第6話 葉山スイーツ旅①

 仕事の納期明け、突然春休みをもらうことになった。


「上野さん、休み中はどこか行くんですか?」

 後輩にそう聞かれ、私はううんとうなり声をあげる。


 あまりに突発的に発生した休みなので、正直なところ少し困っていた。やりたいことの大半は事前予約が必要だし、だからといって自宅で寝てばかりいるのももったいない。

 私は考えに考えて、「天気次第かなぁ」と回答した。


「休みの間は、どうやら晴れるみたいですよ。上野さん、自転車好きじゃないですか。どこか走りにいったらいいんじゃないですか」


「晴れ、かぁ……」

 脳裏に浮かぶはオレンジさんだ。ここしばらく忙しくて、近所のスーパーに行くくらいしか乗っていなかったため、オレンジさんの機嫌はすこぶる悪い。またスーパー? もっと遠くに行きたいんですけど。今にもそういう声が聞こえてきそうだった。


 遠くといっても、いったいどこに。

 そういえば、と私は思う。以前予定だけ立てて、結局行けていなかった輪行計画があった気がする。手帳を開いて、その残骸を目にする。


 うん、そうだ。ここにしよう。

 私は手帳を閉じると、後輩に向かってこう言った。

「私、海に行くよ」


***


 というわけでオレンジさんを担いでやってきたのは、逗子・葉山駅である。


 三浦海岸エリアはよく走りに来るのだが、とりわけ葉山の海は気に入っている。いつもはもう一台所有する折りたたみ自転車で来るのだが、キャリーミーで走るのは本日が初めてである。


 今日のコースは葉山マリーナ、そしていつか行ってみたいと思っていたカフェ。ほぼほぼ食べ物屋巡回コースなので、それだけでおなか一杯になりそうだ。消化がてらガシガシペダルを漕ぐことを決め、私は走り出した。


 葉山マリーナまでの道のりは少々複雑で、住宅街の中を通っていく。本当にこの道でいいのかと思ってしまうような場所にあるので、初めて訪れた際には少々、否、だいぶ不安だった覚えがある。上り下りの多い道は極小径車には非常に不向きであるが、それでも楽しいと思えるのはオレンジさんのおかげだろうか。えいこらえいこらペダルを漕ぎ進めると、ようやく葉山マリーナに到着した。


 着いたらジェラートでも食べようかなと思っていたら、ジェラート屋は定休日だったらしく閉まっていた。それならさて何をしようかなと思った矢先に見つけたのは、マーロウ。あの厳ついおじさんの絵柄が入った、ビーカープリンの店である。

 マーロウのプリンは、私、食べたことない。


 店内を覗いたところ、開店したての時間帯ということもあってか、座席に余裕があった。よし、ここにしよう。

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