対照的かもしれない二人
「昨日はごめんねー。部活に行ってきたもんで」
「別に、呼んでないし、一人でも帰れるし」
昨日の帰りは嘉琳と出会わなかったが、やっぱり行きは同じ電車に乗ってしまうので、こうして顔を合わせてしまう。
「一人で、ねぇ。よく自殺しようとした人が言うよ」
「でも、それがわかってて、私を一人にしたんだから……そういうことでしょ」
「簡単には死ねないけど、死ぬ方法なんていくらでもあるからなぁ。わざわざ電車にこだわる必要はないよね」
そうか、死ぬ方法なんていくらでもあるか。でも、もしそれをネットで調べてしまうと、履歴が残って、後でいろいろ漁られた時に、顔がひん曲がる可能性がある。やめとくか……。
教室では、もう真朱帆がスタンバイしている。至高の一杯を差し出してきた。これを日課にするつもりなのか?
「そう言えば時雨ちゃん、部活をどうするかは決めた?」
「うん、入る予定ないし」
「そうなの?せっかくだし、私と一緒に見学に行かない?見るだけでいいからさ」
「それで、ずるずる引っ張られて入らざるを得ませーんってなるのが、目に見えてるからパス」
「何か我が強そうなのに……。まあ決定ですから」
すさまじく我が強い。どんな些末な勝負でも血管を浮き立たせ、後ろに紅き炎を揺らめかせていそうな性格をしている。私は逆らうこともできず、結局ついていってしまった。こうなったら、説明している先輩とは、絶対に目を合わせないようにしよう。
こういうのは1個だけかと思ったら、スポーツ系も含めて4個も体験させられた。体験とは言っても、態度の悪い後輩を演じていただけなのだが、それでもやっぱり疲れた。疲労感と満足感は、悲しいことに比例するみたいだ。
「どうだった、ちょっとは青春の風に吹かれたくなっちゃったんじゃないの」
「うーん、そうでもない」
「はーあ、どうしたら笑ってくれるのー?」
「面白いものを見たら……?」
「漫才とか、そういうのが好きなの?」
「そういうことじゃない。そういう風に見える?」
「意外とあり得ない話でもないと思うけど」
確かに浅薄な知識で、そういうものを趣味だと布告する女子はいっぱいいる。まあ、そっちのほうが、楽しいこともあるだろうし、彼氏も簡単にゲットできるだろうが、そういうことにすら命を注げないのが、この怠惰の極み乙女なのだ。
「今からそんな調子じゃ、ゴールデンウィークまですら持たないんじゃないの」
「今が下限だから、何とかなってほしいなぁ」
「そう言えば時雨ちゃん、何か後悔してることとかある?」
「後悔?そういうのは意外とないかな」
「そっか。後悔はないんだ……」
「後悔するほど我慢して生きてないし。逆に、何かとんでもない爆弾があるの?」
「私はーあるよ……。だからちょっとだけ、世話を焼かせてもらってるの」
何の繋がりがあるのかわからなかったが、とりあえず通りがかりの、夕暮れ時に目立つ青色をしたインプレッサに視線を移した。
駅に着くと別れの挨拶をした後、真朱帆は地面を力いっぱい蹴って、自転車に乗って走り去っていった。
私はまた、家に着くと底のない悲哀に突き落とされた。そう言えば昔、莞日夏が私の部屋を訪ねてきたことがある。そしてこのベッドの上で、飛び跳ねていたような……。それならこのシーツに頬を擦り付ければ、莞日夏を感じられるかもしれない。
……なんて、そんな馬鹿な話があるか。洗濯したに決まっているだろう。寝ても冷めない頑固な恋心は、どこまでも私を苦しめる。記憶や愛は薄れゆくのではなく、改変され続けるのだなぁ。記憶の中の莞日夏がスーパーサイヤ人にでもなったら、さすがに笑える日が来るのだろうか。
次の日のある時間、真朱帆は私を近所の神社に連れ出した。こんな立派な社殿ならば、ご利益の最低保証はなされているだろう。頭を空っぽにして、100円玉を賽銭箱に放り込み、二礼二拍手一礼を済ませた。
「何となくでついてきちゃったけど、本当に大丈夫なの?親に連絡がいったりしたら、そっちだって困るでしょ。私はまあ何とかなるだろうけど」
「大丈夫、大丈夫。そういうことは気にしないで。それより、何をお願いしたの?」
「何もお願いしてないよ。ただ100円を失っただけ」
「もったいないなぁ、縋るようにお願いした私が恥ずかしいじゃない」
「縋るように、ねぇ……」
これで真朱帆は満足するのかと思いきや、気が付いたら近所の喫茶店に入っていた。美味しい紅茶がいただけるらしいが、私は本当にどこかからお叱りを受けないか不安である。こんな時間に制服を着た高校生が歩いていたら、学校に電話をかける正義のマモノが絶対に潜んでいる。
だからと言って、良心の呵責に耐えかねて早く戻ったところで、罪は変わらないのでゆっくりしていくことにした。このふかふかの椅子、白高でも採用してほしい。
「ここ、いいお店だよね。雰囲気もいいし、何より紅茶がおいしい」
「よく飽きないね……」
「まあ、紅茶以外も飲むには飲むのよ。抹茶も好きだから、茶華道部にでも入ろうかなーって思ってる」
そういう微細な味や香りの変化を感じ取る、下地が培われているんだろうなーと思った。私も何となくではなく、味わいを言葉にした上で、ジャッジメントを下せるようになりたいものだ。今の私は、おいしいかおいしくないかだけを、何の説明もなしに選び分けることしかできない。それは、勝負を予想できるというタコなんかと大差ない。
真朱帆が選んだ店だから、紅茶しか取り扱っていないのかと身構えたが、そんなことはなく、コーヒーも置いてあって一安心した。しかしメニューを見て、こんなに心躍らないことがあるのか。莞日夏たちと来ていたら、とんでもない量を食べていただろう。ある意味、お財布は命拾いしたかもしれない。
「時雨ちゃんは、何も食べないの?」
「もうお昼なのか。お弁当、教室に置いたままだ」
「まあまあ、私がこれを食べ終わったら戻るし、それから食べればいいんじゃない」
「いわゆる遅弁ってやつか……そんな単語使わなくね?」
「心配ないよー。昨日見たあの小屋でご飯食べれば、白い目で見られなくて済むって」
神社でお参りするだけでは飽き足らず、公園を散歩したりしていたので、小腹がすいたらしい。私はサンドイッチを頬張る真朱帆を、つまらなさそうに見つめていたら、突然彼女も手を止めて、威嚇し返してきた。
「わかった、食べたいんでしょ。いいよー、こんなにあるんだから、遠慮せず~」
「何もわかってない」
「えー、じゃあ暇すぎて、早く戻りたいとか?」
「暇ではないよ。立花さんの食べてる姿見て、なんか、こう感動してるから」
「変なこと考えるね、ほんと」
真朱帆はそう言って、ちょっとわざとらしく笑った。
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