第20話 「そのためなら、私は修羅の道も進む。」
俺は取り出した告白券を、そのまま元在った位置に戻した。結論は決まっていた。
「告白券は使わない。使うとしても、対象者との恋愛練習目的にとどめたい。それに、これを使うってことは、柄谷を―――――俺らの実力を、信じていないことを自白しているようなもんだ。みんなの本気の思いを、裏切るわけにはいかない。」
そう、こんな勝ち方はだれも望んじゃいない。もしこれで勝ってみろ。無邪気に喜ぶ柄谷を見て、俺はなにを思うだろうか。どこか後ろめたさを感じながら、そのあとの時間を過ごすだろう。それに、仮にこれで勝ったとしても、次に同じ手が使えるとは限らない。それで次戦負けでもしたら、イカサマまがいのことをしたのに負けた、という結果が残る。そんな惨めな思いはまっぴらごめんだ。
「―――そう決断すると思っていたよ。」
にやりと笑う竜崎。しかしその表情は先ほどのものとは異なり、すっきりとした顔つきだった。
「―――どういうこと?俺を試していたのか?」
「まあそういうことだ。でもこれで、正々堂々戦う覚悟はできたんじゃないのか?」
そう竜崎に指摘されて、ハッとした。確かに、告白券なんて使ってやるものか、との思いに満ち満ちている自分がいる。――――竜崎なりに喝を入れたのか?そんなに凹んでいるように見えたのかな、俺。そんなつもりはさらさらなかったんだけど・・・
「まあそういわれたらそうだけど・・・」
「ともあれ、私が言いたいことはこれで終わりだ。さあ、宮永龍華たちのところに戻ろう。」
竜崎は両腕をこちらに向けてきた。何度もやられたからわかる。これは抱っこの強要だ。俺は竜崎をつまみ上げ、胸ポケットに戻した。
「さ、勝つぞ!」
俺は決意新たにして、トイレを出た。
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国広君は気合の入った表情で、私をつまみ上げた。彼が告白券を使わないのは想定済みだ。君はアホのセクハラ野郎のクズにみえて筋が一本通っている。相手のためを思い、相手に不義理を働くことはしない。それは彼の長所だ。その誠実さを、恋愛に向けさえすれば、彼女の一人でもできそうだが・・・。ま、それができないから、こうして私や怜が協力する羽目になっているんだが・・・。とはいえ、少しずつその彼の長所が、周囲へと向き始めている。私が勧めた告白券の悪用をきっちり断ったのと、その理由が周囲にあるというのががその証拠だ。それが事態を好転させるきっかけとなることを、私は願ってやまない。
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会場に戻ると、ハムはますますヒートアップしていた。それを、部長と柄谷が必死になだめていた。
「ハム、ちょっと落ち着いて・・・。結衣はマジで強いんだから。正面突破はキツイよ?本当なら得体のしれないもう一人を速攻でつぶしてほしいんだけど――――どうせ言っても聞かないんでしょ?」
「宮永、わかっているじゃあないか。私はいま、あの魔女と戦うことしか考えていない。」
「ハム先輩、落ち着いてください。こんな形で会長を倒しても、きっと中河先輩は『会長を辱めたあの男を許さない!』ってなりますよ!復讐の連鎖が続きます!」
柄谷、お前やっぱちょっと厨二混じってるな。ほほえましいやつだ。でも確かに柄谷の指摘もわかる。刹那から怒りを買いそうだが・・・。
「フン、あんな大見得切っておいて、今更相手を変えるだと?男のすることではないな。それに、少年から恨まれることは基本避けたいが、これは別だ。」
「え?そうなの?」
ハムが想定外のことを言ったもんだから、俺も素っ頓狂な声を出してしまった。
「国広、戻っていたのか・・・。まあいい。――――少年にとって、あの魔女の存在は強大すぎる。これは揺るがない事実だ。そんな少年の心の中に、私が入り込むスキはない。残念だがな。今の私は卑小な存在だ。心の隙間に入り込んだとて、強大な奴への思いに押しつぶされてしまうだろう。だからこそ、疎まれようが、怒りを買おうが、まずは蘇芳結衣と対等な存在になる必要があった。でなければ視界に入らない。そのためなら、私は修羅の道も進む。」
ハムの演説に、メンバー全員が何も言えなかった。確かに、刹那にとってハムはめんどくさい男という風にカテゴライズされている。それ以上でもそれ以下でもない。会長の存在がでかすぎる以上、必ず刹那の感情のリソースは、会長に注がれる。今のまま刹那と距離を詰めても、分厚い壁は越えられない。でもここでハムが会長に勝てば、刹那の崇拝する会長を、少なくともゲームの腕では上を行く。刹那から怒りや恨みを買う結末になっても、裏を返せばそれだけ彼女の心の中にハムが入り込むことになる。距離を詰めるのはそれからってことか。――――――――ハムという男、強すぎる。
「・・・その話聞いちゃうと、私も何も言えないかな。――――まあ任せてよ。私も全国大会に出場した身だし、あのどこぞの馬の骨ともわからない男くらい、サクッと倒しておくね。ハム、間違っても、私と結衣を1対1で戦わせるような結末にはさせないでよね。」
「ああ、期待していてくれ。」
そうして、ハムと部長は二人して筐体の前へと足を進めた。俺と柄谷も、それに続いていった。
「なんていうか、ハム先輩の中河先輩への想いが大きすぎて、すごいです。」
柄谷はぽつりと、そうつぶやいた。
「ああいう感じで恋愛したいの?」
俺は何の気なしでそう問いかけた。
「いや、恋愛とかよくわからないので、したいかといわれたら難しいですが―――そういう風に誰かを強く想うってのは、いつかはしてみたいですけどね。」
「――――だよなあ。」
二人して尊敬のまなざしをハムに向けていた。なお、観客席にいる刹那たちに気づくと、サムズアップしてキメ顔を向けたり、対面にいる会長たちへとガンを飛ばしたりする姿を見て、すぐ呆れのまなざしを向けることとなった。
――――――――何気に、柄谷は恋愛したい相手はいないらしい、ということに、ほっとする一方がっかりもする自分がいた。いったいどうして、そんな気持ちになったのか、深く突き詰めればわかりそうだったが、その時は考えなかった。隣にいるコイツと一緒に、2戦目に勝つ。その思いでかき消されたからだ。強大な想いに卑小な想いはつぶされる、というのを、俺自身も体験していたのだと気づいたのは、そしてその時の俺の気持ちの分析が済んだのは、その日の就寝時なのは、現時点での俺は、知る由もなかった。
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