22.それぞれの話し合い

 ばさりと、執務机に放り投げられた数枚の紙に、全員の目が向く。

 細かい文字で綴られた文章は、手紙のようにも見えて、クレアはその一枚を手に取った。

 他の隊員たちはジェイクの放っている殺気に当てられて、動くことさえ出来ずにいる。

 

 手紙の差出人は元軍医のガウロだった。その名前を見て、クレアはレイチェルとキャサリンの会話を思い出す。


 アンジュ・ベントの勤め先が、あの病院だと知ったのはつい先程だった。

 時間を稼ぐために、レイチェルをアンジュへと謝罪に向かわせたのは、ただそう思いついたからに他ならない。

 結果として、良い方向へと転がったことに、クレアは自分自身を褒めてやりたいと心の底から思った。そして、レイチェルの症状に気付いたアンジュ・ベントにも感謝する。


 だが、手紙の冒頭に書かれた文章に、クレアは困惑した。


「アンジュ・ベントが、レイチェルを助けたいと申し出ている」


 手に取った手紙をざっと読み、クレアはその出だし部分を口にした。

 三人の年配の隊員たちがその言葉に目を見開く。


「レイチェルがベントさんに向けて、魔法を放ったのは事実だ。どんなに助けたいと願ったところで、罰は受けなければならない」


 怒りを押さえているであろう声音で、ジェイクが言う。


「それでも、刑を軽くすることは可能かと」


 クレアはジェイクに目を向けた。

 まさか魔法を放たれたアンジュ自身がレイチェルを助けたいなどと言い出すとは思ってみなかったので、酷く戸惑う。

 それでも、その言葉に全力で乗らなければ、レイチェルの未来はないだろうと気合を入れた。


「診断結果とありますが……」


 ここでクレアが机に投げられた数枚の紙に目を落とす。そこには、思っていた以上に厄介な事柄が書かれていた。


「これは由々しき問題ですね。下手に騒げば、魔導部隊の評判は地に落ちますよ」

「だから刑を軽くしろと?」

「いいえ。それを望んでいるのはアンジュ・ベントです。私たち上官は、この問題に真摯に向き合わなければなりません」


 クレアはレイチェルを救うため、アンジュを最大限に利用しようと考えた。だがそんな思惑は、当然のことながらジェイクにも伝わっている。


 ジェイクにも有益で、尚且つレイチェルを救うことが出来る方法は一つしかない。アンジュを味方につけることは当然のこととして、この事件を切欠に、ジェイクとアンジュの仲を取り持つことが出来たならば或いは、とクレアは考えた。


「レイチェルは、総指揮官の保護下に入ったようですね」

「ああ」

「私も直属の上官として、アンジュ・ベントに謝罪したいと思っています」


 ギュッと眉根を寄せたジェイクに構うことなく、クレアは言葉を続ける。


「場を設けて頂けますか? 出来れば、我が家が良いですね。両親も会いたがっていましたし。晩餐に招待するのはどうでしょう。謝罪なのですから、しっかりとおもてなしをしなくてはなりませんしね」


 淡々と告げられた言葉に、ジェイクの頬が緩みかける。それを見逃さなかったクレアは、畳み掛けるように言った。


「アンジュ・ベントは平民だと聞いています。我が家に招待するのに、きっと服装を気にされることでしょう。お兄様から、ドレスを贈って差し上げたら、喜ぶのではないでしょうか」

「ド、ドレスを?」

「作ったのでしょう? ドレスを。先日のお茶会の時にこっそり採寸させて、作らせたと聞きましたが」


 母親が喜々として報告してきたことを思い出し、クレアはげんなりとした。ドレスを娘に着せたがって仕方のない母親が、標的をアンジュ・ベントに変えたことは良かったが、節度のある平民の彼女にとってはいい迷惑だろうと同情する。


