第9話 予想外な反応 ※スタンレイ辺境伯視点

「よろしくおね、がい、します……」


 俺の顔見て、唖然とした表情をするレティシア嬢。やはり、そういう反応だったか。落胆しそうになったが、彼女の様子が少しおかしいことに気付いた。いつも見る反応と、少し違うような。


 彼女は、俺の顔をジーッと凝視してきた。この顔の醜さをバカにしたり、嫌悪するような視線じゃない。興味津々、という感じだった。


 やはり、今まで見たことないような反応。これは、一体どういうことだ。


 もしかしたら、中央の令嬢は感性が普通じゃないのかもしれない。こんな醜い顔を生まれて初めて見たから驚いて、じっくり観察しようとしたのか。珍しいものを見たとか思って。


「どうかしましたか?」

「……あっ! い、いえ」


 俺が声を掛けると、彼女は慌てて顔を伏せた。興味を持ってくれたみたいだけど、やっぱり駄目だったか。視線を逸らす行動は、いつもよく見るものだった。しかし、言葉に出さないだけ優しい。罵倒したり、評価したり、気持ち悪がったりしないだけマシな反応。


 中央で揉め事を起こしたらしいが、会ってみると悪い子には見えない。おそらくは巻き込まれたか、冤罪か。とにかく彼女が悪さをしたというようには思えなかった。


 出会って間もないが、悪い印象はない。だからこそ、こんな俺なんかと結婚をさせられるのは可哀想だと思った。しかも、辺境へ送られてくるだなんて。


 今まで中央で暮らしてきた彼女が、こんな所で生活するのは耐えられないだろう。特に彼女のような美しくて、か弱い女性には。


 婚約は破談にして、さっさと中央へ戻してあげるべきだろうな。そう考えた俺は、早速行動する。


 わざわざ長い時間を掛けて来てくれたレティシア嬢には悪いけれど、今すぐ中央へ送り返すことにした。今回の件は、それで終わり。


 その前に、彼女に一応確認だけしておこう。


「……やはり、俺との結婚は嫌ですよね。今からでも、婚約の話は無かったことに」

「いえッ! 違います!」

「え?」


 そうです。申し訳ありません、という回答が返ってくるだろうと思っていたのに。まさか、違うと否定されるなんて予想していなかった彼女の返答に、俺はうろたえてしまう。


 いや、もしかして俺の聞き間違いかな。けれど、彼女の次の発言が聞き間違いじゃなかったことを明らかにした。


「そ、その。ブレイク様が、す、素敵、すぎて……お顔が、見れ、ないん、です」

「なんですって?」


 素敵? 素敵って、何の事だ。もしかして、バカにされた。いや、でも、まさか! しかし、彼女の表情をよく観察してみても嘘を感じない。顔全体だけでなく、耳まで真っ赤だった。


 いやいや、そんな!


 彼女の感性が異常なのか。そうでなきゃ、こんな醜い顔をした男を素敵だなんて、冗談でも言えるはずがない。


 レティシア嬢の表情は真剣で、嘘を言っている様子はない。ということは、本当に俺の顔を見て素敵だと。そう思ったということなのか。


 信じられないことだが、どうやら本気らしい。


 今まで俺の容姿について褒めてくれる人など、いなかった。両親でさえ。むしろ、貶されることの方が多かったから。だから彼女の言葉は、俺にとって衝撃的だった。


「好きです!」

「ッ!?」


 生まれて初めて異性から言われた言葉に、俺は再び衝撃を受ける。まさか、こんな美人な女性から言われる日が来るなんて、考えたこともない。


「えーっと……冗談、ですか?」

「いいえ! 冗談なんかじゃ、ありませんッ! 私は本気です!」


 素直には受け入れられずに、冗談かと聞いてしまう。だけど、彼女は本気だった。冗談だと言ってくれたほうが、まだ良かったかもしれない。対応の仕方が分からないから。冗談だったほうが、どう対処するべきか分かるから。今までの経験で。


 冗談じゃないなんて、本当に初めてのことだ。俺は、どうすればいいんだ。


 頭が混乱する。こういう時には、なんて言うべきなのか。ありがとう、嬉しいよ、とか。いやいや、そんなキザな言葉なんて、口には出せないぞ。


 だが、男の俺が何か言わないといけないよな。沈黙した空間が続いた。結局、俺は何も言えずに黙ったまま時間が過ぎていった。


 こうしてレティシア嬢との初対面は、残念ながら大失敗に終わってしまった。俺の不甲斐なさのせいで。だけど仕方ないだろう。こんな女性と、今まで出会ったことがなかったから。対応の仕方が分からないから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る