第6話 明かされた真実──ブライアンside

 冷たい視線の王宮の使用人にミンディは促されて、返事を聞けぬまま連れ去られてしまう。


 ゴホン


 咳払いの主……ミンディの父親である、ハーミング伯爵をはじめ、周りの視線を一気に浴びて肩身が狭い。


「お騒がせしました」

「いや……」


 勢いでミンディに公衆の面前で告白してしまった。

 ハーミング伯爵の真剣な眼差しに断りの言葉を覚悟する。


「婚約については夏の休暇に領地に戻った時にでも、ミンディに伝えようと思っていたんだが……」

「はい」

「ブライアン。君の父上とね、君とミンディの婚約話を内々に進めていたんだ」

「へ?」

「もっと早く言っておくべきだったかな」


 ハーミング伯爵はそう言うと、拍子抜けしている俺の肩を抱き頭をぐしゃぐしゃにする。


「娘をよろしく」




 ***




「ブライアン。あちらは君の噂で持ちきりだったよ」


「殿下……俺の名前ご存知なのですか?」


 王太子殿下は招待されたご令嬢達と簡単な会話を交わしたかと思うと、そそくさとその場を去り、付き添いの領主やその跡取り達が集まるこの場に訪れ混ざって談笑していた。

 俺を見かけて近づいてきた王太子殿下に声をかけられ驚いた俺は、挨拶を忘れてそんな事を呟いてしまった。


王立学園アカデミーで一二を争う剣の名手の名前を知らない奴なんているのか? それに君の父上には幼い頃はよく護衛として世話になったよ。君も父上の様に剣術に優れているのだな」

「……ありがとうございます」


 今まで同じ王立学園アカデミーに通っているだけで一度も交流はなく、俺の存在なんて知る由もないと思っていたのに、王太子殿下に覚えてもらえている事実に浅ましくも自尊心がくすぐられる。


「随分と、情熱的に愛の告白をしたんだってね。ご令嬢達が『まるで囚われの姫君を救いに来た騎士様の様だ』なんてうっとりしていた。私は『悪い王子』になった気分で面白かったよ」

「……! 『悪い王子』なんて殿下に失礼なこと……」

「あっははっ! だってそうだろう? 愛しのお姫様を捕まえて籠の中に閉じ込める『不能な王太子』なんて悪役でしかない」

「そんな事!」


 王立学園アカデミーで遠巻きに見る王太子殿下はあまり表情を崩さないため、楽しそうに話し声を上げて笑う姿に面食らう。


「おや? 君の発言だと思っていたけど違ったのかな? 王立学園アカデミーにある私の執務室からは中庭の様子がよく見えるし、声もよく聞こえるんだけど……」

「……あっ!」

「ふふ。君の弱点は精神的な揺さぶりに弱いところだね。剣捌きでは勝てないけれど、いま試合したら君に勝てるかな?」

「いま、殿下と試合をしたら汗で手が滑って剣を落としそうです……」


 肩に手を置かれると、真剣な眼差しの王太子殿下の顔が近づく。


「ブライアン。君はケイリー伯爵の様に近衛騎士になってくれるんだろ? 王室にはよからぬことを考えている奴等ばかりがのさばっている。お前のことを唆す様な奴もたくさんいる。精神的にも強くなり、私の剣になってくれないか?」


 見目麗しき王太子殿下にそう耳元で懇願されると、男の俺でもドキドキする。


「それとも近衛騎士団には入らずに愛しの姫君を攫ってこのままどこかに逃避行でもするのかい?」


「いやっ! 今日は本当に妹の付き添いなんです」


 俺は慌ててベリンダを指し示す。


「あぁ、あの中の一人が君の妹君か。ケイリー伯爵令嬢は……えっと……何色のドレスだったかな……あぁ、紫のドレスを着ていたね」


 ドレスの色と人物を結びつけて覚えたのだろう王太子は、ベリンダをやっとのことで思い出したようだった。


 自分の婚約相手を選ぶためにかき集めただろうに、ベリンダにピンと来てなさそうな王太子の様子を見ると、不敬に当たる事は分かっていても一言物申したくなる。


「かき集めたくせに興味もないのですね」


 王太子殿下はご令嬢達の集団を見つめ、フッとため息をつく。


「……君以外にも愛する女性が招待されて王室に不満を持った者もいるのだろうな。こんな無意味な茶会なんて開いても皆疲弊するだけだ。申し訳ない」


 臣下である俺に謝罪を口にした事に驚く。


「畏れ多くも殿下。失礼な態度をお取りしたにも関わらず話をしていただけるとは思っておりませんでした。無意味などではありません。私はこの茶会で貴方への忠誠心が高まりました」


 王太子殿下は俺の発言に穏やかな笑顔を向け握手をし去って行く。

 去った先でも他の領主達に声をかけ、和やかに話をし、話が終わるとみな陶酔した様な顔で握手をしている。


 ──そういう事か。


 このお茶会の真の目的を俺は察した。

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