第16話 逃げるが勝ち


 私はビスケットの作り方をリリーちゃんに教えてあげた。ビスケット作りはそれほど難しいわけではないので、リリーちゃんのひたむきな努力の結果もあり、数時間でビスケット作りをマスターする。



 「思っていたより簡単でした・・・と思ってしまいますが、マカロンさんの教え方が上手なだけであり、決して私に才能があったわけではありません」



 上手にビスケットが焼き上がってリリーちゃんは誇らしげである。




 「あま~うま~」


 「おいちぃでちゅ」



 ビスケットの匂いに釣られてパンケーキちゃんが調理場に姿を見せて、出来上がったビスケットをヒパティカと一緒に仲良く食べている。



 「パンケーキ様、ビスケットのお味はどうでしょうか?マカロンさんが作ったビスケットとなにか違う点はありますでしょうか?できればご評価の程お願いします」


 「そうね!味はほとんど問題ないわね。でも、微妙に甘味成分が薄いような気がするわ」



 パンケーキちゃんの指摘は正しかった。私が作ったビスケットのクリームは生乳から作られた生クリームであったが、リリーちゃんが作った生クリームは牛乳から作った簡易的なものである。その違いは当てるとは、パンケーキちゃんの舌は本物である。



 「当然の結果です。マカロンさんに比べたら私はまだまだ若輩者です。これからもっと精進してマカロンさんに並び立つ程の腕前を身に着けたいと思います」


 「リリーちゃん、そんなに気負わなくてもいいのよ。このビスケットの仕上がりは十分に合格点に達しているわ。後は、自分なりに創意工夫をしてアレンジしてみるのもお菓子作りの醍醐味よ」


 「お褒めの言葉ありがとうございます。驕ることなくこれから毎日ビスケット作りに励みたいと思います」


 「そんなに頑張らなくても大丈夫よ」と声を掛けたかったが、リリーちゃんの熱気あふれる瞳の輝きに押し負けた私は、「明日から毎日がんばるのよ!ビスケットの道は一日にしてならずよ」と檄を飛ばす。



 「ところで、マカロンさん。本当に明日バナーネを出発されるのでしょうか?」



 私はこの世界の事を知る為に、しばらくはリリーちゃんの屋敷に居候をして、のんびり過ごす予定だった。しかし、パンケーキちゃんがバナナを強奪してしまったので、すぐにでもバナーネから逃げ出す必要がある。



 「しばらくはバナーネでゆっくりするつもりだったけど、なんとなくだけど、王都が私を呼んでいる気がするのよ」



 バナーネから一番近い町はエアートベーレンである。しかし、イチゴを盗んだ前科持ちのパンケーキちゃんと行くにはリスクが高すぎる。なので、まだ盗みを働いていない王都へ逃げることにした。



 「王都に行かれるのですか?」



 リリーちゃんが嬉しそうな顔をする。


 

 「そうよ」


 「それは好都合です。実は私も誕生祭の為に、王都には近いうちに行かなければいけません。もしよろしければご同行してもよろしいでしょうか?」


 「え!一緒にいくの?」


 「はい。一か月後に開かれる誕生祭までにビスケットを完璧に作れるようになりたいのです。しかし、ビスケットを完全な出来にするには、私1人では難しいと思います」


 「私の力が必要ってことね!でも、リリーちゃんはほぼ完ぺきに近い仕上がりに出来上がっているわよ」



 実際、もうリリーちゃんに教えることはほとんどない。



 「少し申し上げにくいのですが、私が必要としているのはマカロンさんではありません」


 「そ・・・そうなのね」



 私は恥ずかしくて顔が真っ赤になる。



 「はい。私はパンケーキ様に試食をして欲しいのです。パンケーキ様の舌をうならせるビスケットを作る事ができれば、国王陛下も納得する味になると思います」


 「私の力が必要なのね。仕方ないわ、同行の許可をあげるわ」



 全く話の内容を理解していないはずのパンケーキちゃんがドヤ顔で話しに入ってきた。



 「ところでマカロンちゃん、同行って美味しいの?私にもよこすのよ!」



 意味が理解できていないパンケーキちゃんは怒りだす。



 「今はリリーちゃんと大事な話をしているから、おとなしく残りのビスケットでも食べておいて!」


 

 私は焼いたビスケットを差し出す。



 「わ~い!わ~い!追加のビスケットよぉ~」



ビスケットに夢中でパンケーキちゃんはおとなしくなる。



 「わたちゅもほちぃ~」



 ヒパティカは涙ぐみながら訴える。



 「どうぞ」



 もちろん、ヒパティカちゃんの分も用意はしてある。



 「リリーちゃん、話を戻すわよ」

 

 「はい」


 「パンケーキちゃんは、同行を許可すると言ったけど・・・」



 私はリリーちゃんを連れて行くわけには行かない。私の舌ではなくパンケーキちゃんの舌を信じている事に腹を立てたからではない。いや、少しはそれもあるけれど、能天気なパンケーキちゃんが、自爆して自分がバナナを盗んだ犯人だと話す恐れがある。もし、自分から話さなくても、王都でもフルーツを盗む可能性が高いので、リリーちゃんを連れて行くことは危険である。



 「マカロンさん、王都にはどのようにして行かれる予定なのでしょうか?もし私が同行すれば、立派な馬車をご用意いたします。マカロンさん、王都にまで馬車で5日ほどかかると思います。道中はどのようにお過ごしになるおつもりでしょうか?

もし私が同行すれば、旅の資金は全てご用意いたします。マカロンさん、王都ではどのようにしてお過ごしになるおつもりでしょうか?もし私が同行すれば、王都にはダンディライオン家の別邸があります。そこを自由に使う事ができます」


 「ぜひ、ご同行をお願いします!」



 私は土下座をしてお願いするのであった。


 



 




 



 



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