楽があまりに珍しく、少しワクワクしていた。


 だがその気持ちというか空気が伝わってしまったのか、ヴィルズがいきなりダスラの方を睨みつけてきたため、ダスラはすぐにキリッとした顔つきに戻る。


 「俺らがどう動いてようと関係ねぇだろ。それに、お前だって同じだろ?」


 「お前らと同じにするな」


 「じゃあどう違うんだ?」


 「・・・・・・」


 黙ってしまった雅楽に、ヴィルズは更に続けようとしたのだが、雅楽からため息が聞こえて来たため、言葉が止まる。


 「俺はただ、俺の成すべきことを全うする。それだけだ」


 「・・・はあ?なんだそれ?成すべきこと?なんだそりゃ。大金でも貰ってんのか?そうじゃなきゃ、無駄に命をかけることなんぞ人間がするわきゃねぇ」


 「だから言っただろ。理解出来ないと。お前と俺は違うんだ」


 「どう違うってんだよ」


 握っている羽根にさらに力を込めれば、そこから血が滲みでる。


 「お前は、己の弱さでただ堕ちたに過ぎない」


 「・・・!!!!」


 「(あ、キレた)」


 ヴィルズがプッツンと切れたことに気付いたダスラは、これから起こることを予想してその場から離れようとする。


 しかし、身体が硬直する。


 何事かと思い振り返れば、まだ雅楽に止めをさしていないヴィルズと、ぶつぶつとまたしても何か言っている雅楽がいた。


 そして雅楽の影に、何かを見る。








 「ふう・・・」


 男、鈴香は胸の辺りを摩っていた。


 先程までそこにいたはずの男、ガラナの身体はまだ確かにそこにあるのだが、ピクリとも動かない。


 イベリスと同じようになっているのかと聞かれると、どうもそれも違うようだ。


 鈴香はガラナによって邪魔されてしまったティータイムに戻ろうと、ひっくり返されてしまったテーブルや椅子を戻し始める。


 「やれやれ。とんだ休日だ」


 実際に休日なのかは知らないが、鈴香はそれらを戻し終えると、零れたはずの紅茶をカップに注ぎ、さらには先程はなかったマカロンを準備する。


 椅子に座って紅茶を口にし、どの色のマカロンを食べようかと楽しみながら選び、ミント色のものを手に取る。


 ぱくりと口に含めば、さわやかな香りと中に入っていたチョコがほろ苦く甘い。


 優雅な時間を過ごしながら、鈴香は地面に倒れているガラナをちらっと見る。


 その視線はあまりにも冷たく、普段の鈴香からは想像出来ないほどだ。


 「・・・・・・」


 静かにカップを置くと、ほのかに漂う甘い香りに目を瞑る。


 うっすらと目を開ければ、懐かしい桜と煙草の煙の匂い。








 『煙草の匂いは嫌いだな』


 『あ?』


 『ほら、俺の香りどうだい?美しいだろ?脳内にまで届くほど甘く切ない香りだろ?』


 『・・・悪い。俺香水とかダメなんだわ。まじで鼻がもげる』


 『なんだと?この美しい香りがダメ?どういうことだ?人間には少しキツいということか?それともお前の鼻がおかしいのか?』


 『さらっと失礼なこと言いやがって』


 『これはなんだ。美しいな』


 『お前桜も知らねえの?』


 『桜?これが噂の桜か。言葉だけは知っていたが、見たのは初めてだ。道理で、人々を魅了しているわけだな』


 『お、桜の良さがわかるなんて良い奴だな。酒飲むか?』


 『酒の匂いはどうもな』


 『おい。俺にお前なんて言ったよ』








 何年前になるか分からないが、そんなやりとりがあったことを思い出しながら微笑んでいると、突然、鈴香の鼻にツンとくる強い香りが漂ってくる。


 次の瞬間、鈴香は椅子を倒して鼻を押さえながら立ち上がり、その匂いの元凶の方を見る。


 あまりにも強いその匂いに、鈴香は珍しく顔を顰める。


 「おお、お前か。お前を倒せば、ええと。そうじゃ。居場所を聞くんじゃった。お前は知っているはずだと言っていたからのう」


 「・・・どちら様かな?」


 「私の事を知らぬか。かの有名な酒吞童子じゃぞ」


 「無知なものでね。有名なんだ?」


 「私ともあろう者が、あのような男に使われるなぞ本当は嫌なんじゃ。じゃが、私がより上に行く為には致し方あるまい?いずれぬらりの椅子を奪うためには、こういう下っ端のようなこともせぬとな」


