雨の日のランデブー

第3話 何もない日常

「お先に失礼します」


私はドアを開ける。


外はすでに真っ暗闇で雨。10時。


バイト先のカフェ、セイントマークから傘をさして、外に出る。雨足が強い。


今日は学校の授業で、体育の授業があって良かった。


体育の授業のある日はスニーカーで登校可だから、今日はスニーカーを履いてきていた。だから、濡れても乾きやすい。ローファーだと、一度濡れると、なかなか乾かないし、色が落ちてしまう。


暗い屋外に出ると、ガラス窓越しの店内の煌々とした明るさが一際目立つ。


その明るさで、自分の靴や傘が見えると、どこかに隠れたくなる。


スニーカーは、履き古しで、全体的に黒ずんでいる。紐は結び目の部分が擦れて、ほつれ始めている。


傘は、ビニール傘。一度骨が曲がったけど、自分で元に戻した。完全には元に戻らないから、一本だけちょっと曲がっている。


そして、これが私が夜遅くまでバイトしている理由。


学校にかかる費用は、ほぼ自分で出している。公立だから授業料というものはないけど、いろんな積立てとか。例えば修学旅行の積立て。ノートなどの文房具や参考書も買う必要がある。


あと、毎日の昼食代や、そして大きいのが携帯の料金。


だから、土日も含めて毎日、夕方から閉店まで、近所のカフェでバイトをしている。



私は、お母さんと二人暮らし。


お母さんは、飲み屋のママをやっている。彼女曰くスナックらしい。


当然ながら、大した稼ぎは無くて、日々の食費と光熱費で、ほぼ消える。貯金はほとんどしてないし、出来るほどの余裕は無い。


夜遅く店を閉めて、日付けが変わって午前に帰る。そのままお店に泊まる時もある。最近泊ってくることが多い。


私の家は、木造築30年以上の古い2階建てのアパートの2階。間取りは1DK。


食堂と台所は一つになっていて、その隣に襖で仕切られた6畳の畳部屋。


台所のすぐ後ろの食卓で学校の宿題をするので、それが食卓兼勉強机。


寝るのは、隣の部屋。


小学校や中学の時は、自分の持ち物が安いものだったり、古いものをずっと使っていたりなど、後ろめたい思いがあった。


「あれ買ってほしい」「これ買ってほしい」


小さい頃私はよくそう言った。でも、結局買ってくれなくて、やがて買うほどの余裕が無いということが分かってきた。


そして、高校に入ると、何となく自分の先が見えてきた。普通に学校を卒業し、普通に地元のお店に就職しするんだろうな。


私の人生の選択権は私にはある訳が無い。


私の人生は始まる前にすでに終わってしまった。


いつもと同じように、バイト先のカフェから自宅のアパートへ向け、第2公園の中の小路を歩く。


第2公園とは、近所の広大な公園。第3まであって、全部合わせて東京ドームの15倍の広さ。


家への最短コースで、むちゃくちゃ広い公園の中に入ってしまうと、大自然に囲まれて周りの住宅が見えなくなる。


天気の良い日は、満天の星空が見える。星明りと月明りと、あと遠くの街の明かりで、外灯がなくても明るい。


でも、今日は雨なので、空はどんよりと灰色。街明かりも何となく暗い。


早く帰りたい。


じわじわとスニーカーの中に水がしみ込んでくる。


早足で家に向かって、ひょうたん池という調整池の外周の小路に差し掛かる。右手は雑木林で、左手の眼下にひょうたん池。雑木林の木の枝が小路の上に覆うようにして、ここは他と比べて薄暗い。


小路の様子がいつもとちょっと違う。


端に少し大きめの黒っぽい丸太みたいのが転がっている。


木が折れたのかな?


通りすぎようと近付くと、木の幹の先端が2つに分かれてる、まるで人の足みたいに。


恐る恐るよく見ると、足があって、手があって、向こう側に頭がある。


「人?」


思わず、後退りする。


回り道しようかな?


でも、倒れてる人を放っておくのは、薄情ではないかしら?


その人の服はびしょ濡れで、所々破れているけれど、生地がしっかりして新しい。


雨は容赦なく、倒れている人に降り付ける。


怪我か病気かも?


「あのー、大丈夫ですか?」


反応はない。


「救急車、呼びましょうか?」


「んーー」


返事?うめき声?


でも、なんか若めの声。


そっと近付いて顔を覗き込む。


うっすらと顔が見える。


「あれ?女の子?」


周囲の明かりで照らし出される顔の目、鼻、口、あごにかけての輪郭がなんとも言えないほど整っている。まるで彫刻みたい。芸術作品。


でも、目は閉じたまま微動だにしない。


もう一度声をかける。


「大丈夫ですか?」


小さな声で、パワー何々と聞こえる。


??


聞き間違い?


「一応、救急車呼びますね」


肩とあごで傘の柄をはさむと、カバンから携帯を出す。旧式の折り畳み式。119をしようとするが、電源が入らない。


「あっ、バッテリー無くなっちゃったんだ」


携帯が古いから、バッテリーが1日持たない。


家に帰って、充電して、119する?でも充電にすごく時間がかかる。その間、雨の中にこの人を放っておくことになるし。


辺りに他の人は誰もいない。


私の家は歩いてもうちょっと。


見た所、大きな怪我はしてなさそう。出血も無さそう。


家まで連れていって、ちょっと休んでもらっている最中に充電して119しよう。


「立てますか?」


傘をいったん地面に置き、その人の片腕を持ち上げ、私の肩に担ぐ。


ずっしりと重い。


肩に触れるその人の体は、どこも硬く、でも弾力的。


あまり他人の体って触ったことないんだけれど、こんな感じなのかしら?


顔がすぐ真横に来たので、チラッとみる。まだ目をつむっている。


もしかして男の子かも?


でも、体が接するほど近くにいるのに男子を感じない。


なぜだろう?


片方の肩に学校のカバン、もう一方の肩に人を担ぎ、その手で傘を持つ。


ちょっと重労働。その状態で、その人の足を引きずりながら歩く。


「大丈夫ですか?」


全く反応が無い。


公園を抜けて、住宅地に入る。少し歩くと、私のアパートが見えてくる。


アパートの階段を荷物と人を担いで登るのは初めて。一歩一歩が重い。


玄関を開け、その人を肩から下すと、そのまま床に倒れ込む。


見た感じ、骨折や出血はなさそう。


「単に疲れてるだけ?」


家に入り、携帯を充電ケーブルにつなぎ、バスタオルを取ってきて、その人に掛ける。


室内の明るい中で、改めてまじまじと、近くでその人の顔を見る。


今まで暗闇の中を歩いてきたからあまり見えなかったけど、体つきはスラッとして、多分男子だろう。でも、顔は女の子と見間違う。


年は私と同じくらい。どこの高校かしら?


服は制服ではなくて私服だけど、かなり丈夫な生地。でも、あちこちに破れた跡があって、さらに雨に当たって、びしょ濡れの泥だらけ。


彼を横にしたまま、すぐそばの食卓で私は宿題を始める。


宿題が終わり、気が付くと11時ちかく。


さっき助けた人を横にしたままだったと気付き、振り返る。


彼はまだバスタオルを被って、横になっている。


まだ携帯の充電は終わらない。いつも一晩かかるから今日中には無理だろう。


どうしようか考えているうちに、私も眠たくなりいつの間にか食卓で熟睡してしまった。


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