第33話 霊薬の正体

 いつの間にか夜になっていた。


 スターライトは消えている。遠い星々の光は都市の奥深くまでは届かない。


 町から見上げれば、丘の上の無名墓標の社は、スワルガの暗闇の中で電気灯に照らし出され、空中神殿のように浮かび上がっているだろう。


 門の中の社殿は迷路も同然だった。丘の上にあった始まりの小屋を中心に、数百年にわたり無計画に増築され続けた社殿は、僅かな見通しすらつかないものになっている。その中にあって、武装した黄衣派が潜んでいるとなれば、その危険度は迷宮を越える。独立派は戸惑って足が竦んでいるようだ。


 その中を僕とフレアは迷いなく先へと進む。内部の状況はおおよそ把握している。折れ曲がった回廊を巡り、庭園の橋を渡り、書院を通り抜け、少々後戻りもしながら、最短距離を選び続ける。その中で遭遇する黄衣派は全て、フレアが一撃で気絶させた。


(やっと着いたな)


 僕らの第一目標は発電設備だった。


(配線を潰すぞ。奥を頼む)


(分かりました)


 数分後、社殿を照らしていた灯りが全て消える。これで集団行動は更に難しくなる。僕にとっては、黄衣派も独立派も、どちらもが混乱している方が有利だった。


 作業を終えると僕は社殿の中心へと向かう。中心部には堅い警備が敷かれていた。だが灯が消えたことで混乱しているようだ。僕とフレアは大きく跳び上がり、屋根を駆けて警備を潜り抜けた。直後に独立派と警備との小競り合いが始まる。僕は人影のない中心部を走る。そして目的のものを見つけた。


(想像してはいたがこれほどとはな)


 古びたあばら屋の周囲は倉庫で埋まっていた。倉庫の中に入ると容器が積み上げられている。


(これは……)


 フレアが小さく呟き暗い倉庫の中を見つめる。もう空気の匂いで分かっていたが、確認のため、容器の一つを開けて、中を覗く。ぷんとソーマ独特の匂いが広がる。ちゃぷりと内容物が揺れる。当たりだった。


(この粘性の高い液体がソーマだ。それにしても、ここは保管をしているだけで、製造工場は別にあるようだな)


(……少し調べても、いいですか)


 フレアは容器の中の液体を見つめている。


(何か気になることでもあったのか?)


 僕はフレアを見る。フレアは液体に指を浸し動きを止めている。答えはない。


(五分だ。それ以上の時間はかけられない)


(分かりました)


 フレアはその場で座り込んでいる。僕はフレアを残して外に出た。そして周囲をもう一度調べて回る。乾燥させ、固形化させる機器や、出荷のための包装装置など、多くの設備があったが、中心となる製造設備が見当たらない。


 やはり迷宮の中だろうな。この下には迷宮側からは侵入不能の区画がある。そこには確実に何か、あるだろう。


 僕は迷宮への入り口を考える。少なくともこの周辺にはなかった。まだ調べていないのは、聖域そのものである中心の小屋だけだ。黄衣派とはあまりことを構えたくないが、ここまでやれば幾らやっても同じか。直接に調べてみるしかないな。


(ありがとうございました)


 そこで声が聞こえた。倉庫の中からフレアがゆっくりと出てくる。


(何か分かったのか?)


(成分を分析しました。これは、通常の麻薬ではありません。私たちが使用するナノマシンの一種です。おそらく医療用の有機オートマトン。それもターミナルケアを目的としたものですね)


(ターミナルケアってのは何だ?)


(治癒や延命ではなく、苦痛の軽減を目的としているということです。しかし、このオートマトンは、特定の個人のために調整されています。その個人以外に使用しても、問題の多いものとなるでしょう)


 フレアは社殿の中心部を見た。


(会いに、行かねばなりません)


 フレアの言ったことの意味を考える。僕はフレアを見つめた。


(陽電子脳がここにいるのか?)