 「・・・・・・ふう。なんだかよくわからないけど、君たちは椅子というものにとても固執しているんだね」


 いつの間にか出していたハンカチで鼻を覆いながら、もう片方の手で前髪をかきあげる鈴香は、眉間にシワを寄せたままだ。


 鈴香の言葉に酒吞童子は首を傾げ、鈴香のことを目を見開いて観察している。


 歯を見せてにやりと笑うと、酒吞童子は鈴香の顔を見ながら酒を飲む。


 すでに2人の間には酒臭さが漂っているのだがそれだけでは飲み足りないらしく、酒吞童子は次々に酒を飲み、空の酒瓶を足元に転がしていく。


 その間、鈴香は特に文句を言う事はなかったが、その視線は明らかに不満そうだ。


 しばらくすると、酒吞童子はここでようやくイベリスとガラナが地面に転がっていることに気付く。


 「お?こ奴ら見覚えがあるような・・・。おお、そうじゃ。見知った顔じゃ。お前さんがやったのか?」


 「・・・そうだ」


 「イベリスはさておき、ガラナはそう易々とやられるような男ではない。先日とて・・・。お前、何者じゃ?」


 「あの申し訳ないけど、酒の匂いどうにかしてもらっていいかな?君の酒の匂いは、なんていうか・・・すごく胸やけするというか、腹の奥が気持ち悪くなるような匂いだ」


 「なんじゃ、酒の匂いがダメか?最近の若者は酒離れしておるからのう」


 「そういう問題じゃなくて」


 「酒は慣れる。飲んでみろ」


 「結構。酒は一度飲んだことあるけどダメだった。まあ、その時の酒は君の酒とは違って、もっと心地良いものだったけどね」


 「面倒な奴じゃ」


 「君もね、酒吞童子」


 鼻がもげるような強い酒を飲んでいるのか、そんなことわからないが、酒吞童子から発せられる匂いは酷いらしい。


 鈴香は呼吸もなるべく浅くし、そこに留まって一向に動く気配の無い酒の匂いに怪訝そうな顔を浮かべるだけ。


 グビグビとひとしきり酒を飲んだところで、酒吞童子が鈴香に向かってくる。


 「・・・・・・」


 酒吞童子が近づいてくる度に、鼻にまとわりつく酒の匂い。


 一歩一歩距離が縮まると、鈴香の眉間にもシワがどんどん寄っていく。


 「して、何者じゃ?」


 「ッ」


 「どうやってこいつらを倒した?」


 「ッッッ」


 あまりにも酒の匂いが強かったのだが、鈴香は手を酒吞童子の顔の前に翳しながら、こう言った。


 「こうやって・・・!だよ!!!」








 「!?」


 「はて?何かしたか?」


 鈴香は驚きのあまり何も出来ずにいると、酒吞童子に腕を掴まれ、そのまま腕に噛みつかれる。


 「・・・ッ」


 「美味くはないな」


 「なら放してくれるかなッ」


 そう言いながら、酒吞童子の目に香水を吹きかけると、一瞬だけ目を閉じ腕を離したため、その隙に鈴香は酒吞童子から距離を取る。


 腕から血が出ているが、鈴香にとってはそれよりも香りの方が辛いらしく、ずっと鼻を押さえている。


 そしてなにより。


 「なるほど。香りか。それでこ奴らを倒したというわけか。まあ、何か作用のある香りなんじゃろう」


 「・・・・・・」


 「しかし残念じゃったのう。ワシは今鼻がきかん。それにここには酒の匂いが充満しておる」


 「(・・・・・・。まったく。こんなことになるなら少しでも酒の匂いに慣れておくんだったかな)」


 そんなことを思いながらも、もはやどうすることも出来ない。


 酒吞童子はイベリスとガラナのもとへ向かい、2人がどういう状況なのかを「ふんふん」と言いながら調べている。


 それを横目に見ていた鈴香だったが、あまりの酒の匂いに気が狂いそうだ。


 「ほう。このイベリスとやらはまだ生きてはおるようじゃが・・・。ガラナは無理じゃのう。お主一体何をしたんじゃ?」


 「・・・・・・」


 「イベリスは助けてガラナは殺す。どういうことじゃ?何が違う?」


 「・・・・・・」


 「よし。私の推論を述べよう」


 求めてなどいないのだが、酒吞童子が酒の匂いを身体に纏わせながら話し出す。


 すでに酒は持っていないと思っていたがそういうこともないらしく、どこからか酒を取り出すとまた鈴香の前で飲みだす。


 キュポン、とコルクのようなそれを開けただけで、中からの強い酒の匂いがそこら中に広がり、鈴香はすぐにでも移動したいくらいだった。


 それも構わずに酒吞童子は持論を言う。








 「化学者かアロマ好きかはたまた別のルートなのかそれはさておき」


 あれだけ酒を飲んでいるにも関わらず、酒吞童子は酔っている様子もなく、淡々と、あくまで客観的に述べる。


 「イベリスに関しては、骨抜き状態じゃ。じゃがまあ、様子を見る限り魂を抜いたといった感じじゃな。こういうのは初めて見るから分かりかねるが、合っておるか?」


 余裕そうに鈴香を見てくる酒吞童子に、鈴香は何も答えず顔をただ曇らせる。


 そんな鈴香に肩をすくめながら、酒吞童子は続いてガラナの方へと近づいていく。


 「ガラナには何か恨みでもあったか?」


 「・・・・・・」


 「これは・・・もはや魂を喰うたか?いや、そんな馬鹿な話あるわけないと思いたいが、どうも気になるのう。外傷がそこまであるわけでもなし。四神らでも1人ではなかなかここまで追い込めぬぞ。お前さん、相当な手錬か?」


