第42話 送別会と帰路
その夜――
教会の食堂でお別れ会が開かれた。並んだ料理は子供の好きそうなものが中心で、質よりも量を重視していた。山盛りの肉を子供たちは奪い合うように食べる。その脇では満腹になった子供たちが、好き勝手に遊んでいる。片隅では住み込みの仕事に出ている年長組が、久々の顔を合わせる機会に旧交を温めている。もう何の会なのか、よく分からない状況だった。
けれどハルカはその状況を楽しんでいた。ハルカの家族といえば、姉と兄とアリスの三人だけれど、三人ともどこかひねくれていて、食卓は全員揃っても皮肉が飛び交い、複雑な議論が繰り広げられる、団欒とは程遠い場所だった。もちろんそれでも、みんながみんな、お互いにお互いを、大事に思っているのは分かるんだけど。少し憧れていたのだ。こんな風に騒がしくも楽しい食事会に。
実はこの食事、女の子たちと一緒に準備したものだ。下ごしらえはできなかったけど、兄さんとのデートが終わった後、ハルカもできるところは手伝ってみたのだ。盛り付けも不恰好で、味付けも少し失敗しているけれど、こうして楽しそうに食べてもらえると、なんだか嬉しいなと思う。今度兄さんにも何か作ってあげようかな。そんなことを思いつつ、みんなと話す。
少年はハルカの技の秘密を聞きたがった。あの時の戦いの様子が尾ひれがついて広まっているようだった。今日も初顔のために簡単な技を実演してみせる。歓声が上がる。どうしたらそんなに強くなれるのか。ここ一週間は男の子からそれしか訊かれてない。逆に普段の訓練の仕方を聞いてみると、出てきたのは最速最短、全力全開というポリシーだ。スワルガではそれが普通だという。しかもこの教会での開祖はナイジェル氏らしい。彼も第一撃の強さに定評のある剣豪であるとか。ハルカは少し考える。どちらの方が少年たちのためになるだろうか。
ハルカの技術は才能が必要だ。対して最速最短の哲学は誰でも実践できる。鍛えた分がそのまま結果に繋がるし、刀や槍を扱うなら王道の心構えともなる。ハルカは思ったことをそのまま伝える。少年たちは納得すると、やっぱり最速最短だぜと騒ぎ始めた。
暴れ出した少年たちを庭に追い出して、ハルカと女の子たちは一息つく。男の子ってばかだよねーと顔を見合わせる。そして次に矛先が向いたのは、久しぶりに帰ってきたキリーンだった。
何か進展はあったの?
と問いかける少女たちに、キリーンは顔を真っ赤にして首を振る。
っていうか、誰と進展するんだよ!
と苦し紛れの逃げ口上を口にしているが、
へー 言っちゃっていいのかな、いいのかなー
と逆襲を受けている。そこでハルカを見たキリーンは言い募る。
こいつ、今日デートしてきたんだぜ!
だが意味はない。もうみんな全部知ってるから。恋に恋する女の子たちは非情だった。ハルカは準備中にいじられ尽くしていたのだ。祭りは続く。気付けば終了時間になっていた。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
ハルカは教会の裏庭で、鉄屑の足場に座り込んで一息ついていた。高揚した身体に夜の冷気が心地よい。先ほどお別れ会の片付けも終わった。三週間を過ごしたこの教会も今夜が最後だ。別れを惜しんでくれたみんなを思い浮かべる。いつになるかは分からない。でも絶対にもう一度ここに来よう。そう心に決める。
物干し場からは辛うじて空が見えていた。夜空を埋める星々。その輝きの一つ一つが実は、遠く離れているために小さく見えるだけで、スターライトとは比較にならないほど、莫大な光と熱を放つ巨大な炎の塊なのだという。暗黒に浮かぶその輝きを想像し、ハルカはふと考える。彼らは何を感じて生きているのだろうか。絶対零度の真空の中で、燃え尽きるまで、誰と触れ合うこともないその孤独、それは、どれほどの寂寥と恐怖に満ちているだろう。でも、とハルカは思う。彼らの放つ光をハルカは今見ている。彼らの存在の証を確かに受け取っているのだ。もしかすると無限の彼方まで届くこの輝きこそ、彼らの言葉そのもので、星々は数百光年を隔て、ゆったりと語り合っているのかもしれない。
今日は心地よい重力波だね。昨日はひどい超新星だったね。
数百年スパンの気長な星々の会話を想像し、ハルカは一人くすくすと笑う。何だか無性に楽しい気分だった。真っ暗な空を見上げる。星の声が聞こえるような気がした。
