第6話

今日もいつものように暖かい日差しの中、椎葉先輩の腿を枕にして横になっていた。5月も下旬に入り、椎葉先輩と出会ってからそろそろ1ヶ月になる。


梅雨になって雨が降ると、ここでわたしは気持ちよく眠れない。梅雨が明けて夏が来ると、暑くなるからここはわたしにとっては快適な場所ではなくなってしまう。だから、名残惜しいけど、そろそろこの場から離れなければならない。


1ヶ月くらいの仲だったけど、偶然同じ快適な場所に居座るようになった同士なのだ。ここから去る前に、せっかくなら椎葉先輩のことを少しでも知っておきたかった。


「先輩はいつからここにいるんですか?」


「あなたと同じ日から」


「あれ? でも、出会ったばっかりの日にここがお気に入りの場所だからいるって言ってなかったですか?」


わたしよりも前からここが好きでいるものとばかり思っていたけれど、違うのだろうか。


「ここはわたしのお気に入りの場所で間違いないわ。でも、それはあなたを見つけてからわたしのお気に入りの場所」


「わたしを見つけてから?」


「ええ。あなたがあまりのも気持ちよさそうに眠っていたから興味本位でここに来たの。そしたら陽が当たってとっても気持ちがよかったから、あの日からわたしにとってもお気に入りの場所」


この場所にずっといるのかと思っていたけれど、そういうわけではないのか。


「図書室から見てたんですか?」


ここは教室棟ではないから特別教室からしか視界には入らないはず。それなら本好きみたいだし、きっと図書室から見ていたのだろう。


そう思ったけど椎葉先輩はううん、と首を横に振った。


「わたしは図書室にはほとんど行かないわ。本も全然読まないし」


「じゃあどこから?」


「保健室から」


「保健室?」


普段は特別教室のある校舎の方しか見ていない視線を椎葉先輩の方に向ける。真下から見上げると、椎葉先輩の長いまつ毛や高い鼻が目立ち、とても綺麗に見えた。


椎葉先輩も下を向いて、わたしの方をゆっくりと見つめた。


この1ヶ月お昼休みはずっと一緒にいたけれど、視線をばっちり合わせたのはこれが初めてだ。


「わたし、保健室登校なの。教室は苦手」


椎葉先輩がバツが悪そうに笑った。いつもクールな表情をしているイメージだったから、なんだか不思議な気分になる。何があったのか気にならなかったといえば嘘になるけれど、椎葉先輩がそれ以上何も言わなかったから、わたしも何も聞かなかった。


「わたしも教室は好きじゃないですよ」


先輩はそっか、とだけ言ってわたしの頭を撫でた。ゆっくりと、髪の毛の流れに逆らわないように。繊細な椎葉先輩の手つきがとても気持ちがよくて、わたしはすぐに眠りに落ちた。結局、その日もいつも通り予鈴とともに一人で芝生に横たわりながら目を覚ますものだと思っていた。


「くすぐったい……」


なぜかわたしは鼻先をくすぐるこそばゆい感触と柑橘系の匂いで目を覚ました。


当然、寝ている間にいつの間にか座って椎葉先輩の肩にもたれかかっていたなんてこともない。


なんで……?


間違いなくこの心地良い匂いは椎葉先輩の髪の毛。わたしは状況を確認しようと思い、ゆっくりと上を見た。


その瞬間の光景に驚いて、わっ、と喉の奥で小さな声を上げた。すぐ目の前、今にも椎葉先輩の高い鼻がわたしに触れてしまいそうなくらい近くに、目を瞑った椎葉先輩の顔があった。スースーと漏れる呼吸がわたしの頬をくすぐっている。


「先輩も寝ちゃったんですね……」


わたしは腕を伸ばして、ソッと椎葉先輩の髪の毛を触った。柔らかくて、よく手入れされた髪の毛。1本1本が瑞々しかった。


ずっとこのまま椎葉先輩のことを見つめていたかったのに、予鈴はすぐに鳴ってしまった。


わたしは慌てて手を下ろし、寝たふりをする。


「うっかり寝ちゃってたわ……」


耳元で椎葉先輩の小さな声が聞こえてきた。その後に慣れた手つきでわたしの頭を両手で丁寧に抱えながら地面に下ろした。想像していたよりもずっと丁寧な動作。


地面に下ろされたわたしはまたいつものように去っていく椎葉先輩の後ろ姿を見送っていたのだった。

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