異世界少女は旅をする

東雲一

01_異世界少女

 今でも鮮明せんめいに思い出す。


 すべてが新しさで溢れていて、刺激的で、時にはハラハラしたり、悲しこともあったりしたけれど、わくわくさせてくれた。


 あの時、あの世界の冒険を。


 私は、書き残そうと思う。


 いつかあの時の出来事を忘れてしまわないように、いつでもあの時の出来事を思い出せるように。


 ーーこれは、私と彼女が体験した異世界での奇妙な物語。


 ※※※


 上野あかりは、ごく普通の女子大生だった。人並みのありふれた日常を送っている。いつも通り、大学の授業を受けに通学している最中、突如、事件が起きる。


「あっ!?」


 上野は、思わず声を出す。真っ青な空にぽつんと浮かぶお月様に目を奪われ駅からすぐの階段で足をつまずいてしまったのだ。


 足を躓いた上野は、階段から転がり落ちる。階段は、かなり急で段差の数も多い。転がり落ちれば、ただでは済まない。


 やばい、これはやばいかも。


 私、ここで死んじゃうの。


 いっぱい、いっぱい、やりたいことがあるのに……。


 転がり落ちながら、上野は目をつむりそんなことを考える。


 このまま、階段を転がり続けてしまうと思われたが、現実は違った。


 ピーヒョローピーピー。


 急に優しい鳥のさえずりが聞こえた。


 あれ、なんか、聞いたことのない鳥の鳴き声がする。


 駅の近くって、黒いあの鳥の鳴き声ぐらいしか聞いたことないのに。


 聞き覚えのない鳥のさえずりに上野は目を覚ますと、自分が森林しんりんの中にいることに気づく。


 なに、ここ……。


 さっきまで、駅の階段にいたのに。


 どうなってるの、一体。


 こんな景色見たことない。


 上野は立ち上がり、辺りの森林を見渡した。見たこともない森林の景色に、上野は戸惑いを感じている。新鮮できれいな空気が花や口から入り込んできた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ。


 いきなり地面が激しく揺れた。


 激しい地面の揺れで一斉に森林から小鳥たちが青空に向かって飛び去る。


 すごい、揺れ。立ってるのがやっとだ。


 上野は、危うくバランスを崩しそうになるが、なんとか立っていた。


 が近づいてくる。それも巨大な何か……。


 地面を踏みしめるような足音が響き渡る。次第に、音は大きくなっている。


 な、何あれ!?


 彼女の視界に、近づいてくる巨大な何かが映り込む。


 それを見た瞬間、上野は驚愕きょうがくした。


 亀?


 巨大な亀が、歩いている。


 彼女の視界に映ったのは、亀のような摩訶不思議な生き物だった。まるで、山が一つ手足が生えて動いているかのように巨大だ。 


 上野はすぐに悟った。


 ーー自分は奇妙な生物がいる異世界に来てしまったのだと。


 戻らないと。元の世界へ。


 絶対に、ここから、この異世界から脱出してやるんだから。


 上野は、しばらく草むらに身を隠し、巨大な亀が歩き去っていくのを待った。見つかれば、パクリと食べられてしまうかも知らないし、踏み潰されるかもしれない。待っている間は、心が落ち着かなかった。


 足音がしなくなったのを見計らって、草むらから、恐る恐る顔を出した。


 どうやら、あの亀さんは、どこかに行ってくれたみたい。


 ひとまず安心かな。


 これから、どうしよう?


 上野は、異世界に来たばかりで、何もこの世界のことを知らない。元の世界に戻る方法を考えたところで、当然、何も浮かばなかった。


 う~ん、考えても仕方がない!


 この辺を探索たんさくしてみよう!


 上野は、森林の中を歩いて、元の世界に戻るための方法がないか探索してみることにした。 


 なにか見つかるかな。


 それにしても、不思議な場所。


 何だかとても幻想的。


 SNSであげたら、たくさん「いいね」もらえるかも。


 でも、ここまで幻想的すぎると、現実味がなさすぎる気がする。


 森林の中は、葉っぱの隙間から光が差し込んで、影が地面で踊っている。大木の間には、見たこともない色鮮やかな植物も溢れていた。


 彼女に危害を加えそうな、危険な植物はこの辺にはなさそうだった。 


 怖いけれど、何だかわくわくしてきた。


 意外と、私、楽しめるかもしれない。


 初めて見る、この世界の壮大な景色は、彼女にとって刺激的で、心躍らせるものだった。


 ポチャ、ポチャ。


 近くで、水の音がした。


 何かしら。この巨大な切り株の上の方から聞こえてきたみたいだけど。


 上野は、顔を上げて、目の前の切り株の上の方を見た。


 よし、登ってみよう。あの上に何があるか気になって仕方ない。


 彼女は、切り株をなんとかよじ登り、上の方までたどりついた。


 ついた!!!


 だめ、日頃の運動不足のせいで、流石に息が苦しい。


 ほんと……久しぶりかも、こんなにアスレチックするの。


 ポチャ。


 再び、水の音がした。かなり近くだ。


 水の音がした方を上野は見た。切り株の真ん中に水が溜まっていた。大木の葉から、こぼれ落ちた水滴が、水面に落ちて弾ける。


 先程からしていた水の音は、あそこからしていたのね。


 すごい光景。まるで、湖みたい。

 

 上野は、切り株の上の水のたまった場所まで行き、水面を見た。


 水が透き通っていてきれい。


「冷たい!?」


 彼女は、水面を触ると波紋はもんが広がる。


 あれ何だろう、何かが水面に向かってくる。


 魚……魚が飛んでくる!


