第19話 記憶
真っ暗な空間を当てもなく彷徨っている。
時折現れるセピア色をした過去の記憶を闇に染めて自分の中に取り込んでいく。
一つ取り込むごとに闇は段々大きくなっていく。
闇の中でどのくらい過ごしただろう。
体感時間が完全に狂ってしまっている。
1日にも1年にも思える。でも本当は1秒にも満たなかったのかもしれない。
目の前にそれは現れた。
「……?」
目の前にある過去の記憶は他のものと違って黒く染められなかった。
何度闇で覆っても、その度にまた光る。
それどころか、光は段々と強くなっていく気がする。
私の闇を光が照らしているようでただただ不快だ。
光は形を作り、人の形になった。
見たことのある人。だけど、誰かが全然わからない。
でも、大切な人だったような気がする。
誰かわからないのを凄く悲しく思えた。
人影は、私に笑いかけ、そして私の背後を指さした。
振り返ってその方向を見る。
遠くに小さな光が見えた。
眼の前の人形とは違ってほんのかすかに光っている。
でもなぜかそれが気になった。
誘われるがままにそれに近寄る。
小さな豆みたいな光はなぜか闇で押しつぶす気に慣れなかった。
光をその手に持つ。
その瞬間、光が弾けた。
「ローズ」
それは優しげな声だった。
遠い記憶のどこからで聞いたことのある声。
あれはいったい誰の声だっただろう。
「お母様!」
私の口から勝手に声が出た。
お母様?ああ、そうかお母様だ。
今な亡きお母様。まだ生きていたころのお母様だ。
そう認識すると、目の前にはお母様の姿が浮かび上がった。
お母様は私を抱きしめてくれた。
お母様は、王族から放り出された私について公爵家まで一緒に着いてきてくれた。
外に出ることを許されず、一人寂しくする私をいつもこうやって抱きしめてくれた。
幼い私にとってお母様は全てだった。
「いい?ローズ、よく聞きなさい?」
私を抱きしめたお母様が優しげな声で言う。
「今は辛くとも、いつかあなたを本当に愛してくれる人はきっと現れるわ」
これは私が子供の頃にお母様に言われた言葉だ。
「そして、愛してくれた人の力になりなさい。大丈夫よ。あなたは強い子だもの」
私にその言葉を授けた後にお母様は亡くなった。
聞けば、蔑まれていた私を守るため、お母様は一人で立ち向かっていたらしい。
お母様が亡くなって、泣いている自分の姿を後ろから見ていた。
思い出した。
辛い過去だけじゃなかった、愛されていた記憶だってあったんだ。
そう、私はお母様に愛されていたんだ。
それを理解した瞬間、私の中に光が生まれた。
闇になった心と、光が混ざり合う。
これはどちらも私なのだ。
世界を滅んでしまえと思ってしまう、自分もいる。
だけど、愛されていた自分を否定することはできない。
お母様だけじゃない、お母様が亡くなって完全に一人になった私に、ここまで着いてきてくれた人がいる。
その人の力にならなきゃ。
そのためなら、この闇の、呪われた力だって受け入れてみせる。
お母様と約束したんだ。
私は強い子!きっとドルン様の力になってみせる!
決意を新たに、私は目を開いた。
「……無事に戻ってこれたみたいだな」
目を開いた私の前には、前と同じように私の頭に手を置いた魔女さんがいる。
その表情は安心した顔をしている。
「闇に飲まれた時は駄目かと思ったけど、助けられたみたいだね」
「……はい」
さっき見ていた映像はきっと私の心の中だったんだろう。
自分の中にあんなに黒い感情が埋まっていたなんて知らなかった。
でも、今ではそれも自分だとはっきりと言える。
「うん。いい目だ」
魔女さんが、私の瞳を覗き込んで満足気に頷く。
「これだったら、きっとあいつの力になれるだろう」
そう言うと、魔女さんは私から離れた。
「決意は、覚悟は決まったかい?」
にやりと微笑みながら魔女さんは私に聞いてくる。
「もちろん、やりますよ」
私の中に眠っていた呪いの力、その使い方が手にとるようにわかる。
手を伸ばして思うと、地面から手に向かって茨が伸びてきた。
「この力だって私の一部です。呪われた私だって私なんです」
茨を撫でながら魔女さんに返した。
魔女さんは再びニヤリと笑う。
「うん。それだけできれば十分だろう」
魔女さんは踵を返す。
「それじゃあ、行くとしようかね。大丈夫。送っていくくらいはするよ」
歩き出す魔女さんに私も着いていく。
さぁ、行こう。ドルン様の元へ。
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