第16話 星に願いを

 ここは想いを寄せていた男の子と過ごした青春の場所。そんな彼は、今や神の腹の中。深い話に思わず聞き入っていたフレアは無意識に茶を一口、また一口と運んでいく。


 「そんな時にシオンと出会ったの」

 「随分と短絡的ね…」


 そうお気楽な笑顔を向けるアコナに突っ込んだ。





__________




 Story:1__シオンとアコナの出会い


 かつての想い人を気にもかけず、政府から与えられた魔方陣の筆記作業を一人黙々と描き続ける。その間もマキの功績は村中で話題になっていて、そんな話に耳を塞ぐいつもの日々を過ごしていた。昔と変わった事といえば政府からのマギアの注文が激減し村が貧困街へと下落していったことくらいである。そして時は流れ、当時シオンが寮生活を始めた頃のある日の夜。気分転換のためだけに初めて門限を破り、アコナは村の外へと出掛ける。その思い切った行動は少女の日常に思いもよらぬ大きな変革をもたらします。


 一人寂しく夜空を眺めていたアコナは治安の良いこの街に似合わぬボロボロのローブを着た怪しい人影を目撃した。面倒事を避けたがるアコナの性格上、普段なら追う選択はしない。しかし“非日常”というとてつもない魅力に吸い寄せられるように彼女はその人影の後を追いかける。そしてその人影は深い森の小道を通じ、反り立つ城壁に隣接した謎の抜け穴へと入っていきました。


 「マキ…?じゃないよね」


 その穴の先に何があるのか、あの人影は誰なのか。謎に湧き出る好奇心で進んでいった先でアコナは壁の向こうの別世界を目撃します。世間一般では政府専用の軍用施設だと知らされていたガイア区域、そこには兵隊の施設とは正反対の楽園が広がっていました。レンガ造りの高貴な街並みと貧しい故郷の村を重ね、ここに生きる人間のために働かされていた現実を知り一度ショックを受けるも、アコナはその悲しさを上回るほどに不思議と心が躍っていた。


 星降る夜空が天を滑る、美しい天井を見上げながら誰かを追いかけ大きなお城へたどり着く。そしてその者はあまりに素早い身のこなしによって城内へと消えていき、その日は捜索を断念した。一度村に戻り布団に潜る。あれは誰だったんだろう、マキだったとしたら何故このような事をしているのだろう、などと妄想を繰り広げ興奮が冷め止まぬ夜を過ごします。




 何も起きないこの国で何かが起こる初めての予感、そして壁の向こう側の食い物にされている現状は、当たり前にこなしていたマギアの錬成作業を苦痛へと変えさせた。ただ知りたいという抑えきれない欲に駆られ、マキを執拗にストーキングしたり、夜な夜な村を抜け出しては抜け穴付近で怪しい人影を待ち構えるという日課が生まれた。


 度々現れるその者を見つけては逃す。そう繰り返していくうちに、怪しい人物は毎週金曜日の夜、決まった方向に向かうルーティーンがあることを発見、そしてついにアコナはそれが向かった先、マスターの酒場オアシスへと初来店。盛大な音楽が鳴り響き、ジャンキーな空気に包まれた華やかな箱庭がお出迎え。そして太陽のような暖かな世界を背景に、ついにローブを着た目標ターゲットはフードを下ろし、精一杯頑張ったストーキングの末に辿り着いたご褒美にその素顔が明かされる__


 「ただいまマスター!」


 汚いローブに綺麗なお肌に蒼と緑のおめめ。モノクロの自分とはまるで正反対の、壁の向こう側の出店で見た飴細工のようなカラフルな女の子。お姫様でないことが不思議でならないくらいに華やかで、それでいてちょっと品のないところがまた可愛い。そんな少女が世界最高峰のハッピースマイルをふりまくその姿に、かつての想い人などとうに忘れ、問答無用で彼女の虜となった。