その時だった。
天井の亀裂に影がかかる。影はゆっくりと動く。亀裂の向こうに何かがいるのだ。とっさに立ち上がって構えるが、その正体に察しがつくと、抵抗に意味がないことに気付く。
それは自由落下してくると、圧倒的な重量を有していながら、まるで羽毛のように静かに着地した。眼前に立つのは、巨大な鋼鉄の戦闘機械、リバース・セントラルの強化外骨格だ。ここまで音を抑えることができたのは、下肢機構の衝撃吸収能力の高さと、操縦者の超人的な技量によるものだろう。
『夜分遅く失礼します』
声は外骨格の腰の辺りから聞こえた。女性の声だ。声質自体は年上のもので、少し気取っているようだけれど、ハルカはそれをどことなく幼く感じた。
「何か、ご用ですか」
カメラを見据え、硬い声で応じる。
『驚かせてしまいましたか』
声は優しげだった。
『そんなつもりはありませんでした。私はリバース・セントラルの連絡員です。今回の件では、あなたのお兄さんに、お世話になりました』
外骨格は続けた。
『それで、彼の身辺を調査していたら、あなたの存在を知りまして。直接お会いして話がしたいと思ったんです』
話からするとこの人は兄の敵だ。情報を敵に洩らすことなど論外である。
「私にはあなたと、どんな話もする気はありません。そんなに知りたいことがあるのなら、兄さんと直接話をすればいいでしょう」
ハルカは冷たく言い放った。
『そうではないんです』
声は慌てたように付け足した。
『ハルカ・アブライラ、私たちと同じ血を引くあなたと、あなたの父親について話がしたい。そう思っています。私の名はリディア・アブライラ。あなたの父親の腹違いの妹です。子供の頃はよく遊んでもらいました。ハルカという娘が生まれたことも、手紙で知っていました』
パパの妹? 遊んでもらった? そんなの、聞いてない。ハルカは息苦しさを感じた。何を言っているのか分からなかった。リディアは静かに言う。
『兄はどうなったんでしょうか。もし知っている方がいれば、聞いてみたいとずっと思っていました。それに残されたあなたが心配でした。辛いことはありませんでしたか?』
優しい言葉に心がなびきかける。受け入れてしまいたくなる。だめだ。罠だと自分に言い聞かせる。ハルカを懐柔して、兄さんを陥れるための、足掛かりにしようとしているのだ。こういう時に優しい声をかけてくる人間は、大体そうなのだ。
でも、とハルカは思う。未練が心を縛る。一言で断ればいいものを何も言えない。そして沈黙の中に己の本心を自覚する。
パパのことを知りたい。どんな風に生まれて、どんな風に育ったのか。どうしてセントラルに来ることにしたのか。どうしてハルカという子供を作ったのか。ハルカをどう思っていたのか。ハルカは何も知らなかった。パパは何も聞かせてくれなかった。
本当にこの人がパパの妹なら。彼女の言っていることがもし本当なら。優しそうな人だった。兄さんがいつも言うような、感情と行動が乖離していて、笑顔を浮かべながら、全てを利害だけで判断する人なんて、そうそういる訳がない。せっかくの機会なのだ。勇気を出そう。ずっと疑問に思っていたことを、解消できるかもしれないのだ。ハルカは意を決し、口を開いた。
「分かりました。その代わりに教えてください。あなたから見て、父がどんな人だったか。それでよろしければ、お話をしましょう」
『もちろん、よろこんで』
そしてハルカは彼女と夜遅くまで話し続けた。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
翌朝――
スターライトの点灯前に、僕とフレアは宿を引き払い教会へと向かった。荷物はほとんどなかった。結局使うことのなかった武装ぐらいだ。到着すると教会の扉を開く。
「あ、兄さん、おはようございます!」
「おはよう、遙花」
中では遙花が準備万端の状態で待っていた。お土産らしき荷物と共に、例のトランスポーターもどきもある。その奥ではナイジェルが既に起き出して、レイミアとお茶を飲んでいた。僕は荷物を確認すると二人に声をかける。
「ナイジェル、レイミア、世話になったな」
「嬢ちゃんに助けられたのは俺たちの方さ」
ナイジェルは笑う。そして僕と遙花に言う。
「またスワルガに用事がある時には、ここに寄ってくれ。歓迎するぜ。俺はいないだろうがレイミアはいるはずだ」