(おそらく)


 フレアは静かに頷く。僕は呻く。黄衣派が何を考えていたのか、その意図が理解できなかった。


(行こう。確かめなければ何も始まらない)


 僕らは中心へ向かった。




 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇




 社殿の中心にあったのは、廃材で組み立てられたバラックだった。その裏庭には迷宮へと続く亀裂があった。亀裂は小さな祭殿の中にあり、極彩色の布で豪華に飾り立てられていた。僕らは祭殿の中の扉を開け奥に向かった。


 下方へと伸びる階段はよく掃除してあった。それは地下に伸びる円柱状の空間の壁際に、螺旋状に続いていた。後の時代に整備されたものなのだろう。歩くとぎしぎしと軋みを上げていた。僕らは足元に注意しながらも、全速力で駆け降りた。


 十分で最下層につく。円筒の最下部には、奇妙な台座のようなものがあった。その周囲には分厚い壁があるが、一点が爆破されたようにひしゃげている。扉であったと思しきそこを通り抜けると、白い廊下が続く。十メートルほどの廊下を進むと、広い空間に繋がる。エリアの底に広がっていたのは、奇妙な庭園だった。


 天井は十メートル近く上にあり、区画全体は百メートル四方を越えている。その中には奇妙な建築物が並び、よく分からないオブジェが転がっている。居住区ではない、と思う。だが生産設備がある訳でもない。いったい、何なのだろうか。


(……こちらです)


 フレアが歩き始めた。その足取りに迷いはない。オブジェや建築物の間を縫って進む。その先にあったのは見覚えのある空間だった。


(これは……)


 それはまさに神殿だ。水銀色に光る液体が青白いチューブを循環し、銀色の柱や歯車による精巧な機構が、ゆっくりと時を刻むように動いている。ただかつて見たものとは、パイプの数と規模が段違いで、フレアのものを精密機器の工場とすれば、ここは化学物質の精製プラントのようだった。


(ポータブル・ファクトリーです。私たちが単独で整備を行う際に展開するもの。ここがソーマの生産拠点で間違いありません)


 その周囲は人の手による装飾で飾られていた。黄衣派はこの存在を知って、祭り上げていたのだ。それがどういうことなのか、僕には分からなかった。


 フレアは神殿の中心へと進む。中心にいたのは巨大な残骸だ。人型ではない。幾つもの操作腕を備えている。強いて言えば、機械整備を主目的としているような、少なくとも戦闘用には見えない、そんなロボットだった。その外殻は大きく破損している。八つあったと思しき操作腕は四つしかなく、下肢は完全に失われていた。断裂した部分からは、モーターの欠片や人工筋肉が露出している。そのどれもが長い年月で劣化しきっていた。また中心部の装甲も幾つか欠損しており、奥には陽電子脳が格納されたブロックが見えた。


 フレアはロボットの装甲に足をかけよじ登ると、そのブロックに指を伸ばした。触れる―― ただそれだけの行為で、何かが変化した、そんな気がした。フレアは動かない。触れたまま静かに動きを止める。一分ほどでフレアは指を離した。ファクトリーが停止し自己分解を始める。


(何をした?)


 僕は尋ねる。降りるフレアは足場を確認しながら答えた。


(これまでの状況を教えてもらった後、私が把握している現状を全て伝え、同意を得ました。ここでソーマが生産されることは、もうありません)


 気付けばファクトリーは塵に返っている。そしてフレアはロボットの巨体に向けて、右腕を向ける構えを取った。茜色の輝きがフレアを包み、その右腕に巨大な手甲が出現する。閃光が走り、轟音が響いた。フレアの右腕から何かが放たれたのだ。その一撃は陽電子脳の収められた筐体を、完全に破壊していた。残骸が床に落ちてがらがらと音を立てる。突然のことに僕は呆然とする。


(何をした?)