 「・・・・・・」


 「何も言わぬか。そうか」


 どっこいしょ、と言いながら酒吞童子は立ち上がると、酒の匂いを醸し出しながら鈴香の方を向く。


 そして掌を翳すと、一瞬にして鈴香のいた場所、その周辺は焼け焦げていた。


 「逃げるのは上手いな」


 「・・・・・・」


 「いつまでそうしている心算じゃ?そのままじゃ戦えんぞ」


 すうう、と一気に空気を吸い込むと、鈴香は覚悟したようにハンカチを鼻から下ろす。


 「よし」


 その鈴香を見た酒吞童子は、一気に攻撃をしかけてくる。


 まるで砲弾、いやそれ以上の破壊力を持つ酒吞童子の一発を受けてしまったらいけないと、鈴香はまだ食べていないマカロンに後ろ髪を引かれながらも、目線を酒吞童子に合わせる。


 余裕そうに掌を向けてくる酒吞童子は、その攻撃を何度か繰り返す。


 辺りは酒吞童子によって作られた穴だらけとなってしまい、とうよりももはや壁があったのかさえ分からない状態となっている。


 また一発、酒吞童子が攻撃をしてきたため、鈴香はそれを避けようと片足を踏み込んだのだが、動いたその瞬間、すぐ横に酒吞童子が来ており、鈴香に向かって腕を伸ばし、そのまま地面に押し付ける。


 すぐに離すこともなく、そのまま、先程の攻撃を鈴香の顔に向かって放つ。


 何度も。何度も。何度も。








 何度目かなどわからないが、しばらくして酒吞童子はその場から立ち上がると、鈴香に背を向けて歩き出す。


 そして数歩歩いたところで止まる。


 「居場所を聞き出しておらなんだ」


 まあいいかと、酒吞童子はすでに動かないガラナをどうしようかと考えたあと、もう動くことはないが身体という受け皿があるなら何かに使えるかもしれないと、身を屈める。


 「・・・まだ生きておるのか」


 あれだけの攻撃をまともに受けて、生きているはずがないと思った酒吞童子だが、鈴香の顔は思っていた以上に真っ黒だ。


 これで生きているのが信じられないと、酒吞童子は再び鈴香に襲いかかる。


 鈴香が反撃に出られないほど、同じように何度も攻撃をしたのだが、鈴香の目がこちらをぎょろっと見ていることに気付くと、酒吞童子はどこかゾクリをしたものを感じた。


 手が止まり、鈴香の目と自分の目が合う。


 深い海のようなその青い瞳に導かれるようにじっと見ていると、自分の攻撃が止まっていることを思い出す。


 大きな音を立てて鈴香が吹きとんだのを確認すると、酒吞童子は再びガラナの方へ。


 「・・・・・・一体どういうからくりじゃ」


 ガラ、と音を立てて瓦礫の中から出て来た鈴香は、初めて会ったときよりも随分とボロボロになっている。


 神もボサボサ、身体や顔は血だらけ、服も破れていて見るも無残だ。


 「からくりなんてないよ」


 「・・・ならばなぜ生きている?」


 肩で呼吸を繰り返している鈴香は、前髪の隙間から酒吞童子を見下ろす。


 「ちょっとキレただけだ」


 「ほう」


 互いにニヤリと笑ったところで、酒吞童子は大きめの瓦礫を持ちあげると、まずはそれを鈴香に向けて投げつける。


 それを鈴香は避けることもなく手で受け止めようとすると、瓦礫の後ろから酒吞童子が攻撃をするために手を構えていた。


 しかし、鈴香はその瓦礫を掴むと、そのまま酒吞童子の方へ投げ返す。


 思わぬ反撃に酒吞童子は少しだけ後ろに下がるが、鈴香がすぐ近くに迫ってきていることは気配で気付く。


 そこを待ち構えていると、鈴香がポケットから何かを取りだそうとしているのが見えた。


 幾つかそれらを壊したところで、鈴香を地面にうつ伏せに転がし、頭の上に足を乗せる。


 そして本日何本目かもわからない酒を飲む。


 「・・・っ」


 「ん?」


 鈴香が腕を伸ばし何かをしようとしていることに気付いたため、酒吞童子はそちらに目をやる。


 すると、そこにはまだ壊れていない瓶のままの香水が数本あった。


 鈴香から離れてそちらに向かうと、その瓶を足で容赦なく壊していく。


 「くく・・・くくくく」


 喉を鳴らしながら笑う酒吞童子は、ぴく、としか動かない鈴香に向けて笑みを浮かべる。


 「相手が悪かったのう。私が相手じゃなければ、こ奴らのように簡単にケリがついたのかもしれんが。生憎、私は酒の匂いで鼻がきかん。お前の唯一の攻撃は、もはやただの“香付け”じゃな」


