第7話 モヤモヤとタラシの襲来



 私はフラつきながらお風呂に入り、ソフィアさんに連れられてベッドへ横になった。

 そういえば……あの泉に落ちた日は今日と違って、目が覚めたらすでにこんな風に寝ていたような気がする。


 あの時、ソフィアさんは意識のない私をどうやってお風呂に入れたのかしら。

 泉から出た時のことも全然覚えていないし……。


 気になってソフィアさんに尋ねてみたら、とんでもない答えが返って来た。


「レナード様がローズ様を泉から引き上げて、お風呂まで運んで、服をぬ」

「ぎゃあぁぁーー!!」


 私は耳を塞いで叫んだ。

 あいつが泉に突き落としたのだから拾い上げて運ぶのは当然だとしても、お風呂にまで来るのは明らかにおかしいわ!


「み、見られてしまったの? その……」

「ご安心ください。下着までですから」

「なな何ですってぇ……」


 もうアウトよぉ! そんな姿を見られてしまったなんて……あいつ(の記憶)を消してしまわなければ……!!

 あふれ出る殺意を抑えられず、奥歯をギリギリ噛みしめる私の前で、ソフィアさんはなぜかのほほんとしている。


「まあ、婚約者になられるのですから、良いではありませんか」

「こんっ? えっ? だって、候補……」

「いいえ」


 ソフィアさんが私の左手をそっと持ち上げる。薬指に水色の宝石がついた銀色の指輪がはめられていた。


「清らかな乙女が泉に入った時には、精霊様が純潔の証として指輪をくださる、という伝説があるのですわ」

「はあ」


 あの泉で白い髪の女の子が『コレ、アゲル』と言っていたのは、この指輪をくれるという意味だったのか。

 フワフワした変な子だと思っていたら、精霊だったんだ……なんてしみじみする余裕は、私にはなかった。


「この指輪と婚約と、どう関係があるの」

「申し上げにくいのですが、ローズ様は別の方と婚約されていましたので、レナード様のお相手としては認めがたいと王妃様がおっしゃられまして。純潔の証である指輪があれば……と」

「別に認めてもらわなくても」


 ボソッとつぶやいてから気が付いてしまった。そんなくだらない理由で私は大変な目に遭わされたのだと。

 じわじわとやるせない怒りが沸いてくる。


「それじゃあ、私はこの指輪のために突き落とされたの?」

「突き落とされ……? 一緒に泉に落ちたのではなかったのですか? レナード様もずぶ濡れでしたし……」


 ソフィアさんが首を傾げている。

 やはりあいつは自分の悪行を隠していたのか。

 私が指輪をもらえなかったら、しれっとグレイス様と婚約するつもりだったのだろう……。


 ――あれ? 何か……おかしい。


 王妃様が反対しているのなら、さっさとグレイス様を婚約者にしてしまえばいい。

 グレイス様は先ほど『アシェル様と結ばれたい』と言っていたから、婚約者になるのを嫌がったのかもしれないけれど……。

 そもそもそれを拒否できるのなら、婚約者候補だって断ることができたはずだわ。


 なんだかすごくモヤモヤする……。



 #########



 今日はこのまま泊まっていいとソフィアさんが言ってくれた。

 家には王宮の役人から連絡が行くらしい。

 帰るのが遅くなるとお父様から小言を言われるので、私はありがたく泊まらせてもらうことにした。




 ――なんだか眠れないわ。


 部屋にうっすら明かりがついていて、隅のほうに警備の人がいるのが気になって。

 王宮ではこれが普通なのかしら。他人がジロジロ見ているところで寝るなんて無理よ……。


 眠れないと思いつつ、私はいつの間にかうつらうつらしていたみたいで。


 ……ふと気が付くと扉が開いていた。


 どうして――と思う間もなく、警備の人が倒れていく。

 見間違いじゃない。いったい何が……。


「本命がこっちだったとはね。僕はてっきり身分の高い方だと思っていたんだけど」


 遠目にもわかるほど優雅な足取りで歩いてくるのは、アシェル殿下だ。


「ずいぶん警戒されちゃったなあ」


 彼の手には血の付いた短剣があった。

 あれは……あの警備の人の血なの……?


 目を見開いたまま固まった私の前で、アシェル殿下は誰もがうっとりするような美しい微笑ほほえみを浮かべている。


「……ああ、起きていたんだね」


 でも、その目は笑っていなかった。

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