第8話 夢で、もし逢えたならば……
母さんの実家は大きな旧家で、お米とみかんの農業を生業として、生計を立てている家系であった。
母さんにはひとつ歳下の弟がいる……つまり俺の叔父にあたる方だ。家業である農業ではやって行けず、京都の大手企業に今も勤めている。家に帰省するのは、正月とお盆の長期休暇のみのようだ。
その家は築百年近い日本家屋の平屋であった。俺は空き部屋となっていた一室を、勉強部屋として使わせてもらっていた。
チュンチュンチュンとすずめが鳴く声がうるさく聴こえてくる。耳障りだ………ミカサ食堂での一件で、帰りが遅くなったこともあり、朝が起きられずに寝入っていた。
そこへ母さんが俺の部屋へとやってきた。朝起きれない俺を起こしにきたのだ。
「陸……陸、起きなさい。早く起きないと、遅刻するわよ……」
その時、俺は夢を見ていた。とても暖かく、心地よい夢であった。耳元で、誰かが甘い声でささやいてくる。その声に聞き覚えはある……
『陸君、陸君、起きて……』
ーーうーん……ダレ?まだ眠いよ。昨日も遅かったんだぞ……寝かせてくれぇ〜
しかし、母さんでもない。風花でもない。誰だ!俺はその声を知っている。
『早く起きないと、イタズラしちゃうぞ……』
その声の持ち主が俺の布団の中へと、もぐり込んできた。あったかな温もりと柔らかさが俺の体に伝わってくる。
ゆっくりと眠い目を擦りながら開くと、そこにはランジェリー姿の呼詠さんがいた。
『早く起きて……』
髪をポニーテールにかき上げた呼詠さんが、俺の上で馬乗りになって見詰めていた。
――こんなことがあっていいのだろうか……いやこれは夢だ!夢に違いない……それならそれでいい、覚めないでくれ。
『あなた達、なにやっているの?』
廊下の襖をバンと開け、誰が廊下からこちらを睨みつけるものがいた。誰……俺はその子も知っている。
ーーダレ?…………わからない。夢だからか?
眠い目を擦りながら、そこに立っているのが誰なのかを確認してみた。呼詠さん……?そこには髪をストレートに下ろした呼詠さんが立っている。
『わたし達そういう関係じゃないですから、そのような行為は辞めてください。最低です。不潔です』
そう言ってすぅーと消えてしまった。
『待ってくれ。呼詠さん違うんだ。これは、なにかの間違いなんだ……』
「なにが間違いなのよ……お兄ちゃん?」
ーーお兄ちゃん?
俺はムクっと起き上がり、呼詠さんを引き留めようと手を伸ばしていた。するとそこにいたのは妹の風花であった。眉を寄せ、不機嫌そうな顔で俺を見ている。
「どうしたの?なにが違うのよ……」
布団の横から別の声が聴こえてきた。恐る恐る、その声の主を確かめてみる。何故だ……なぜ母さんがそこで寝ている。
「お兄ちゃんを起こしに行って、全然帰って来ないと思ったら、またこんなところで一緒に寝てるなんて……最低だわぁ。二人とも早く起きて、ご飯食べてください」
なにが起きても淡々と状況を把握し、何事に対しても冷静な判断を下す風花は既に大人であった。
それに比べて五條
また布団にもぐり、三度寝を繰り返していた。俺がいうのもなんなのだが、厨二病である俺のことが心配で子離れができない困った母親であった。
そんな母さんを置き去りにして、起きようとしていたのだが…………俺の息子も目を覚まして、テントを張っている。ヤバい起き上がれない。
母さんが目を覚まさないうちに、トイレへと駆け込む。すべての処理を終え、事なきを得たあと着替えを済ませて食堂へと降りて行った。
食堂では、おばあちゃんと風花が一緒になって朝ごはんの支度をしていた。
「おばあちゃん、おはよう……」
「陸君、おはよう、早く食べないと学校に遅刻するわよ……」
「わかってる」
