第14話 お前がいないと駄目なんだ

 どす黒い感情に心が支配されていく中、ほんの僅かに残った私が「このままでは駄目だ」と叫んでいる。

 しかし、その反面「もういいのではないか?」と考えている私もいた。

 これまで生きてきた中でいいことなんてほとんどなかった。

 そんな私など生きている意味なんかないんじゃないか。

 そうして、わずかに残った私も消えていく。

 意識が完全になくなる、その直前。

 声が聞こえた。


「負けるな!戻ってこい!」


 聞き覚えのある声に意識が浮上した。

 いつもはもっと優しい余裕のある声なのに、とても焦っているように聞こえる。

 あの人がこんな感じになるなんて珍しい。

 少し笑ってしまった。


「お前がいないと駄目なんだ!」


 ああ、そうかこんな私でも望んでくれる人がいるんだ。

 だったら、もうちょっと生きてみようかな……

 意識が急速に浮上していく。同時にどす黒く染まっていた心が晴れていった。



 目を開けた。

 えっ?

 目の前にドルン様の顔があった。

 唇に柔らかい感触が触れている。

 ひょっとしてキスされてる!?

 驚きに目を見開いてしまう。

 ドルン様がそれに気がついたのか、触れていた唇が離れていく。それに寂しさを感じてしまう。


「……良かった。気が付いたみたいだね」


 何事もなかったかのようにドルン様が話し始めた。


「え、えっと。あの……今……」


 キスを、と聞こうとしたんだけど。


「良かった。とても正気じゃないように見えたから」


 ドルン様が指を差す。

 その先を見ると男が倒れていた。

 一見死んでいるように見えたけど、かすかに胸が動いているから生きてはいるんだろう。


「何が起きたか覚えているかい?」


「え、ええ。私……確か、刺されて……!」


 刺されたはず!

 慌てて自分の身体を見るけど、どこにも刺された後が見当たらない。


「夢を見た……と言いたいところではあるんだけどね」


 ドルン様が傍らに落ちていたナイフを拾う。

 そこには血がついていた。多分、私の血だろう。

 つまり、私が刺されたことは間違いない。

 ということはその後のことも?


「ああ、あの男はキミが倒した」


「私が……」


 覚えている。茨のようなモノが男を縛り上げたことを。

 しかし、今は茨はどこにも見当たらない。


「多分、キミが覚えているとおりだ。茨は間違いなくあった」


 やっぱりあれは現実にあったことなんだ。

 そうなると、あの時に感じた黒い気持ちは……

「おっと、それについて詳しく話したいところではあるんだけど、ここではいけないね」

 ドルン様が周りを見回す。

 さっきから静かだと思っていたら、子どもたちは全員倒れていた。

 それがさっきの私のせいだということは容易に想像ができた。

 きっと怖い思いをさせてしまったに違いない。

 反省をしていると、上の方からドスドスと音が聞こえた。


「おっ?どうやら応援が来たみたいだね」


 味方だといいけど、とドルン様が私を守るように立つ。


「動くな!……うん?ドルンか?」


 やってきたのは、鎧を着込んだ男性だった。

 ドルン様の名前を呼んだからきっと知り合いなんだと思う。


「やぁ、遅かったね」


 ドルン様が手を上げて挨拶をする。気軽な感じだ。


「心配はいらない。街の衛兵だよ」


 小声で私に声をかけてくれた。


「ドルン、敵はどうした?」


 鎧の男性は武器を収めてこちらに寄ってきた。


「見ただろ?大体倒したよ。そこに寝ているのが最後に一人だね」


 倒れている男を指差す。衛兵さんもそれをちらっと確認する。


「なるほどな。それでそちらの女性が……」


「そう、攫われた。うちの人だよ」


「なるほどな、自分の女が攫われてたから、あんなに焦ってたわけか」


 ドルン様の女!?


「びっくりしたぞ、いきなり誘拐犯のアジトを見つけたから手を貸して欲しいなんて手紙をよこされたからな。しかも、本人は先に突入してやがるし」


「……でも仕事としては楽になっただろ?」


「それはたしかに」


 衛兵とドルン様が笑いあった。


「さて、話はこのくらいにして、そちらの女性……、お名前は何ていうのかな?」


 衛兵さんがこちらを向いて話しかけてきた。


「あ、ろ、ローズです」


「ローズさん。大変心苦しいのだけど、お話を聞かせてもらってもかまいませんか?」


 ドルン様と話していたのとは違って丁寧な言葉遣いだった。

 私はドルン様の方を見ると、頷いて返してくれた。


「かまいません。できればドルン様と一緒にしていただけると……」


「わかりました」


「あ、それから子どもたちは……」


 未だに寝ている子どもたちを見回す。


「ええ、そちらもご心配ありません。確実に彼らの家に送り届けます。……おい」


 衛兵さんが後ろに声をかけると、その後ろからガチャガチャと音がする。

 よく見たら衛兵さんの後ろには、さらに沢山の衛兵さんがいた。

 暗くて全然見えなかった。

 横をすり抜けて檻の中に入ってきたその人達は次々と子どもたちを保護していく。

 その中には私と一緒に攫われたあの子もいた。


「それでは、ローズさんもこちらにどうぞ。ドルンも一緒な」


「ああ」


「はい」


 そうして、私はやっと檻から出ることができたのだった。

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