第13話 二人の呼詠

 涙を流したあとの彼女は、今までなにがあったのかも覚えていないくらいに、記憶が抜け落ち、ケロッとした顔で俺の横に座っていた。

 

「あぁ、そのリップクリームは俺が、今さっき北川さんにプレゼントしたものだけど……覚えてないの?」

「そう……?あっ、うん、そうだったね……ありがとう」


 やはりさっきの記憶がない様子だ。さらに自分の大胆な着衣が気になるのか、恥じらっているような表情で戸惑っている。その恥ずかしさのあまり、悲しみの雨に暮れていた。

 

「あっ、ごめん!泣かないで、俺もう帰るからさ」

――今日の目的は達成した。このまま、ここに居ては彼女を、また悲しませるだけだ。

 

「待って五條君、ごめんね……まだ話があるの」

 いつになく深刻な顔で、帰ろうとする俺を引き留めた。いったいどんな話があると言うんだ。俺は再び彼女の横に並んで座った。


――まさか……告白でもされてしまうのか?いや待て待て、早まるな!この間のこともある。ここは落ち着いて話を聞こう……

 

 暗い表情のまま、手をギュッと握り締め、ぽつりと語った。

「驚かないで聞いてほしいの……実は私……」

「うん……」


 俺はゴクリと唾を飲み込み、呼詠さんの告白を待った。半分は『私の彼氏になってほしい』と言ってくれることを期待していたのだが、そうではなかった。


「私……」

 彼女は俺がどういった表情を見せるのかを、かなり気にしているようであった。

――大丈夫だよ。キミのすべてを受け止めてあげるから、さぁ!話てくれ……

 

「わたしね……」 

「うん……」

――なんだかなり焦らすなぁ……こっちが緊張してくるよ。

 

「うちは……呼詠とちゃうんよ」

「えっ?なに……なに言っているのさ……どういうこと?」

 俺の目が点になり、わけが分からなくなってしまった。なぜか……言葉のなまりも違う?俺は狐にでも化かされたのかと思ってしまい、頭の中は真っ白になり呆けてしまっている。

 

 「うちは……今から二十一年前に死んだ北川 叶芽きたがわ かなめ呼詠の姉なんよ。こんなこと言っても信じてもらえへんよね」

 

 呼詠さんは、なにを言っているんだ。確かに俺が受け止めてやるとは言ったが……この事実を本当に受け止めていいのだろうか?いや、俺は彼女を受け止めてやると決めたんだ…………


「俺は信じるよ……えっと今は叶芽さんでいいのかなぁ?」

 俺はにっこりと微笑み、グッジョブサインを彼女に見せた。すると彼女の顔がパッと明るくなり嬉しそうに喜んでくれた。

 

「ほんまに、おおきに……叶芽でえぇよ」

「わかった。俺も陸でいいですよ」

 俺も少しでも叶芽に認めてもらおうと背伸びをして大人ぶって見せた。

 

 そんな俺が叶芽にどう映っているのかは分からなかったが、うっとりとした視線で微笑んくれた。

 「ありがとう……陸これからも、呼詠と一緒によろしくね」

 「こちらこそよろしく。でも、どうやって代わっていたのさ……もしかして、涙が出ると入れ替わるのか?」

 そういうと、陸は頭いいね……という感じに頭を撫でにくる。どうやら俺を子供扱いしているようだ。

「せや……ようわかったね。これ使こて涙出しとぅと!」


 叶芽がポケットの中から取り出したのは小さな小瓶であった。その中にはたくさんのミジン切りに切った玉ねぎが入っていた。


「これは……」

――そうか妙に感じていた違和感は、これだったのか?叶芽はその小瓶のフタを取り、自分の目の近くに持ってゆく……すると、彼女の目からほんのりと涙が浮かんできて、意識をなくし、そして入れ替わった。

 

「今は……呼詠さんなの?」

「えっ……なにどういうこと?」

 意味も分からず、呼び戻された子供のように、キョトンとした顔の呼詠さんがそこにいた。

 

「呼詠さんと叶芽さんの意識が入れ替わることができるって、叶芽さんから聞いたんだ。ほんと驚いたよ」

 呼詠さんも、なぜかホッとしたような顔で、うつむきながらも覚悟を決めたようであった。

 

「そっか、叶芽がね……そうなの、私たち時と場合によって意識を入れ替えていたの……ごめんね」

「謝らなくていいよ。でも、どんな時に変わっていたのか聞いてもいいかなぁ……」

 

 よくよく話を聞くと、勉強が得意な呼詠さんが授業を担当して、体育やクラブ活動と、喫茶店でのお手伝い時は叶芽さんが担当して入れ替わっていたようであった。


 またその時の状況や様子は、携帯の日記アプリを使って情報交換をしていたようであった。


 引っ込み思案な呼詠さんのことが心配でなるべく負担にならないようにとの、配慮のようであった。


 またこのことは親にも内緒で知らないらしい。まぁ、言ったとしても信じてはもらえないだろうけどね……俺も自分が持つ不思議な出来事を打ち明けた。

 