 Story;2__鏡よ、鏡。


 誰のせいでもないまま何かが狂い始める。そんな自覚も無しにシオンと急激に距離を詰めようとするアコナに、ひたすら引き気味な時期王妃様。それでも仲良くなりたい、ただそれだけの理由で酒場オアシスに通い、注目されようと世のゴシップや話題集めに必死になる。そんな事情など知らぬシオンはアコナに対し日に日に苦手意識が膨れ上がっていく。それからも酒場に入り浸るために金を稼ぎ、魔方陣を描くクソッタレな仕事をこなす。そして毎週金曜日の酒場で人の酒を奪う。自主的に未成年飲酒を繰り返す。その目に余る行動にマスターも少し目を付け始め出禁になりかける。またもシオンからはドン引きされ、




 ふと酔いがさめた。




 そんなある日の帰り道、何故シオンだけが壁の向こう側へと帰っていくのか疑問に思ったアコナは彼女の帰り道を先回りした。その結果シオンは巧みな身のこなしで木を伝い、やはり城へと帰っていくようで…


 「あんな子、村にはいないよね…?誰なんだろう」


 膨れ上がる疑問は歩みを止めさせない。さらに後を追い城に侵入、本棚や衣類ケース以外ほとんど物がない部屋で満足気に眠るシオンを発見。更に探索を進めていくと、ここが村の寝宿に似た女子寮であること、そしてシオンがただの学生であることを知った。私はなぜ彼女が壁を越えてまで、貧しく汚らしい酒場であれほど幸せそうな笑顔を振りまいていたのか、その訳を知りたくなった。


 さらに探索を続けていると当時城の地上にあった書庫に辿り着くと、その本棚の向こう側から発せられる禍々しいオーラを認識した。そこで引き返せばよかったものの、アコナはその気を感じる本棚から一冊の本を傾ける。すると変形した本棚から扉が開かれ真っ暗な空間が現れた。明らかに引き返すであろう暗闇の恐怖と謎の誘惑に一度は拒絶しても足が勝手に先に進み、誘惑を放つ鏡の前へと立つ。頭では絶対に触れてはならないと拒絶を示しているのに本能が受け入れたいと願ってしまう。




 『 楽になれるよ  』


 魂に寄り添い優しく囁く魅惑の誰かの声に抗えず、ついにアコナはその鏡に手を伸ばす__










 隠し部屋の起動を察知した警備兵が駆け付けたところ、誰もいない暗闇にただ一人、血まみれとなった警備兵の遺体が発見され、後に未公表の未解決事件となったこの一件から鏡と書庫の配置場所が見直されました。


 “マルファスめの鏡”という遺物がもたらす強大な効果範囲予測に誤りがあったと王は判断する。広範囲に渡り人のマイナス感情を吸い、強欲な人間を強く誘惑する効果を持った呪いの遺物は、反乱軍が予測した通り政治に使われていたもの。そして十中八九その欲にまみれた人間は鏡に触れ、兵を一人殺した。王によれば触れればその鏡の奥に住まう何かに憑りつかれてしまうらしく、一刻も早く鏡に触れた人物の確保に尽力することとなりました。


 「あの、我々は鏡に触れてしまっていますが⁉」

 「そなたらはそうならぬよう訓練しておる。だから白兵らには常日頃から己を律し、異国の神の教えの通り欲を捨てよと命じていたであろう」


 ひどく焦る白兵たちに王は言いました。




 「…この鏡はいつから割れていた?」







____________







 アコナは鏡の破片をポケットから取り出し、過去を振り返った。


 鏡が割れた日以降、永遠の解放感を得た私はマギアの錬成業務にもどって、変わらない日常を送った。それからほんの数か月で工場を抜け出して、何を思ったのか、気付いたら霧の森にいた。


 そこにいた天使は私をたべようとして、途端にやめた。清々しい顔をしていた私を見た神様は『なんかおまえ喰いづらい』って言ってきて、それが面白くてたくさんお話ししちゃった。そしたら、『シオンという人間をどうしても見つけ出さなきゃならない。ここに連れてきてくれたら特別にどんな願いでも叶えてあげる』って言われたから、『どんな願いでもいいのね?分かった、連れてくる!』って言った。


 それからシオンをどうやって森に誘い込むかを考えるようになって、街中に噂を流したり、政府さんからお金をもらってスパイとして活動してみたり、思いつく限りいろんな策を試した。こうして反乱軍の一員として時を共にするうちに色んなことがあって、初めはマキと一生一緒になりたいって願いを持っていたけれど、神様は彼を食べちゃったと聞いてから、野望は変化した。