 羽の生えた魚が、背中の羽を羽ばたかせて、飛んできている。水面まで行くと、そのままポチャリと水の中に入り泳ぎ出す。


 こんな魚見たことない。


 やっぱりこの世界は見たことないことだらけね。


 しばらくは退屈しなさそう。

 

「助けて……あかり」


 どこからか、誰かの声が聞こえた。


「誰、私を呼ぶのは」


 あたりを見渡しても誰もいない。声は、水面から聞こえてきたようだった。彼女は、水面に茨に拘束され動けなくなった女性が映っているのが見えた。


 水面にテレビみたいにどこかの光景が映ってる。


 私、この女性の人とどこかで会ったことがあるような気がする。


 だけど、思い出せない。


 どこで会ったのか、いつ出会ったのか忘れてしまった。


「私は、岡部美和おかべみわ。あかり、あなたは私のことをもうすでに忘れてしまったかもしれないけれど、私はあなたに会えて嬉しい」


 水面に映る岡部は、茨に拘束こうそくされているからか、弱々しい声で上野に話しかけていた。


「ごめんなさい。私は、あなたのことを思い出せない。だけど、あなたと話していると、どこか懐かしい気持ちになる」


 思い出そうとしても、やはり、上野は岡部のことを思い出すことができなかった。


「無理もないわ。きっと、あなただけでない。一緒に遊んだ学校の友達やクラスメイトも、私を育っててくれた両親でさえ私のことを忘れてしまっているだろうから。……あかり、お願いがあるの。私をここから、この茨の城から開放してほしい」


「茨の城……それはどこに……」


「うっ!?」


 上野は、岡部のいる茨の城がある場所を問いかけようとした時だった。岡部の苦しそうな声がした。


 上野は、心配して彼女に声をかける。


「大丈夫?」


「時間がないみたい。あなたと話せる時間が終わってしまう。魔法を使えば、茨は私の身体を傷つける。頼むわ……私を助けに来てほしい……。私を助けられるのはあかりしかいない」

 

 岡部がそう言い残すと、水面は、いつもの何の変哲へんてつもない透き通った水に戻る。


  何だったの。


 岡部美和。彼女は、茨の中で、今も苦しんで私の助けを待っている。


 助けを求められているなら、助けに行かないわけにはいかないじゃない!


 それに、彼女ならこの世界から、元の世界に戻る方法を何か知っているかもしれない。


 よし、決めた。彼女を助けに行こう!


 だけど……彼女のいる茨の城というのはどこにあるんだろう。


 上野が、どこへ向かえば良いのか分からず悩んでいると、切り株からにょきにょきと何かが現れた。


「おやおや、悩んでいるようですな〜。聞いておりましたぞ。先程のお話」


「なっ、ナッ、何!?あなた」


 上野は突然、現れた何かに、驚く。切り株から現れたのは、人の顔をした木だった。人面樹といったところだろうか。


「まぁまぁ、そんなに慌てなさるな。危害を加えるつもりはない。わしは、モクモクじゃ。この世界樹の切り株から生まれた妖精じゃ」


「モクモクさん、危害を加えないということだけど私に何のようなの?」


「お前さんは、茨の城にいる女性を助けに行こうとしておるな」


「うん、まあ、そうね……」


「わしは、その茨の城の場所を知っておる」


「ほんとに!?」


「ああ、ほんとじゃよ」


「もし良ければ、教えてほしいわ」


「いいじゃろ。元々、話すつもりじゃったからのう。茨の城は向こうの山を越えた先にある。ここからは山が邪魔して見えなくなっているがのう」


 上野は、モクモクの視線の先にある山を見た。とても高い山だ。山のてっぺんが、空の雲を突き抜けており見えない。


「ありがとう。でも、何で私に城の場所を教えてくれるの?」


「お前さんが助けようとしている岡部という女性には借りがあってのう。かつて、ここには、世界樹と呼ばれる大きな樹木があったのじゃが、ある日、茨の女王が世界樹を切り落としてしまったのじゃ」


「茨の女王?」


「茨の女王は、茨の城に住む邪悪な魔女じゃよ。茨の女王が、世界樹を切り落としたせいで、この辺は荒れに荒れた。そんな時に、現れたのが岡部だったのじゃ」


「この辺が、荒れていたなんて想像できない」


「そうじゃろな。岡部は再生の魔法を使い、荒れた地に再び緑を取り戻してくれた」


「だから、借りがあるということね」


 モクモクは、うなずくと言った。


「そういうことじゃ。わしは、この切り株から動くことができない。お前さんに是非、彼女を助けに行ってもらいたいのじゃ」


「もちろんよ。私自身、彼女を救いたいって気持ちがあるから」


「そうか、そうか。それはありがたい。とにかく、あの山を目指しなされ。山の何処かに、茨の城に行くトンネルがあると聞いたことがある」


 天高くまで伸びる山。


 あの山の向こうに、美和がいる。


 私は、彼女のことを思い出せないけれど、記憶を失っている訳ではないと思う。


 ただ、心の奥底で記憶が眠ってしまっているだけ。


 もしかしたら、旅の道中で彼女に関する記憶もよみがえってくるかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る