「あ、ああ」

「だったら、それを贈って、着ていただいたらいいではありませんか」

「そ、そうか……だが、迷惑ではないだろうか?」

「彼女に合わせて作られたドレスです。着ないと言うのであれば、捨てるしかないと、脅してみたら如何です?」

「お、脅すなど!」

「いつも部下たちに、やっているではありませんか」

「いや、あれはだな……」


 しどろもどろになり始めたジェイクに、もうひと押しかと思いながらも、クレアは違う感情が迫り上がる感覚に眉を寄せた。

 これ程までに骨抜きにされてしまっていて、兄は大丈夫なのかと不安になったのだ。


 それはクレアだけではなく、三人の隊員たちも同様にそう思わずにはいられなかった。今までの鬼上官が嘘のようなジェイクの豹変ぶりに、流石に心配になってしまう。


 そしてレイチェルの言葉を思い出し、戦慄した。

 『別れたがっていた』

 人格が変わるほどに惚れ込んだ相手から、そう思われしまっているジェイクに、三人は同情する。


「自分でドレスを着ることは出来ないでしょうから、我が家で着て頂きましょう。ああ、脱ぐのも無理でしょうから、帰宅は随分と遅くなってしまいますね。何なら、泊まって頂いてもいいのではないでしょうか」

「と、泊まって!」


 顔を真っ赤にし、固まってしまったジェイクに、クレアは溜め息を零す。

 ここまで初心だったとは思わず、流石に口撃を止めた。だが、重要なことだけは念を押しておく。


「両親には私から伝えておきます。お兄様はアンジュ・ベントを誘って、明日にでも我が家に連れて来てください」

「明日!」

「早い方が良いですからね。よろしくお願いします」


 そう言って、未だ赤い顔をしているジェイクに掌を向ける。

 アンジュがいるであろう、総指揮官のもとへと有無を言わさず、転移魔法でジェイクを飛ばした。




◇ ◇ ◇




「洗脳魔法か。また随分と思い切ったことをしたもんだ」


 腕を組んで吐き出すように言ったバレットに、医院長ガウロが神妙な面持ちで問いかける。

 

「目的は、なんだろうね?」


 それについて心当たりがあるのか、三人掛けの一番端に座っているレイチェルがおずおずと口を開いた。


「あの……副隊長たちの見解では 、あたしに恨みがあるか、やっかみではないかということでした」

「恨まれることに心当たりは?」

「ありません」


 田舎から出てきたレイチェルに、王都での知り合いなど皆無だろうと、バレットは問いかけながら苦笑した。

 しかも新人であるレイチェルが、魔導部隊において恨みを買うほどの何かをしているとも思えなかった。


 衛生部隊の隊長キャサリンを盲信しいる変わり者、くらいにしか噂は流れていない。それを踏まえると、恨みではなさそうだと、バレットは対面に座っているレイチェルの返事に頷いた。


「だとすると、やっかみが有力なのか?」

「まあ、有り得るだろうね。衛生部隊は、大した魔力もないのに、無理やり作った部隊だからね。魔導部隊の隊員たちを目の当たりにすれば、劣等感に苛まれる気持ちは分からないでもないかな」


 バレットの言葉に、ガウロが付け足すように同意する。だがそれだけのために、一年以上もかけて洗脳魔法を行ったのかと、腑に落ちない思いもあった。

 むしろもっと別の、何か大きな布石があるのではと、バレットとガウロは警戒する。


「あのー……」

「ん? アンジュは何か思うところがあるのかい?」


 おずおずと声を上げたアンジュに、ガウロが水を向けた。ただその表情は面白がっているように見える。

 ガウロは知っていた。アンジュは思い込みが激しく、想像力豊かなことを。

 

「ああ、いえ。結局のところ、犯人は衛生部隊の方なんですか? というか、それを私が聞くのは大丈夫なんでしょうか?」

「ああ、そうだね。聞くのは問題ないと思うよ。アンジュも当事者だからね」


 左隣りに座っているアンジュに目を向け、次いで確認するようにガウロがバレットへと目配せすれば、大きく頷くことで了承した。


「レイチェルに洗脳魔法をかけていたのは、三人だ。衛生部隊の隊長、キャサリンと、その父親である教育係総括。そしてガウロの後任の軍医だ」

「三人!」

「そう、三人だ。その三人がかりでレイチェルに一年半、洗脳魔法をかけていた。そうでもしなければ、弾かれてしまうのだろうな」


 バレットの説明に、アンジュは目を瞠る。

 だが拳を握り、眉を寄せて聞いていたレイチェルを見遣り、遣る瀬無い想いが込み上げた。

 