 “鏡の破片に触れさせて、死ぬまで私と一緒の気持ち。死に様も、死に場所も、犯した罪も、逝きつく地獄もぜーんぶ一緒。大きな箱庭の国を大きな流れ星で蓋をして、潰されゆく世界の滅亡を一緒にじっくり眺めたい、と。














 「たとえ如何いかなる罪にまみれようとも、命と時間を貢ぎ、愛するシオン様の、高く積み上げられた幸せの絶頂を一気にどっかーん‼更地に戻すの。思いつく限りの最高のサプライズプレゼント!ねぇ、素敵だと思わない?」


 その発言を機に露わとなったアコナの狂気の笑み。真の悪を確信したフレアは怒りに任せ身の回りに炎を巻き散らし、悪寒と吐き気を振り払い鏡の破片を狙う。無防備の彼女なら制圧できると思った。しかしそんな思いを内側から崩壊させるようにフレアは呼吸を激しく乱し、無様に地にひれ伏した。


 「狂ってる…なんなのよその鏡は…」

 「…特別な鏡なの。あなたには触らせてあげないから」


 そう冷たくあしらうアコナ。倒れた反動で机のティーセットは落下、辺りに薄紫色の花弁と液体が巻き散らされたところで、狂気の権化は苦しみもがくフレアを置いて、血まみれの男の遺体が転がる部屋の外へと出て行った。




 悪役のモノローグに一度同情し、茶を飲まなければ…そんな後悔に視界が溶けていく__


 「逃げて…シオン…」





_________




 やわらかな砂地と冷えた空気に頬を撫でられ、はっと目が覚める。目を覆う黒い布がほどけた視界の先にはいつぞやの神社“海抜の泉”と、その水面にて宙を舞う天使が一匹。人間というゴハンをねだり迫る。


 腕を後ろで拘束されたまま地べたに這いつくばるシオンの傍で、ここに来た村人の一人であろう男が魔法無効化のマギア銃を構え全身を震わせている。その無効化マギアですらもクリオネの捕食を止めることはできないようで、男は捕食され

神秘的な蒼白き世界は赤黒い液体に染まっていった。


 目の前で誰かが殺され、次は自分の番。そこには恐怖など感じない。フレアがいないという心配事が気が気でしょうがない。それでも慈悲を知らぬ神は容赦なくシオンに牙を剥いた__




 一度、城の屋上から落下を許した娘の手を引き、その身を救ったのは王ドラセナ。腕に巻き付いた触手をそのままに神を地に叩き落とし我が娘を守ります。


 「父さま⁉」

 「奴は願い力を解放する時以外、魔法の無効化は意味を成さぬ。魔力の心臓部を覆う水の衣がそれを許さない。それらを引き剥がせるのはシオン、母の力を譲り受けたお前しかいない。自分勝手が過ぎるのは分かっている。だが今は時間がない」


 それは驚きだ。水を操るという地味な魔法がまさかそのためにあったとは。ただ、散々禁止してきた水の力を法で縛っておいてこれだ。母も母で、化け物を締め上げるためだけに、死に際に力を託し魔力を不安定にさせたというのだろうか。正直ここまで来て両親のエゴに振り回され、バケモノと戦う羽目になっているのは納得がいかない。断って、皆ここで死んでバッドエンドも悪くない。


 …それでもラスボスが襲いかかろうとしているこの状況、散々私や反乱軍のみんなを困らせた罰は全てが丸く収まった後に受けてもらうとする。戦いたくはないけれど、この時のために修行しておいてよかったと思っている。平和のためにやらなくちゃいけないのなら__


 そう腹をくくり、再び襲いかかる触手を討ち祓った。


 


 














 神自身を手に取るように操作し、水の衣を引き剥がす努力をした。こねくり回して、引っ張ってみたり、子供の頃にやった粘土遊びを楽しむように戦った。魔法を上手に扱うマキの姿を思い出してみたり、絵本の中の勇者様だったらこんな感じでカッコよく戦うのかなって、想像で真似て動いている。それができたのは多分、毎週金曜日の恒例行事に夜の街を飛び回り、常日頃から空想の勇者ごっこをしていたからだろう。それともう一つ、魔法の基礎稽古をつけてくれたロエナ師匠のおかげもある。そんな師匠の言葉はこうだった。