「俺さぁ……夢を見たんだ。未来の夢を……この町に来た時からだった。現実に起こる夢を見るようになったんだ……」


 最初にここへきた時、浜辺で呼詠さんと出会ったことや夢で呼詠さんと叶芽の二人が出てきた時の話をおもしろおかしく話して聞かせた。

 もちろん、いやらしい部分はカットして話した。

 

「それって予知夢が見れるってことなの?」 

「さぁ、どうだろう?わかんない。でも、今のところほぼ百パーセント当たってるよ」

「五條君ってすごいね!」


 呼詠さんが俺の予知夢にかなりの興味を示して、ぐいぐいと寄って来てくれる。

――顔が結構近いんですけど……でも、呼詠さんならいつでもOKだぜ!

 

「そんなことないさ!どちらかと言えば、呼詠さんの方がすごいよ。なんかこうワクワクするじゃん〖ゴーストドライブ焔〗の憑依融合みたいでかっこいいよ……」

 

「〖ゴーストドライブ焔〗……憑依融合?」

「〖ゴーストドライブ焔〗と憑依融合って言うのはね……」 

 憑依融合とは……

過去の偉人の魂を自分の身に宿らせることで、その偉人の能力を使いこなせるという焔特有の能力である。


 俺は〖ゴーストドライブ焔〗のことを、あまりよく知らない呼詠さんに手振り素振りを踏まえて一生懸命、〖焔〗の良さをアピールしたがあまり伝わっていないようだった。


 それでも一緒に過ごした、その瞬間は楽しんでもらえていたように思えた。

 

「なにそれ、おかしい……」

 俺がブイサインを送ると、呼詠さんも思わず笑っていた。そして彼女の目に涙がキラりとひかった。するとまた性格が入れ替わり、叶芽となる!


「叶芽だよ……」

 彼女はそう言ってにっこりと笑って涙を拭った。

涙を見せる度に入れ替わる。

 この二人はこの変化を楽しんでいるようだが、俺はついて行けそうになかった。

 

「あれ〜もうジュースないとぅ?」


 叶芽は自分の持っていた紙コップが空になっていることに気づき、コップの中身を恨めしそうな目で覗き込んでいた。

 そして隣りで一緒に飲んでいた、俺の紙コップにジュースが残っていたことを知った。

 

「ねぇ、陸!」

「なに?」

「まだそのジュース余っとぅ?」

 そう俺にねだる彼女は、とても魅力的で緊張のあまり手が震えていたが、それを悟られないように平然を装っていた。

 

「あぁ、まだ少しあるけど……」

「ねぇ、それ〜うちにちょうだい?」

 

――マジかぁ!それって間接キッスというやつか……おいおい、マジかぁ!純情な俺には刺激が強すぎる。

 

 どうしてもとねだる彼女のため、俺が持っていた紙コップを手渡そうとした。

「おおきに……」

 紙コップに優しく触れる手が俺の手にも触れた……

――ヤバい震えが止まらない。

「いっただきまーす」


 しかし彼女はなにも語らず、にっこりと微笑み、紙コップのジュースを飲み始めた。

 


「それにしても今日は熱いね……」といいながらゴクゴクと飲み干してしまう。その飲みっぷりを口をあんぐりと開けて唖然と俺は見ていた。

 

 そんな俺をかわいい子供でも見るかのような目で彼女は見ていた。

「間接キッスとかって思ってる……小学生みたいでかわいい……ごちそうさま!」


 そういって空になった紙コップを俺に戻し、頬を赤らめている、彼女をかわいく思っていた。

 

「そういうこと言うかなぁ〜まったく……」

 俺は目のやり場に困ってしまい、そっぽを向いてしまった。

 

「ひとつ聞いていいかなぁ……」

「ん?なんね……」

 彼女は、なんでも言ってごらん、お姉さんが相談に乗ってあげるから……と言うような表情で俺を眺めていた。

 

「叶芽の誕生日って、いつなの……?」

 その質問に動揺して戸惑っているようだったが、すぐに嬉しそうな顔で答えてくれた。

「えっ……六月二十四日とぅ……なんで?」

 

「覚えておくよ……叶芽の誕生日!」

 おおきに、期待しないで待ってるからね……という顔をして、なにも言わずにうなずき、にっこりと微笑んだ。

 

 「おうおう……イチャついてくれてるねぇ……」

 振り返ると、そこには柄シャツを着たゴロツキのような風貌の男たちが三人、俺たちに向かって近づいてきた。

 

「なんだあんたたちは……」

 俺は叶芽の前に立ち、かっこいいヒーローを気取ってみせた。

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