未来に追いついた男
亮兵衛
第1話 先を読めとは、酷な話じゃないですか
「なんでお前はこう短絡的なんだ!」
「申し訳ございません・・・。」
管理職のデスク前に立たされ怒鳴り散らされるのは、もう何回目だろうか。
入社して10年近くにもなると、どのような顔をしていれば反省の色を見せられるかはさすがに理解できている。
いわゆるお誕生日席に座って課員を見張れる課長席を、さらに見張れるように後方に位置するところに席を持つ部長。
部長の席の眼前にだけはいきたくないと、だれもが願い来期の座席表を確認するが、今回貧乏くじを引いたのはおれの所属する営業2課だった。
小学校の席替えじゃあるまいし、本当にくじ引きで決めているわけではないだろう。
であるならば、一体どのようにしてこの地獄のような席順にしたのだろうか。
管理職が集う経営会議で決められるため、平社員のおれには知る由もないことだが。
「先のことを考えてするもんだろ仕事は!その場しのぎで対応しても結局あとになってボロがでるんだよ!・・・聞いてんのか!?」
「はい・・・。」
部長はおれの行動を、後先考えていないのだと非難するがそれは仕方のないことだろう。
日々売り上げを出すために必死に営業をしている傍らで、頭を使い勉強をして未来のことを見通せるようになれというのは、人一人のスペックを超えているとは思えないか。
終わりのないマラソンをしながら参考書を読むようなものだ。
・・・いや、できなくはないのだろうが。
少なくともおれの能力では無理だ。
管理職のデスク前に立たされる回数がずば抜けているのは、そのせいなのだろう。
「とにかく、一度立ち止まってちょっと考えてみれば分かることだろう?場当たり的に行動するなよ!」
「はい・・・気をつけます。」
マラソンをしている人間に一度立ち止まってみろとはよく言えたものだ。
それをされて困るのは監督の立場である経営陣ではないのか。
—今回のことは、後先を考えず業務を場当たり的に行ってしまったことによる事故となります。
今後、先見の明を持つよう心がけ細心の注意を払って業務を遂行して参ります。
何卒、寛容な処置を賜りますようお願い申し上げます。
・・・我ながらなんとも稚拙な始末書だと思う。
文書で書き出せば先のことを見通せるわけでもない。
しかし、組織に属している以上は形を示すことが大事なのだということは、反省の色を態度で示すことを体得したのと同じ頃に理解していた。
定時後、ほどほどに残業をし業務を終えたおれは帰路についた。
未来さえわかれば・・・。
こう考えたことのある人は大勢いるだろう。
考えた数も一度や二度ではないだろう。
おれほどともなれば、未来が分かる自分を妄想してリスクを回避し完璧な仕事をこなしだれもが羨むエリートサラリーマンになるサクセスストーリーを、細かい設定まで作り込んで考える。
そこまで頭を使えるならある程度先のことを見通せそうなものだが、残念なことにおれが考えるのはあくまで「未来がわかる自分」のため、そんな自分が周りにどう称賛されるのか、どんな富と名声を手に入れられるのかという結果の部分しか考えられない。
大抵の人間は、ダルい途中経過などすっ飛ばして生きていたいものじゃないか。
だれかに教えてほしい。
おれはこの先どうなるのか。
どんな努力が必要かなんてどうでもいい。
結果だけを教えてくれ。
それさえわかればおれの人生は好転するんだ。
未来を見せてくれ。
頼む。
・・・いつになく強く念じすぎた気がする。
自覚がなかったが流石に今日の説教は堪えたのか。
子どもの頃、本気で練習して気を集中させればかめはめ波を出せると信じていたのを思い出した。
あの頃と同じくらいの気持ちの強さだった。
無邪気な子どもの心と違い、今のは邪念ありまくりの嘆きに似た願いだったが。
その夜、夢を見た。
自分自身を第三者視点で見ている夢だった。
職場の自分のデスクで必死にパソコンのキーボードを叩いている姿が見えた。
時計の針は10時を指している。
窓の外はすっかり暗くなっており、周囲の同僚は退社済み。
気が滅入る夢だ。
なぜ夢の中でも仕事の苦労をかかえなければならないのか。
しかも画面を覗き込むと、またもや始末書を作っているではないか。
おれのサクセスストーリーは意図的に妄想することでしか成し得ないのか。
・・・ABC商事への見積書ミスについて。
始末書の内容を流し読みすると、どうやらおれは取引先へ提出した見積書の金額を誤っており、自社に損害を与えたようだった。
単純だがそれゆえに起こりやすい、よくあるミスだ。
側から見ればなんでそんなミスをと思うかもしれないが、注意力を欠いた人間のやることなんて何が起こっても不思議じゃない。
ましてや何度も作って提出を繰り返す、取引の多い得意先に関しては・・・。
「・・・ん?」
項目名に見覚えがあった。
あれは確か、つい先日実際に作成し提出した見積書だった。
夢なんだから、現実の記憶をベースに構築されているのはそこまで不思議な話ではないが、疲れ切って何も考えられない空っぽの頭には、その事実だけがこびれ付いて離れなかった。
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