 これは酷い裏切りだ。


 新人教育と称して洗脳魔法を施し、嘘を刷り込み、レイチェルを追い落とすための工作を、ずっとしていたことになるのだ。

 国という権力に逆らえず、強制的に魔導士にさせられたレイチェルに対し、何という仕打ちをするのかと、強い怒りがわく。


「よく分からないのですが、その衛生部隊って、三年前に出来た新しい魔導部隊ですよね。私たち庶民の間では、結構評判が悪いんですが、何故衛生部隊を作ったのか、いち庶民としては、そこのところを知りたいんですよね」


 魔導部隊よりも遥かに劣る魔力量なのに、治癒する際の態度は横柄だと、病院に来る兵士たちがよくぼやいていたことをアンジュは思い出す。

 他にも一般人を脅したり、飲食店でも態度が悪いと噂は随分と広がっていた。


「ほう。庶民の間でも悪評が立っているのか」

「というと、軍の中でも評価は良くないんですか?」

「まあ、良くないどころか、解体の方向で話が進んでいる。衛生部隊と言っても、転移魔法が使えないのでな。現場に行って治癒も出来ない。しかも飛龍や馬にも乗れないというのだから、役立たずも良いところだ」

「それはまた……やる気の問題のような気もしますが」

「まあ、魔力量がそこまであるわけではないからな、下手に魔物と対峙されても戦えるわけじゃないから、前線に来られても困るからいのだが」

「魔力量……だからやっかみ、ですか」

「まあ、それだけじゃないとは思うがな」


 バレットとアンジュの会話に、レイチェルは居た堪れなくなる。

 自分が盲信させられていたのは洗脳魔法のせいではあったが、つい先程までは、衛生部隊は素晴らしい部隊だと思い込まされていたのだ。

 それが軍の上層部では解体の話まで出るほど、評価の低い部隊だと知り、衝撃を受ける。

 

「衛生部隊の隊員たちのように中途半端な魔力量の者は、本来ならば教会に所属することになる。まあ、所謂なんでも屋だな。それが嫌で強引に衛生部隊という新しい部隊を創り、軍に寄生した。上層部の半数は反対したが、賛成の意見の方がほんの少し上回った結果、配置されることになった。だが、その裏には賄賂があったのではないかと言われている。その証拠を集めるまでもなく、衛生部隊の仕事の酷さに解体の方向で話が進んでいるというわけだ」

「なるほど」


 自業自得なのかと、アンジュは納得する。だが自分たちの血税がそんな自分本位な連中に使われたかと思うと、腹立たしい気持ちもわいてきた。

 それをぐっと堪え、結局、レイチェルへの嫉妬に繋がった経緯はこれだったのかと考える。だがそれにしては幼稚過ぎると、アンジュは首を傾げた。


「その……レイチェルに私を魔法で攻撃しろと『命令』したのは、ただ単に、レイチェルを魔導部隊から追い出したかったということでしょうか?」

「やっかみで、そうした可能性はあるかもね。この場合、二つの嫉妬かな。レイチェルの魔力量とアンジュがジェイクの恋人っていう二つの嫉妬」


 答えたのはガウロだ。ジェイクと面識があったことを先程知ったばかりのアンジュは、妙に気恥ずかしい気持ちで、その言葉を聞いた。だが、認識が大きくズレていることに、すぐに否定をしなければと大いに焦ってしまう。