 『私も時々忘れちゃう魔法の基礎を言い忘れていた。魔法をかける対象への思いやりが大事なの。それが人でも物でも関係ない。どれだけ相手のことを考えて、想像を膨らませられるか。更に言えば常識も知った上でその常識を逸脱すること。水だからこれしかできないだろうじゃなくて、水も燃えるかもしれない。雷も羽ばたくかもしれない。そうやって想像の限界を超えてみるんだ。魔法にできないことはない。そう心に刻むの』


 そんな助言もあって今、母と対峙したであろうバケモノと相対あいたいしている。




 対する王の目には実の娘が妻を殺したバケモノと勇敢に戦う姿が写っていた。凄まじい動体視力に素早い身のこなし、華麗に魔法を操り、毛嫌いしていた絵本の中の勇者の如く、神の猛攻を振り払っている。どこで覚えてきたのだろうか、その勇ましき姿は亡き母の背と重なる、偉大な大魔法使いそのもの。魔法を禁ずるこの国で、娘はたくましく成長していて、その光景に王は感極まった。


 王妃ハイドレアのいわゆるママ友、幾度となく命を狙った罪人ロエナ・フリージア。その余計だと思っていた入れ知恵のおかげで娘は生きている。そのことに一体どれほどの感謝と謝意を表せばよいものか。しかし今どれだけ恨まれようが必ず神を葬らねばならない。そんな思いを胸に、転がっていたマギアの銃口を無力にも神に向ける。


 無効化のマギアが決定打となること、王が生前の妻から伝わっていた遺言から得たヒントから繋がったものだった。『私の死後、すぐにクリオネは力を弱める。その時を待ち、心臓を討ち取ってください』この遺言の通りにクリオネは弱まる素振りを一切見せなかったことからも長きに渡り間違っていると思っていた。しかし、それが目に見える形に現れていないだけで、妻の魔法とやらが本当に機能しているのであれば、打開の鍵を託されたシオンなら水を引き剥がすことができるのではないかと王は考えます。


 全国民の命を預かる王として与えられていた課題は、心臓から脈打つ魔力の血流を止めるべく、“魔力循環”を完全停止させるマギアを完成させること。そして最後に残された試練として、シオンと和解し神に立ち向かわせることのみ。幸いにもクリオネには意図を悟られていない今、どうにか一瞬の隙を見据え、腰に据えた短剣で血塗られた箱庭の歴史に終止符を討てる…今この時までは思っていた。




 あまりにも手応えがない、拭いきれない違和感。シオンの努力も虚しく水の衣を引き剥がすには程遠い結果となった。その引っ張り合いに難なく耐えるクリオネは呆れたように攻撃をやめ、シオンとの対話を再開する。


 〔数十年、今と同じようにボクの身体を引き裂こうとした水の使い手がいた。キミのおかあさんだ。あいつも大したことなかったけど赤子を守って、増援が来たらどっかに消えて行っちゃった。それから王は無様にもボクの力を欲しがった。滑稽だよねぇ‼お母さんを生き返らせて欲しいあまり黒歴史を握らせるだなんて。〕


 べらべらと楽しそうに神は喋る。王が妻を生き返らせたいと願ったことに間違いはない。しかしそれはシオンを寮に入れる以前のこと。長い年月をかけ溜め込ませた願いの力は正しく管理しなければいずれ誰かに悪用され大事に発展しかねない。そのために政府は、魔物が住む噂を世に流していたのに、誰かが願いを叶える精霊の噂を流し計画を邪魔していたのだ。その黒幕がシオンであると疑っていた王であったが、それは今本人の証言によって誤解は解かれることとなった。


 〔ざんねんだけど、力は人間がなければ成り立たない不便なものだ。幸いにもボクは二千年以上も前に“しゃべる”という能力を付与してくれた人がいて救われた。人類最大の発明であり武器でもあるそれはボクにとっても最初に手に入れた希望、結界から脱出するための対抗策、“言葉”という名の武器を得た。それでも人をいくら喰っても腹が満たされるだけ。人を喰い続けることをゆるしてはくれない人間は絶対に、ボクをここから解放しないのだから〕