レイミアが微笑む。
「また会いましょう、ハルカちゃん」
遙花は勢いよく頷く。
「はい、必ず!」
僕は頷く。
「二年は先の話になるだろう。その頃にはスワルガも変わっているだろうな」
「そうでもないさ。こんな状況だが、今回のスワルガ宗主選挙も、黄衣派の当選は確実のようだからな」
「ソーマの件があるのにか」
ナイジェルは頷いた。
「責任を取った命の数が禊になったってことだな。怒りを抑えて冷静に考えれば、やはり黄衣派だ。それにだ、他の候補にもまともなものがいない。今一番乗っている独立派は、スワルガの中の政治には興味がないようだしな」
「独立派に政治なんてできるはずがない」
「ああ、自覚もあるだろうさ。そして黄衣派が宗主である限り、スワルガはおおむね今のままだろう。ま、次は仕事と言わず遊びに来い、ラッカード」
ナイジェルは笑う。それは孤児たちの親としての顔だ。
「また会おう」
僕らはそう言い交わし教会を出た。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
僕らは荷物を分担して背負い外へと向かった。スターライトがベルトを照らし出す。早朝のスワルガはまだ動きが鈍い。閑散とした大通りを抜けて、大広場からスロープをくだり船体の外に出る。
船体の外に広がるバラック街の中を縫うように、僕らは歩き、郊外の柵に囲まれた広い一角、運送屋組合の事務所に到着する。手続きをすると予約した偽竜が厩舎から現れる。さすがに特急ではなく普通の偽竜だ。三人で偽竜一頭というのも贅沢ではあるのだが、相乗りではさすがに無用心すぎた。僕らは偽竜の背負う荷台に乗り込むと出発する。
最初の手綱は僕がとる。偽竜の歩みは速く人が走るくらいの速度は出る。十数分でバラック街を完全に抜ける。それからスターライトが消える間際まで、僕らは交代で御者を務めながら、街道を進んだ。そしてたどり着いた何番目かの宿営地で、偽竜を停める。
街道には一定距離ごとに宿営場所がある。雨露が凌げる屋根がある程度で、防衛設備も柵しかないが必要はあまりなかった。街道沿いの中小クラスの変異生物は、偽竜がそこにいれば近寄って来ないからだ。偽竜は穏やかな性質だが戦闘能力は低くはない。襲われれば圧倒的な力で反撃する獰猛さもある。
僕は偽竜を隅に連れて行き餌を食べさせる。餌は固形にまとめられた草だった。旅路の長さに合わせて、必要量を出発時に積むのだ。より長期になると現地調達することもある。偽竜は雑食性なので何でも食べる。だがやはり草が好物のようだった。一心にもぐもぐと咀嚼している。
「に、兄さん、明日は私があげてもいいですか?」
その様子にうずうずとしていた遙花が言う。特に問題はなかった。偽竜の食事が終われば人間の食事だ。保存食を手早く終わらせると、僕とフレアは立ち上がった。
「どうしたんですか」
「日課の訓練だよ」
問う遙花に僕は答える。広い場所まで出ると、僕とフレアは向き合う。僕はいつものように両手を軽く上げた自然体。遙花にも教えた構えだ。フレアはやはり防御を重視した深い構えだが、以前より少し重心が前に浮いている。それは竜人と対戦した後からの変化、防御から攻めへの転換を加速する工夫だった。
「行きます」
フレアが踏み出す。
「全力で来い」
それから三十分ほど戦い続ける。訓練は僕の優勢で終わった。構えの変化は余計な隙を生む結果となっていた。まだスタイルが馴染んでいないのだ。だがひやりとする回数が増えたのも事実だった。反撃の出が早くなっているのだ。あれを見せられれば安易な攻撃はできなくなる。それは結果として攻勢を鈍らせ、そして攻勢が鈍れば更に防御を破りにくくなる。馴染んでいけば隙も減っていくはずだ。その技は鉄壁の名に相応しいものとなるだろう。フレア自身、手応えを掴んでいるようだった。遙花はそれを見て微笑んでいる。
「遙花もやりたいか」
「遠慮しておきます。フレアさんのような打撃中心の方には、私の技を半端に見せると毒になりますから。兄さんより強くなる頃までは今の形が一番です」
遙花は柔らかに答えた。
「それもそうだな」
遙花がそう言うのであれば仕方がなかった。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
