第99話 黒幕


「悠大が来てない……え?」


 どういうことだ?


「なにか聞いていないのなら、悠大君は無断依頼放棄したことになるが……私もそんなはずはないということは分かっている。もしかして……悠大君になにかあったんじゃないか?」


「なにか……」


 確かに、悠大は無断で遅刻するような人間じゃない。

 それに、一部先払いしてもらった母親の治療費の分の依頼だから、途中で放棄なんてするはずも……


「……!! 一絺さん!」


「なっなんだ?」


 俺は一つの可能性に思い当たり、一絺さんの肩を掴んで問い詰める。


「なにか……悠大に変だなっていうところを感じませんでしたか?」


「え、ええ……!? 別にそんな……」


「いえ、一絺さんが原因なんじゃとかいうわけじゃなくてですね……正直に、詳しくお願いします!」


「ちょ、ちょっと! あなたちよ君に近づきすぎよ!!」


「えっと……絶妙に千縁君と意思疎通……いや、感情の共有が出来てなかった……?」


 遠慮がちに目を逸らした一絺さんは、気遣うように答えた。


「!! そうか……それだ!!」


「……?」


 そうだ。

 言葉にできなかったあの、違和感。


 悠大は妙にんだ。


 やけに落ち着いていたり、癖が違ったり、妹と母親が誘拐された時も、


 まるで、家族はどうでもいい……俺を観察しているような……


「もしかして……悠大君に千縁君も違和感を抱いているのなら……別人なんじゃないか?」


「!! 別人……!!」


 まさか……


「殺髏!!」


『わかった。探ってみるよ』


「ち、千縁君?」「ちよ君!?」


 【憑依】深度Ⅰを発動し、俺は外へと飛び出す。


(もし悠大が、誰かの変装した別人だとすれば……)


 本物の悠大がどうなってるか、分かったもんじゃない。


「殺髏! 何か!?」


『いや……全く。流石に直近じゃなさそうだ。難しい』


 殺髏は門の中の“異世界”で出会った、最強の暗殺者だ。

 ある程度の痕跡を探ることや、その大体の時間を当てることもできる。


 しかし、プロの殺髏でもわからないとなると、相当前の話になる。


(一体いつから……? 気づけなかった……!!)


 くそ……どこに……


「まてよ……」


 俺は、一縷の望みにかけて、目に力を込める。


『千縁! やるのじゃな?』


「ちょっと、“眼”だけ借りるぞ……!!」


『なんじゃ……眼だけか……』


 の眼が、紫金色に輝いた。


「っく、ぅう……!!」


 右目に焼き付くような痛みが。

 しかし、場所は特定できた。


「近くにいるな……!」


『千縁……向かうのか?』


「当然だ……! 悠大を誘拐したやつ、家族まで巻き込んだやつに会わねぇわけにはいかねぇだろ!」


 聞きたいことはたくさんある。

 本当に悠大の母は病気なのか、大丈夫なのか、いつから成り代わっていたのか……


(まず金を借りて延命しようとしなかった時に気づくべきだった……!)


 そうだ、きっとあの時から……!


 今更になって、後悔が押し寄せてくる。


『千縁……用心しなよ』


「ああ……! 絶対に報いを受けてもらう……!」


 俺は、悠大の反応がする方へと走り出した。


~~~~~


「ねぇ、一絺いちさんだっけ?」


「ああ……日月一絺だ。私ということが、自己紹介を忘れていた」


 千縁が飛び出した後の一絺邸。

 残された優香と一絺は、互いに立ち尽くしていた。


「あなた、ちよ君のこと好きなの?」


「なっ、そんなわけないだろ! 私はもう今年で23になったところだ! 7歳も年下の千縁君に……!」


「え、一絺さんそんな若かったの? 長年仕事モンスター研究してるように思えたんだけど……」


「か、勝手に資料を読んだのか……そ、そうだ。私は大学を出てないからな」


「え、大学出てなくても研究家ってなれるんですか? 大丈夫なんです?」


「だ、大丈夫だ! 私は成績優秀で入学後すぐ卒業認定をもらったんだぞ!」


「いやそれ、後ろ盾合っての荒業でしょ?」


「うっ……」


 優香と一絺はどんどんとヒートアップしていく。


「だ、だが、私は実際に研究家として数年活動している! 19の頃に研究を始め、大学を早期卒業してから四年も実績があるんだぞ!」


「まぁ、才能があるのは本当なんでしょうけど……どちらにせよもうおばさんじゃないの」


「おっ……わ、私はまだ若──」


 一絺は胸を張る優香を見て、次の言葉を飲み込む。

 千縁も、この優香という少女も、まだ16歳。青春真っ盛りな若者だ。

 彼女らと比べては、何も言えない……


「で、でも、そっちこそ! ぺ、だろう!?」


「んなっ……! そ、そっちは無駄に大きいだけじゃないの! と、年食ってるんだからそのくらい普通よ普通! わ、私かってあと7年もすれば……!」


「ふふん……! お子さまにはないものだろう!」


「て、てか、あんたもちよ君のこと意識してるんじゃない!」


「!! い、いや、それは海原のやつがそそのかして……!」


 

 優香と一絺の二人は、夜が更けるまで不毛な言い争いをしたのだった。


~~~~~


「出てこいっ!!」


「は~い」


 俺はとある廃工場の扉を蹴り破る。

 悠大と何者かの気配があった場所だ。


 俺の怒号に、犯人であろう存在は間延びした返事を返す。

 そして、奥の方から一人の男が現れた。


「やっと来たかぁ……」


「お前は……?」


 現れたのは、銀髪のクールな外国人。

 極級や超級探索者なら、数少ない強者たるゆえに、探索者の皆が覚えているレベルだが……俺の知らない男だ。


「ハハッ! 僕は『クロイツ帝国』の新星! 極級探索者のジル・ドレイドさ! ま、ここで死ぬ君に覚えてとは言わないよ」


「極級探索者……だと?」


 おかしい。それなら聞いたことがあるはず……


「ああ、そうさ。実はこれが昇格初任務でね。“王”べネジア様に頼まれたのさ! 日本に現れた“神童”を消せ、と」


「なんだと……?」


 昇格したばかりの極級探索者……

 いや、それよりも美穂を消す?


「世界で見ても学生の若さで超級探索者なんて、前例がないほど優秀だよ。芽は早めに摘んどかないと」


「てめぇ……!」


「ま、そこで“神童”を越える君を見つけたわけだけど。“革命児”君?」


 ジルは気色の悪い笑みを見せると、その体をドロドロと溶かす。


「!?」


「【模倣コピー】……」


 ジルの体が、に変化していく。


「っ!? 【憑依】──」


 そして、お互いの体から濃密な魔力の波動が放たれた。



「「悪鬼!!」」

















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