おじいちゃんは介護用ベッドの上から朝の定番番組『お目覚めテレビ』のニュースを見ていた。
「おじいちゃんもおはよう」
「おう陸、おはよう……」
そのテレビでやっていたニュースを見て驚いた。
〖……化学工場で火災事故がありました。同日15時40分ごろ、同装置群でドーンという異常音が聞こえ、作業員が現場に向かったところ火炎を発見しました。その後、同社自衛消防隊と市の消防本部が消防作業に当たり……市内の住民には避難勧告が出され、市民五百人以上が避難しました……〗
恐ろしい事件が起こるあるものだ……俺は適当に朝飯をつまみ、早々と学校に向かって駆け出した。
俺が学校に到着した頃には、朝礼が始まるギリギリ手前だった。登校していた生徒達は朝礼前の余暇を雑談などをして楽しんでいた。
その雑談の中でも、やはり朝のニュースは持ち切りだった。なぜならその現場がある工場は、俺が住んでいる町から近かったからだ。
「あの工場、ここから近いよなぁ……」
「あっ、うちのお父さんあそこで働いているんだよね……怖いよね」
「それじゃ朝礼始めるぞ。早く席につけ……」
丘石先生が朝礼のために教室に入ってきた。生徒達は、みんな自分の席へと慌てて散らばって行った。
その日のお昼休み、朝叩き起こされたこともあり、眠気さから机に覆い被さるようにして眠りにつこうとしていた。
呼詠さんは藤咲さんとファッション雑誌を広げ、雑談を楽しんでいた。
「呼詠っちはこんな感じのもの好きだよね。」
その雑誌に掲載されていた商品とは、〖白いTシャツにジーンズ生地のショートパンツ、その上からピンクのジャケット〗であった。
「私は、こっちの方が好みかなぁ」
呼詠さんが指指した、その商品は、〖薄いピンクのトップスに白いスカートに茶色いベルトを締め、スリットから黒い生地が見え隠れしている。〗であった。
「なに見てるの?」
そこへ現れたのは桜井さんがトランプのようなものを持ってやってきた。
「あぁ、呼詠っちに似合う服をチョイスしていたんだぁ」
「いいのあったの?」
「それがさぁ……あたいはこっちがいいと思うんだけど、呼詠っちはこっちがいいっていうんだよねぇ……」
「そうだねぇ……呼詠ちゃんが選んだ方が似合うんじゃない?」
「えぇーそうかなぁ?」
そんなことを話ながら三人仲良く雑誌を眺めていた。雑誌のページをめくってゆく!
「ねぇねぇ、これ見て……」
「どれどれ……」
そこには心理テストのようなものが掲載されていたらしい。内容は『自分の理想の異性像を五つ答えよ?』というものであった。
先にそれを答えたのは藤咲さんであった。
「あたいはねぇ『1位バスケが上手い人』『2位頭がいい』『3位ルックスがいい人』『4位お金持ちな人』『5位一緒にいて楽しい人』かなぁ」
「なんか沙苗ちゃんらしいねぇ」
ーーなんとなく、俺もそんな感じがする。見た目にも明るく楽しい人がいいんだろうなぁ……
「えぇ……そうかなぁ、そういう千里っちはどうなんだよぉ……」
「えぇ……わたし……私は、『剣道が上手い人』『かっこいい人』『賢い人』『誠実な人』『おもしい人』かなぁ……」
ーーおぉ、桜井さんの理想の中に三つは祐希と合致している。仲良くやって行けそうだ。よかったなぁ…………
「呼詠っちはどうなの?」
「えっ、わたし……?私は……」
ーーおぉ、呼詠さんの理想のタイプか?それは俺も聞いてみたい。どんな人が理想なんだ……
俺は眠ったフリをして聞き耳を立てて聴いていた。
「……背が高くて、年上の人で、清潔感あって、おもしいくて……そして親切な人かなぁ」
ーーおいおぃ!背が高いて……年上、清潔感がある……ってまぁ、中庭で水浴びしてたしなぁ?確かにそれはおもしい人だけど、そして親切?……俺の入部届けを勝手に出してくれた?……それって福田先輩じゃねぇか!
