第24話
散々な夜を過ごし、朝目が覚めた時には割れたガラスは綺麗に片付けられていた。恐らく咲穂が起きてから片付けたのだろう。ダンボールで塞がれた廊下一帯の窓からは、まだ肌寒い春の風が吹き込んでいる。
岡崎が着替え終えて、カーテンを捲りそんな光景を見ていれば、咲穂が皿に盛られたサンドイッチを持って大広間の前へと現れた。岡崎が慌てて部屋へ通せば、ごめんなさいねと一声かけて彼女は部屋の中へと入る。
「ごめんなさいね、もっとご飯をちゃんと準備したかったのだけれど窓ガラスが割れてたからその片付けで時間が取られてしまって」
「いえ! サンドイッチ大好きなのでお気になさらず!」
「そう言ってくれると有難いわ。ああそうだ、今日がお祭りの日になるからあまり遠くには行かないでね。村の人がお迎えに来るから、家にできるだけ居て欲しいの」
「なるほど、分かりました! お祭りはどんなことをするか、咲穂さんはご存知ですか?」
「それがね、私にもまだ知らされてないの。説明出来たら良かったんだけど、ごめんなさいね」
咲穂の反応を見る限り、本当に祭りのことについては何も知らないらしい。嘘をついているような不自然な点も、何かを隠そうとする様子も見られない。
咲穂は騙されて岡崎達を歓迎し、もてなしている。それが分かっただけ収穫と捉えるか否か。儀式について情報が全くないのは不安材料だが、ここまで来た以上贅沢は言っていられない。
岡崎と西園寺は愛想笑いを浮かべて、咲穂の作ったサンドイッチとスープを口にしながら食事の間をもたせた。咲穂が家を出てから、風嵐の家へ向かわねばならないのだ、ここは従順な振りをしておかねば無駄に時間を使ってしまう。
二人の企みが幸をなしたのか、咲穂は食事が終盤に差し掛かるとまた準備へ向かうために家を出ていった。今日に限って裏口からだったが、何かしら理由があるのだろう。そこには触れずにおいた。
「さて、梶野さん。私と先輩はもう一度風嵐先生の所へ行ってきます」
「私はどうすれば……」
「家で待っていてください。間違っても着いてこようとか、今まで行った場所に出向いて鍵を探そうだとかしないでくださいね。鍵はきっと咲穂さんが持ってるのでどこを探してもありませんし、風嵐先生の家へ梶野さんまで再訪したら村の人がどういう反応をするか分かりませんから」
「わ、分かりました……」
「ですが、何か困ったことがあった時は迷わずわたくしか綾のどちらかに電話を入れなさい。できる限り現場に向かうわ」
「心強いです、ありがとうございます」
梶野は頭を深々と下げて、二人へと礼を言う。岡崎と西園寺はそれを早々に止めさせて玄関口へと向かった。靴に足をねじ込んで庭へと出る。
昨日の出来事があっただけ、予想はしていたが玄関には無数のひづめのような足跡が至る所に残されていた。深いものでは数センチも土を掘り返した足跡は、昨日の不可解な現象を思い出すと不気味に思える。
岡崎がそれらを写真におさめていると、また耳元であの嫌な音が聞こえてきた。耳につく嫌に高い下駄の音。かんからり、かんからりと繰り返し鳴るその音は、神凪家の中からしているように聞こえた。
「あれももうすぐそこまで来てますね」
「追い付かれると発狂して自死するんでしたかしら」
「はい。とりあえず梶野さんが発狂するより前に、この村を出てしまいたいんですよねえ。家に置いておく限り、あれは梶野さんに近づき続けるでしょうから」
「同感だわ。で、手始めに祭壇荒しとは、貴女オカルト好きなのによろしいの? バチが当たるんじゃなくて?」
「私は無神論者なので! それに私、こういう時の運すっごくツイてるんですよね、なので安心してください」
「科学的根拠がないから心配だわ」
西園寺は溜息をつきながら、岡崎の後ろをついて村の中を歩き始めた。目指すのは風嵐邸。あの家ならば、必要な道具は揃っているだろう。