「恋人というわけではないのですが……」

「は?」


 アンジュの言葉に、バレットとガウロがギョッとする。

 レイチェルだけは、アンジュがジェイクと別れたがっていることを知っていたので、驚くことはなかった。


「待て待て、どういうことだ? ジェイクに求婚されたのだろう? 先日はお披露目会をやったと聞いたが? 違うのか?」


 バレットが慌てて口を開くと、アンジュはジトっとした目でバレットを見遣った。


「へえ〜、あれはただのお茶会ではなく、お披露目会だったんですか。へえー、そんな話、初めて聞きました」


 しまったというように、口を押さえたバレットに、ガウロが驚く。まさか外堀を埋めるために、騙してお茶会に参加させたのかと憤った。


「どういうことだ、バレット? 説明しろ」


 怒気を含んだ声音に、バレットが狼狽える。だが、ここでしっかりと答えを返さなければ、後々面倒なことになると、正直に白状した。


「まあ、言葉の通りだ。親族が集められた茶会で、ジェイクの婚約者のお披露目会をやったと聞いた」

「聞いた? 誰から?」

「ジェイクの親族だ」


 はっきりと誰だとは言わないが、もうそれは親族の中では決定事項であり、覆すつもりもないのだろう。

 ガウロは呆れ、バレットはバツが悪そうに頭を掻いた。


「はあ……まあ、薄々は気づいてはいましたが、流石に強引すぎますよね」

「本当に聞かされていなかったのか?」

「はい、全く! それよりも、私はオールディス様の求婚はしっかりとお断りさせて頂きました。それはご両親にも面と向かって伝えてあります。ですから、恋人でも何でもありません。そこの認識は、本当に改めてください」


 きっぱりと言い切ったアンジュに、その場の全員が青くなった。

 だがそうなると、度々ジェイクと二人で出かけていることはどう説明するのかと、ガウロが首を傾げる。

 その問いかけをする前に、アンジュが話題を元に戻した。


「私のことはもういいです。それよりも、補佐官のことです。私の見解としては、オールディス様に若い女を近づけさせないため、補佐官と私を排除しようとしたのではないかと思ってます」


 急な話の転換に、三人が困惑した。だがそんなことはお構いなしに、アンジュは続ける。


「オールディス様はモテるでしょうから、女性魔導士を近づけたくなかったんじゃないでしょうか? しかも最近は、ぽっと出の私まで現れて、焦っていたのかもしれませんね。その二人を排除するため、『命令』をしたんだと思います」


 ドヤ顔で言い放ったアンジュに、三人はそうだろうかと訝しげな表情を見せる。そのことに不満気に眉を寄せたアンジュは、今度は違う見解を示した。


「じゃ、じゃあ、今回の補佐官の洗脳魔法は実験だったというのはどうでしょう? 魔導部隊の隊員に洗脳魔法をかけるのに、何人必要で、どのくらいの期間かかった状態でいられるのか、実験していたんです。それを元に、国の重鎮に洗脳魔法をかける算段をしていたとか……」


 段々と険しくなる三人の表情に、流石のアンジュも尻窄みになる。

 そんなにおかしな話でもないと自信を持っていただけに、思わず不貞腐れてしまった。


「まあそんなのは、ただの馬鹿な私の想像でしかありませんがね」

「いや、そうとも限らない。もしこれが本当に実験だとしたら、どうなると思う?」


 顎に手を当て、ガウロが慎重にバレットに問いかける。


「実際に魔力量の多いレイチェルに洗脳魔法をかけられたのだ。普通の一般人にこの魔法をかけられたら、ひとたまりもない」

「確かに。たった一人の重鎮がその魔法の餌食になっただけでも、大変なことになる」


 思いの外、重大な話に発展したことに、アンジュは慌ててしまった。

 ほんの思いつき程度での話だったのにと、撤回したくとも、一度口にしてしまったものはどうしようもない。


「もし同時に何人もの人間を洗脳出来たとしたら、内戦だって起こり得るぞ」


 どんどんと恐ろしい話に向かっていくことに、アンジュは思わず言い訳を探した。


「い、いえいえ。流石にそこまでは無理でしょう。補佐官が洗脳魔法にかかったのだって、田舎から出て来たばかりで、頼れるのは軍の教育係の方たちだけで、心細い想いをしていたその心の隙を突かれたとかだからじゃないですか? そうそう洗脳魔法がすんなりかかる状況には、普通ならないでしょう」