(役割を果たし終えたなら、休息が与えられる。……当然の報酬でしょう)


 フレアは手甲をどこかに収めて静かに答える。その顔に感情は浮かび上がっていない。ただ決然たる意思を秘めて、視線は自分の行為の結果を直視している。いや、どこか羨ましそうですらあった。


(そうか)


 僕はそう言うことしかできなかった。僕はそのロボットを見上げる。その中枢は完全に破壊されていた。


 疑問はあった。陽電子脳がなぜこんなところにいたのか。何のために、ソーマを生産し続けていたのか。フレアはこの陽電子脳と何を話したのか。どういう風に同意を得たのか。そして、なぜ殺したのか。聞きたいことは幾らでもある。だが今はその疑問を晴らす時ではない。もうかなりの時間を浪費している。ソーマの製造場所を潰した。その事実があれば十分だ。これ以上、計画を遅らせる訳にはいかない。


(トランスポーターの部品の位置は分かるか)


 フレアは頷く。


(こちらです)


 侵入口の方角へと歩き出す。入り口から少し離れた倉庫のような空間。ガラクタに混じって、二つの山型の円盤のようなものが置かれていた。直径は四十センチほどで、厚みは頂点で十センチほどだった。重量はやはり重く、僕では持ち運べそうにない。


(これですね)


(機能は問題ないか)


(はい。しっかり稼動しています)


(なら、回収しよう)


 僕はその二つを紐で縛ると、フレアに背負わせる。


(地上に戻るぞ)


 僕らは急いで引き返した。




 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇




 階段を駆け上がり祭殿を出て、周囲を確かめる。地上の暗闇の中では、乱戦が続いているようだ。僕らは中心に留まり目的の相手を探す。ここに入る前、あれだけ姿を晒して誘ったのだ。僕らを殺す絶好の機会を逃すはずはないと思う。


(位置を確認できるか)


 フレアはじっと周囲を見渡す。その間、僕も状況を整理する。社はほとんど独立派に占拠されていた。生き残りの散発的な抵抗はあるようだが、それもすぐに途絶えている。あの戦力差を考えれば当然のことだろう。小屋を囲う防壁を盾代わりに、近付いてくる独立派を撃ちながら僕は迷う。このまま姿を現さないのであれば、この包囲された状態から脱出して、もう一度仕切り直さなければならない。それはかなり厳しい展開となるだろう。そこでフレアの返事が来た。


(いる、と思います。位置の特定はできていないのですが、確かにあの外骨格が駆動している痕跡が……)


 そこまで答えたところでフレアは一度止めた。


(いえ、発見しました。情報が届いているのでしょう。こちらに向けて一直線に近付いてきています)


 目論見通りの展開だった。だがそれは安全な道ではない。一歩間違えれば死あるのみだ。だがこの道だからこそ、得られるものがある。僕はフレアに告げる。


(手筈通りに頼む)


(本当にいいのですか?)


 既に目的は話していたはずだ。だがフレアは再度、確かめる。僕を心配しているのだろうか? よく分からなかったが、それでも計画通りに行動してもらう必要がある。だから僕は説明した際に言った言葉を繰り返す。


(僕が死んだら後のことは好きにするといい)


(あなたはやはり、ろくでもない人間ですね)


(そうかな)


 フレアはもう答えもせず、


(必要なら声をかけてください。五分以内に戻れる位置で待機します)


 言い捨てると飛び出した。暗闇の中を圧倒的な速度で走り抜ける。そのまま屋根に跳び上がると、一気に加速する。それを追える者はいなかった。そして僕一人がこの場に残る。


 ここからが本番だ。材料は揃っている。手順も明確だ。ならば後は腕次第ということだろう。絶対に成功させる。それだけのことだ。握り締められた拳をゆっくりと解き、五本の指を広げる。指は震えていた。僕は再び拳を握り締める。銃を構え直す。そして交渉相手が姿を現すのを待つ。

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