第22話 「勝つことよりも、負けないことが大切なの」

 いつもであれば、ハムが前線で暴れまわった後、残党狩りが如くきっちり部長が仕留めて終わる。だが、この戦法はあくまでもハムがしっかり役割を果たさなければ、活きてこない。例えば、ハムと同じタイプの相手―――すなわち、相手もゴリゴリのフロントアタッカーならば、返り討ちになることもありうる。幸い、この組み合わせでの勝率が高かったのは、同タイプの相手にあまりぶつかってこなかったからだ。部長とハムのチームが負けるときは大体、相手のフロントマンがハムより上手なことが多かった。


「これはちょっと想定外だな・・・」

「そうですね・・・」


 そして今、かなりまずいことになっている。いつものように敵陣に切り込むべく先行したハムと敵がぶつかり合ったのだが、その相手が会長で、しかもその会長のプレイスタイルが、ハムの天敵であるフロントアタッカーだった。唯一の違いは、ハムは野蛮で、会長はスマートであるということ。ハムは被弾をあまり気にせず突撃する対価として、相手に大ダメージを与えることができる。ハイリスクハイリターンの戦い方だ。一方会長は、見る限りだと、前線で暴れ、それにより相手が見せた粗をしっかりついてくるスタイル。ただ、自分が被弾しそうものなら、深追いはしない。ローリスクローリターン。堅実な戦い方だ。そして、明らかにハムより一枚上手だ。


「会長がうますぎます。部長が正面突破は厳しいって言っていたことがよくわかりました。」

「ああ、あのハムの攻撃をしっかりいなしているのもすごいが、躱すだけでなくしっかり隙はついてくる。―――フロントマンなんだから、一度崩れれば一気に持っていけるだろうが、そのタイミングが来るまでハムの体力が持つか・・・」

「シード権を有しているだけの実力はありますね・・・」


 だが、部長は会長の実力をよくわかっていたはずだ。何の対策もなしに戦っているとは考え難い。それに、試合開始直前、なにやら部長はハムに何か耳打ちをしていたし、きっと――――



 ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎



 危惧していた通り、ハムは結衣に押されている――――いや、正確には、ハムは結衣をガンガン押しているが、暖簾に腕押しというか、手ごたえがない。そして気が付いたらダメージが蓄積している、といった感じ。オンライン対戦での動きと変わらないな。いつもの結衣の勝ちパターンに入ってしまっている。ただ、結衣もこんな荒くれ物を相手にしたことなんてないのか、いつもよりはダメージの蓄積が遅い。隙をつき切れていないんだ。だからこそ、付け入る隙はまだある。このままガンガン押せ押せで攻め、結衣のプレミを誘い、その一瞬で攻撃を叩き込めば勝てる。ただ、問題なのは、そんなプレミを、結衣がするだろうか、ということであって・・・じゃあ私がすべきは何か。――――まあ、始まる直前にハムに相談してたことを、やるだけなんだけどね。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「5分凌いでくれ?何を言うか、5分で倒せの間違いじゃないのか?」


 試合開始直前、私は筐体の前に座って準備を始めるハムの横に立ち、肩を組んでそう耳打ちした。そしてハムは、期待通りの反応を返してきた。


「ハム、アンタ、自分の負けパターンわかってる?」

「フン、私よりも格上の前衛とぶつかったときであるくらい、よくわかっている。」

「結衣はアンタが言うその格上の前衛なんだって。しかも、今までの中で断トツの。1対1ならまず勝てない。――――――――私がこうして2人で話すその意図を汲み取れないほど、猪男じゃないと思っているんだけどな。」

「―――」


 ハムは押し黙った。そう言われたら、ハムの性格上黙らざるを得ないよね?


「それで、宮永の言う作戦が、5分凌げというやつか。」

「そう。それも、躱しながら5分稼ぐんじゃない。圧倒的な攻めで、5分稼ぐの。結衣を倒すには、この方法しかない。攻撃の手を緩めたら、結衣の攻めにやられる―――いつもの負けパターンになる。結衣にまともな攻撃をさせないことが、勝ちにつながる。」

「――――承知した。それならどのみち、やることは変わらないな。だが・・・別に倒してしまっても構わないのだろう?」

「はっきり言うよ、勝つためには、。どちらが現実的か考えて。―――大丈夫、私が来るまでにハムがやられなければ、ハムが結衣を倒すという結果そのものは、おそらく変わらないだろうからさ。」

「だが―――」


 聞き分けのない男だよね、ハムも。しゃーないね・・・。


「ハムは自分自身の手で結衣を倒したいだろうけど考えてみて?刹那ちゃんが試合を見てるとしても、気になるのはハムと結衣の勝敗だけ。その過程なんて、わかりっこない。実況者のセリフなんて一々覚えていないでしょ?なら、。」


 ハムは私の言葉を聞くと、大きく深呼吸して、自分の頬を勢い良くたたいた。彼なりの喝の入れ方だ。過程なんてどうでもいい、勝ちさえすればいい、といった論調で説得だけはしたくなかったけど―――聞き分けのないハムには、こういうしかなかった。ただまあ、すっきりとした顔つきになったから、結果的に良かった。


「――――一筋縄ではいかない相手であることくらい、よくわかっている。悔しいが、5分で倒せるほど甘くもないだろう。だから、結果的に宮永の力を借りることになる。だが、私は最後まで足掻いて見せる。」

「よし、いい表情だよハム。」


 刹那ちゃんに見せたら惚れそうだね、と言いかけて、口をつぐんだ。余計なことを言って、気が緩んだらマジでやられかねないから。けれど、今の意気込んでいるハムなら、5分はもつでしょ。てか5分持ってもらわないと困る。でなきゃ、全国大会出場なんて夢のまた夢だから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る