 アンジュの言葉で考え込んでしまったバレットとガウロに、今まで黙っていたレイチェルが青い顔で口を挟む。


「実は既にもう、誰かがかけられている、ということはないのでしょうか?」

「誰かが、既に?」

「例えば、あたしのように、誰かのことを盲信してしまったり、性格が極端に変わってしまったり……」


 ガウロが心当たりがあるのかというように、聞き返す。それに具体的な例を上げたレイチェルだったが、特に誰とは思い当たらなかった。


「あ……」


 ここでアンジュが声を上げた。三人がアンジュに目を向け、心当たりがあるのかという表情をする。


「それって、まさしく、オールディス様じゃないですか! 鬼上官と呼ばれていたのに私に一目惚れして、最近じゃあ、腑抜けたと言われているんですよね?」


 確かに、と三人が頷きかけて、首を横に振った。

 そうじゃないと。


「アンジュ、今度マリンにお願いして、恋愛小説を借りて読みなさい」


 残念な子を見る目をアンジュに向け、ガウロが諭すように言う。それに不満気な表情をしながらも、恋愛小説を読みたいという気持ちの方が大きく、アンジュは素直に頷いた。

 この世界では本自体はあるものの、田舎ではなかなか手に入りにくい。マリンは王都出身なので、本も容易に手に入るのだろうと、アンジュの気分は一気に上昇した。

 

 それも束の間、いきなり部屋の扉付近に白い光が溢れた。だがそれは一瞬にして消え去り、代わりにジェイクが姿を現す。

 扉はアンジュの斜め後ろ側にあり、すぐには気づけなかった。

 バレットからは対面にあるためジェイクの登場に、すぐに立ち上がる。

 そのバレットの、少し焦っている様子に首を傾げたのはアンジュだけだった。


「ジェイク、流石にいきなり目の前に現れたら、驚くぞ」


 アンジュたちが転移してきた時と同じような台詞をバレットが言った。

 その言葉に驚いてアンジュが振り返ると、ジェイクの姿を認め、狼狽える。先程の上昇した気分は一気に下降した。

 

 そしてハッとする。今ここにはレイチェルもいるのだ。規則違反のことで詰まりに来たのかと思い、アンジュはすぐに立ち上がると、ジェイクの方へと駆け寄った。


「ベントさん!」


 喜びに満ちたジェイクの声に、ホッと息を吐きつつも、アンジュは警戒した。

 だがアンジュは知らない。

 魔力量の多い者は、同じく魔力量の多い者の気配を感じ取ることが出来るということを。


「聞いちゃいない……」


 呆れたようにそう言ったバレットではあったが、その表情は強張っていた。

 ジェイクがここに居るということは、事の次第を知ったのだろうと思ったからだ。

 自分の想い人に攻撃魔法を放たれ、怒り心頭でここに乗り込んで来たのかもしれないと緊張する。

 一番端に座っていたレイチェルを隠すようにバレットが前に立つと、ガウロも静かに立ち上がり、それに倣った。

 レイチェルは座ったまま、恐怖に震えている。


「オールディス様、何故ここに?」


 この質問が適切であるか分からなかったアンジュだが、聞かないわけにもいかないと口を開く。

 意外にもジェイクの機嫌は良いようで、頬が紅潮し、笑顔を向けて来た。


「お、お話がありまして」

「はあ……」


 何故か緊張している様子のジェイクに、アンジュは困惑しながら返事を返した。


「そ、その……あの……あ、あのですね……」

 

 なかなか進まない話に、アンジュがしびれを切らす。だが刺激しないよう、やんわりと言うことは忘れなかった。


「何か言い辛いことでしょうか? 私に出来ることなら何でも仰ってください」


 うんと下手に出たアンジュは、この後、大いに後悔することになる。


「は、はい! ベントさん、ぜひ我が家に晩餐を食べに来てください!」

「はい?」

「良かった、了承してくださって! 明日の夕方、仕事終わりに迎えに行きますね! では、失礼します!」

「いえ、今のは了承ではなく……」


 言い訳を言おうとした時には、既にジェイクは転移魔法で去っていて、アンジュの言葉は虚しく部屋に取り残された。


「どういうこと!」


 思わず振り返って、三人に説明を求めるアンジュだったが、それに意味がないことは分かっていた。


「うーん、そうだなあ。頑張ってレイチェル補佐官の処遇を、軽くするように求めたら良いのではないかな?」


 ガウロの言葉に、大きくバレットが頷いた。

 レイチェルは未だ震えたまま俯いている。

 その姿を目にし、アンジュはやけくそ気味に同意した。


「ええ、ええ! こうなったら、やってやりますよ! 待っててレイチェル補佐官! 私が何とかしてあげるから!」


 目に涙を溜め、深く頭を下げたレイチェルに、アンジュは拳を突き上げ意気込んだ。


 そんなアンジュを見守るガウロとバレットは、今後の対策を頭で練るのだった。



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