それから僕らは旅を続け、夕暮れ時にたどり着いた宿営地で宿をとる。これが六回目の宿泊になる。明日の昼までには帰着できるだろう。嬉々として偽竜に餌を与える遙花を横目に見る。穏やかな様子だった。スワルガで再会した時には、ちょっとおかしいのではないか、そう感じたのだが今は落ち着いていた。遙花にはもともと情緒の不安定なところがある。食事と訓練を終えた後、僕は遙花と話をする。
「最近、学院の方はどうだ?」
そっと尋ねる。遙花は表情を変えずに答えた。
「何も変わりません」
それは悪い状況が続いているということだった。僕は思い切って言う。
「遙花、ずっとこっちにいてもいいんだぞ。学院で教えられることは僕も全て教えられる。遙花は、もう十分に頑張ったと僕は思う」
遙花は俯いて、首を振る。
「大丈夫です。もう残り一年ですから、そのくらいは頑張らせてください」
折れそうな声だった。僕は何も言えなくなる。遙花の思い通りにさせてあげたいと思う。だがそれで遙花が壊れてしまうようなら、看過した自分が許せなくなりそうだった。
「兄さん」
まるで消え去りそうな雰囲気だった。
「……どうしたんだ?」
「時々、分からなくなるんです。私が何なのか。ここにいていい人間なのか」
僕は遙花の目を見つめて答える。
「遙花が側にいてくれると少なくとも僕は嬉しい。たぶんベルやアリスも同じ気持ちだと思う。それじゃだめか?」
僕は自分の正体を知らない。だが今の自分が何を求めているのか、その答えは知っているつもりだった。遙花は頬を緩ませた。
「ありがとう、兄さん。でも」
遙花は浮かない顔に戻る。そして、
「どうしてパパは、私を置いていったのでしょうか」
父親のことを口にする。いつものことだった。遙花の問題はつまるところ、父親に捨てられたという思いに端を発している。それを否定することは難しかった。あの男が当時何を考えていたのか、僕には欠片も想像できない。あの男は外交官として優秀すぎた。その内心を徹底して仮面に隠して、誰にも明かさないまま、いなくなってしまったのだ。その死が本当に自殺だったのか、それはもう誰にも分からなかった。状況から考えれば暗殺の線も十分にある。だが、はっきりと確定はできなかった。口ごもる僕を見て、遙花はたぶん悪い方に解釈するだろう。本当は遙花も父親を信じたいはずだ。だがあの男の本心は誰にも分からなかった。僕は遙花を抱き締める。僕にはそれが精一杯だった。かけられる言葉はなかった。僕が何を言ったとして意味はないだろう。救いの道は遙花の心の中にしかないのだ。父親の死という事実と折り合いをつけるのは、遙花本人にしかできないことだった。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
そして翌日、七日目の昼頃。僕らはアルテミスに帰着した。運送屋組合の軒先には、はしばみ色の髪の長身の女性、ベルが立っている。到着時刻を出発前に連絡していたので、それに合わせて待っていたのだろう。ベルは僕らを見ると駆け寄って来る。
「ハルカ、ロッド、無事だったか!」
「姉さん!」
遙花はベルに抱きついていた。これで仕事も一段落だ。その実感がやっと湧いてきた。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
そのままトランスポーターに向かう。学院の一学期の始まりまで二日しかない。準備を考えればもうぎりぎりだった。事務所にあった遙花の荷物は、既にゴンドラまで運ばれていた。待機していたゴンドラの前で遙花は向き直る。
「兄さん、姉さん、また次の休みに」
僕らは頷く。それから遙花はフレアに向き直る。
「フレアさん、無茶ばかりする人ですが、兄さんのこと、よろしくお願いします」
そうして遙花は去っていった。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
遙花の見送りをして事務所に戻る。
「早速だけど、状況を聞かせてもらおうかな」
ソファにあぐらをかいたアリスが言う。遙花のことについて言いたいことはあったが、仕事の話が先だ。僕らはスワルガで起きたことの報告を始めた。
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