幻の34人目
one minute life
第1話 コンビニエンスストア
新田恭輔はコンビニのレジで金額を告げられるのを伏し目がちに待っていた。
いつもの女性店員である。品物が入ったレジ袋を受け取る時に触れた指の関節辺りが濡れていた。この店ではレジ処理の前に手洗いをするからである。
この感触にも慣れていた恭輔だったが、ふと彼女の胸元の名札が、−−黒マジックの平仮名3文字が目に入った。
「きしの」 −−
7年振りだった。
小学1年生の途中で同じクラスに転入してきた岸野奈美である。
栗色の瞳と口元の小さなホクロはそのままだった。
恭輔は一瞬惹かれた綺麗な顔立ちにその面影を認めながら間違いと思った。が、相手は自分のことをわかっていないだろうと反射的に確信した。
3年生のクラス替えで別のクラスとなったうえ、その2月に転校し、以来地元を生活の中心に置いていない。しかも、今の自分は当時とはすっかり変わった出立ちだと思っていたのである。
転校して来てからは、ずっとこの街にいたんだな…
恭輔はそう思うと、里帰りしたかのような懐かしい心持ちと共に、自分にできた空白の時間に寂しい憾みを感じた。
恭輔は、相変わらずその店で買い物をした。
2箇所のレジには、大抵ふたりの女性店員がいた。恭輔は決まって売り場から近い左側のレジで会計した。そこが奈美の定位置だった。
しかし、その日は、他の来店客で定位置が塞がっていた。
それに気づかず、品物を選んですぐさまレジに向かった恭輔は、意外な初体験に残念な思いにかられながらも、当たり前のように隣のレジに進んだ。
買い物カゴをレジ台に置くと、いつものように伏し目がちにしながらも、左側の気配を窺っていた。
「315円です」
恭輔は声がする方に無意識に反応した。
オレンジ色の制服の胸元に留められた名札が目に入った。それからちらりと視線を上げ、直ぐに復してちょうどの小銭を彼女の掌の上に載せた。
品物が入ったレジ袋を渡された。その手はやはり水気を帯びていた。
恭輔は、店の前に停めた自転車のスタンドを蹴り上げながら、小さな丸文字で記された「いけや」を思った。
キツめのウェーブがかかった頭髪と黒いアイラインを反芻していた。
池谷結子。−−恭輔は7年の歳月を感じた。
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