 「・・・・・・」


 「ああ、そうじゃ。息絶える前に1つ確認じゃ」


 ぐいっ、と鈴香の髪の毛を引っ張り上げてその顔を上げさせると、未だに魅せられるその青い瞳に投げかける。


 「して、奴らの居場所を知っておるのか?」


 数回咳こんだあと、鈴香は喉を枯らしながら言う。


 「知るか。興味がねぇ」


 「そうか。ならば、死んでよいな」








 「誰しもが夢を叶えられる世界?何言ってんだ?」


 「だから、もしもの話だよ」


 夜焔の問いかけに、鳳如と閻魔は互いの顔を見合わせていた。


 クスクスと笑っている夜焔は冗談なのか本気なのかもわからないが、隣にいるガイが真面目な顔つきをしているため、本気なのかとも思ってしまうが、それもまた罠なのかもしれないと思っている2人がいる。


 怪訝そうな顔をしたあと、閻魔がちょいちょいと鳳如の背中をつつき、夜焔の言葉に対してもっと何か言えと目で訴えてきている。


 「お前が言えばいいだろ」


 「嫌だよ。こいつとは話が合わない」


 「俺だって合わねえよ。だからこんなことになってんだろ」


 「でも俺よりお前の方が気が合いそうだから」


 「合うわけねぇって言ってるだろ。てか俺はガイでお前があいつ担当じゃねえの?なんで俺が2人の相手しなきゃいけねェんだよ」


 「担当って何それ。俺はね、いつも全部仕事押し付けられてるんだよ。担当なんてないんだよ」


 「押し付けられてるってか、お前がやんなきゃいけねえことだろ。黙ってやってりゃいいだろうが」


 「小魔が怖いんだって。ちょっと休憩しようとするとすぐ見つかるから。まじで。俺何連勤してると思ってんだ?かれこれもう、ああやだ。思い出したくも無い」


 「それとこれとは話が別だろ。俺あいつのこと詳しく知らねえぞ。いやガイのこともそこまでだけどよ」


 「知らない方が幸せなことってあるからさ。ほら、あいつ思ったより悪い奴じゃないかもしれないし。話してごらんよ」


 「ごらんよ、じゃねえから」


 「さっきからずっとこっち睨んでる。鳳如が相手しないからだ」


 「知るか。あいつが変なこと言うからだろ。なんだ?全員の願いが叶う?んなことどう考えたって無理だろ。パラドックスだろ」


 「無理なのかな」


 「無理に・・・え、いきなり会話に入ってきたけど」


 突如として鳳如と閻魔の会話に入ってきた夜焔は、笑みを崩さぬままだ。


 閻魔は仕事が溜まっているから早く戻りたいのか、面倒臭そうに夜焔を見ているが、それは鳳如も同じだった。


 「無理だ。絶対に無理だ」


 「どうして?」


 「だから、パラドックス。わかるか?」


 「それは知っているよ」


 「だからだ、以上」


 「でも叶うなら叶った方がいいよね?その方がみんな幸せでしょ?」


 「・・・脳内花畑なのかこいつ?いいか?世の中の奴全員が幸せになることは不可能に近い。全員の夢が叶うこともない。なぜなら、人によって価値観が違うからだ。幸せの度数が違う。それに、じゃあもしその夢の中に悪い夢があったらどうすんだ?」


 「どうするって?」


 「面倒臭ぇな。だから、大金が欲しいから誰かを傷つけるだの、幸せになりたいから他の奴は不幸になるだの、そういうのはダメだろ。てかその夢が叶った時点で、誰かの夢は潰えるし幸せも無くなる。だろ?」


 「・・・そうかなぁ」


 「ダメだ。ムカつく。なんか合わねえ」


 「鳳如はよく頑張ったよ」


 「お前が言うな」


 トントン、と鳳如の肩を数回叩いて慰めている閻魔に、鳳如は軽く睨みをきかせる。


 すぐに手をどかした閻魔は、ようやく夜焔とちゃんと向き合う。


 「この世はいつだって理不尽だ。そして不平等。それはお前が一番よく分かってるはずだ」






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