呼詠さんは福田先輩が好きなのか……まさかなぁ、いやこれは夢だ!夢なら早く覚めてくれ……
「で、これでなにがわかるの?」
藤咲さんはマジマジと本題を聞き出そうとしていた。
「それはね……四つ目の理想像の人と結婚するんだって……」
頭上で、カラ〜ン、カラ〜ンとチャペルのベルが鳴り響いていた。
「えぇ……マジかよ〜あたいお金持ちと結婚するのが夢なのか……現実的だけど夢がないよね……」
ーー確かにその通りだ。生活する上でお金は必要だが、そんな人と一緒になって幸せになれるのか……
まぁ、人それぞれだから、藤咲さんはそれで幸せになれるだろう。
――それじゃ、呼詠さんはどうなんだ……四番目はえぇと……おもしい人かぁ?俺っておもしいのか……どうなんだろう。自分ではよくわからない。面白さでいえば、やっぱり福田先輩には敵わない。
キャーキャーと騒ぎながら楽しそうに話している。やっぱり俺は試合では福田先輩に勝てたが、恋愛では負けてしまったのか……
まぁ、はかない夢だった!
そう落ち込んでいた俺にチャンスがやってきた。
「あっ!そうそう、頼まれてたタロットカード持って来たから、呼詠ちゃんの理想の相手占ってあげるね……」
ーーえぇ、そんなのお願いしてたの?なんだかんだ言ってもやっぱり女子は占いが好きなんだなぁ……
「えぇ、あっうん……そうだったね。それじゃお願いしようかなぁ……」
なんだか苦い笑いをこぼしている呼詠さんがいる。
ーーおいおい、なんだなんだ!自分でお願いしておいて、乗り気じゃないのか…………?
「それじゃ始めるね……」
「うっ、うん……」
桜井さんは持ってきたタロットを二度ほどコンコンとノックしてカードをきり始めた。
「あっそうそう誕生日は五月十九日だったよねー」
「うん、そうだよ……」
ーー五月十九日なのか?これはメモしておこう!なにかプレゼントでも送った方がいいのか?でも俺、嫌われてるからなぁ……受け取ってもらえないかもしれない。
桜井さんのカードさばきは、かなり手馴れていた。カードが手際よく、きられて並べてゆく。
並べられたカードをじっくりと眺め終わると、淡々と話始めた。
「過去と現状なんだけど……過去になんかトラブルとかあった?」
「あったじゃん!トイレで痴漢騒動とかさぁ!」
恋バナ好きな藤咲さんがアオハルの匂いを嗅ぎつけ、胸をトキメかせて出しゃばってきた。
「そういえばあったね……それをきっかけにして、運命の輪が回り出す。って出てるよ」
ーーえっ!マジ、俺にもワンチャンあるってことだよなぁ!ありがとう、桜井さん!もっといって……
「将来の展望は……その人と苦難の道のりを超えた先に幸せが訪れるって出てるよ」
ーーくぅ〜最高じゃんか……ん?苦難の道のり?
って、まだなんかあるのか?俺たち?そうかわかったぞ。福田先輩が俺たちの邪魔をしにやってくるんだ。その苦難の試練を乗り越えた先に俺たちの幸せが訪れるって〜ことだなぁ!
「そしてアドバイスが……えぇ?」
桜井さんの顔色が曇り始めた。なにかを考え込んだあと、呼詠さんの顔をじっと見つめている。
「呼詠ちゃんって一人っ子だったよね?」
「えぇ……うん……そう、一人っ子だよ」
なぜかその言葉にえっ……と驚いた顔をして動揺していた。それを慌てて取り繕うように、それを肯定していた。
「姉妹の誰かが、運命を導いてくれているって出てるんだけど……あぁでも大丈夫だよ。友達って線もあるから、心配しないでね」
「いろいろとありがとう」
次の瞬間、呼詠さんの微笑みが灰色と化して行った……机の中からゴキブリが急に這い出し、藤咲さんの顔に留まってしまったのだ。
キャーキャーと騒ぎ回り、さっきの雑誌を棒状に丸め、それでゴキブリを叩こうと振り回している。
「こら!待て待て待て待て……」
これではたまったものじゃないと逃げ出したゴキブリが、そこで寝ていた俺の頭に留まった。
――ん?なにか留まったような気が……
「うぁぁぁぁ待て待て……」
顔をあげてみると、藤咲さんの雑誌が俺の顔面に振り下ろされた。
俺とゴキブリはそのままノックダウンしてしまい意識を失ってしまった……
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