そんな楽観的な考えの元、手ぶらで向かった風嵐邸はやはり草木に覆われお化け屋敷のような風貌でそこに佇んでいる。
インターホンを数回鳴らせば、迷惑そうに風嵐がドアから顔を出す。村人が来たと思ったのか、手には箒が握られているあたりあまり村との折り合いは良くなさそうだ。
「風嵐先生、少しお願いがあって来ました!」
「……ろくなお願いじゃないんだろ」
「まあそうかもしれません! 風嵐先生、地獄の話を昨日されましたよね。あの話が出るということは、この村に地下空間があると踏んだんですがいかがですか?」
「アンタ、頭の回転が嫌になるほどいいね。その通りだよ」
「推測するに、そこがすかわて様の祭壇になってると思うんですが、地下への入口が分からないのでこちらに来ました。入口、ご存知ないですか?」
「あるよ、家の裏手にある農具倉庫がそうだ」
「良かった、やっぱり風嵐先生を頼りにするべきですねえ。あとつかぬ事をお伺いしますが、マッチと灯油はあります?」
「……あるよ。アンタ達、そんな派手なことするとすぐ見つかって捕まるよ」
「大丈夫ですよ! そこは何とかするので!」
「はあ……まあ勝手にしな。灯油もマッチも農具倉庫にあるから勝手に使いな」
「はい、ありがとうございます!」
岡崎はにっこりと笑顔で返し、ずかずかと家の裏手へと回る。風嵐の言う農具倉庫はすぐに見つかり、中を覗いてみれば灯油の入ったポリタンクと、その近くにマッチが数箱置いてあった。
ポリタンクを岡崎が、マッチを西園寺が持ち更に農具倉庫の中を覗く。すると地下へと続く階段があり、その先に木製の扉が設置されているのを見つけた。
岡崎が音を立てないように扉を開け、中を覗いてみれば地下通路らしき路地がずっと続いている。扉のすぐ横の壁にはプレートが設置されており、風嵐の文字が刻み込まれている。
どうもこの村の地下には、こうして地下通路が張り巡らされておりひとつの空間で繋がっているらしい。順路を示しているのか、青いペンキで書かれた矢印の通りに進んでいくと何やら人の声らしきものが聞こえてきた。
岡崎と西園寺がしゃがみ、限界まで近付くとある程度その声が明瞭に聞こえてきた。
「今日で巫の神子も成人か。長かったな」
「今年の神子は例年の神子よりすかわて様のよい捧げ物になるに違いない。なにせ双子の姉と一緒に生まれてきた、生まれながらにしての神子だからな」
「だが肝を冷やしたな、まさか牛が全頭死ぬとは。前回の神子が逃げ出したことをすかわて様は大層怒ってらっしゃるようだ」
「あの分家の神子、なぜ村から出られたのか……」
「今回は前回のようにならないようにしないと。祝祭の前準備は出来てるんだろ咲穂さん」
「はい、出来ています。そう簡単にここから出られないよう、梨奈に友達を連れて来るようにいいましたし。食事も指示された実を出しました」
「結構結構。今年の儀式ですかわて様は大いなる恵みを与えてくれるだろう」
「これで梨佳も、梨奈も私の元に……」
会話を聞いていて確信した。やはりこの村の人間の入れ知恵でざくろ茶を提供し、岡崎と西園寺を生贄にしようとしていたことを。
そして同時に、咲穂が騙されていることも分かった。村の人達は梶野を花嫁に捧げることで村に恵みを受けようとしているが、それは咲穂には伏せられているのだろう。彼女の中での恵みとは、バニシングツインで消失した梨佳が戻ってくること。
咲穂には梶野を花嫁に捧げれば、梨佳が帰ってきて共に過ごせると伝えられているのだろう。でなければ、自身の娘を花嫁という名の生贄にしようとなど思いもしないだろう。
「……先輩、やっぱりろくでもない宗教ですよこれ」
「そうね。こうなったら燃やした方が健全とまで思うわ」
「ということで、灯油撒きますね」
明るい声の後に、岡崎が立ち上がる。同時にポリタンクを持ち上げて、彼女はその蓋を開けた。
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