 2000年以上も昔、ボクをこの地に封印したクソ賢者がいた。そいつはボクの力を人間の願いに頼らざるを得ないよう強力な呪いをかけた。始めは近づく人間を無差別に喰い荒らしたら誰も封印の地に訪れなくなって、それから100年もの間一人になっちゃった。次の世代に期待した。バケモノの伝承が消失するまで800年もの時が過ぎたある日、久しぶりに人間がやってきて、その時は欲を抑えきれず幼い子供を食べた。それから襲ってきた家族もみんな食べちゃった。そんなことが永遠と繰り返される中、君達新世代が捨てられたこの地にやってきて、ボクはしゃべれるようになった__


 ちなみに、クリオネ曰く死人を生き返らせる気はないものの、死んだ本人の肉体、細胞、DNA、全てを模した個体を生み出すことは可能らしい。


 〔ボクは数々の優しい人間に助けられてここまでこれた。色んな人間と交渉をして、色んな計画を立ててきて、結界を破ることのできる需要と供給が一致した願いを抱く人間を見つけたんだ。そしてボクの夢が叶う時が来た〕

 「誰がそんなことを…」




 その時、泉の地へ到着せしその黒幕はゲートを潜り二人の背後に迫る。砂を裂く足音に青き世界に揺らぐ白き髪。割れた鏡を携えし破壊者が満を持してやってきた。遅れて振り返ったシオンの視界の先には、ドラセナの腹に鋭利な何かを突き刺すかつての仲間の変わり果てた姿。そうなる前に阻止は間に合っていたはず、それなのに身体が動かなくて、血吐し砂地に倒れゆく父親の元へと駆け寄るまでには至らず、その場で立ちすくみただ唖然としているだけ。


 そしてアコナは動き出す。引き抜いた鏡を手に、シオンの元へと笑顔で駆け寄り押し倒しては手を狙った。馬乗り状態となったシオンは血塗られた鋭利な何かをおしつけようとするアコナの手首を必死で抑え、それに触れぬよう必死に抵抗する。


 「アコナ、あんた…何で⁉」

 「あなたのお父様のようにタダでは殺さない。だから大人しくしててお願いすぐ終わるから‼楽になれるから‼シオンのこと大好きだから‼星と一緒になろう‼」

 「好きなら離して‼狂ってる‼」


 取っ組み合いに揉まれる中、その血まみれの鋭利な何かに自分の顔が写り、そこで気付いた。それはロエナが書庫で遭遇した鏡の一部で、アコナがまるで正気を保てていないように、それに触れたら自分も終わる、神と結託され世界も終わる。


 〔アコナ、そいつは後回しでいいから、はやくこっちにきて願いを祈って〕


 そこで高みの見物をしていた神はついに口を挟んだ。星を降らせ、タダでは殺さない、共に世界の滅亡を眺めて共倒れ。非常にまずい。そうなれば結界を脱したいクリオネの需要も満たした願いとして成就されてしまう__




 「お友達はみんな死んだよ」


 アコナは突然そう言って、心臓が止まりかけた。




 世界が滅べばいい。みんないなくなっちゃえばいい

 星に願いをなんてくだらない。星が降ってきてしまえばいい。

 そんな願いは遥か昔に、確かに願ったことがあった。

 

 

 『楽になれる』 『世界滅亡』

 そんなふざけた誘惑や思想が、本心に染まりきるには、狂っていなければ起こり得ない。そのような望みを自分が“虐待ノート”にも書いていたように、いじめられたり、親に叱られたり、学校で人に笑われたり、どんな些細な嫌なことでも、積み重なれば誰でも人の命をも奪いたいと思う事はある。それが人間という生き物だ。しかし世界滅亡への引き金を目の前にして、冗談に思い留まれない人間がいるとは、どうしても思えない__


 自分は絶対大丈夫。決して闇には染まらない。考えるまでもない。そう思っていたはずなのに。


 ちょっと状況が変わった途端、鏡の誘惑も、世界滅亡も、


 受け入れたいと心変わりしている本心の自分が、


 小さな鏡の奥に写っている。


















 視界も思考も崩壊し始めて、アコナは付け入るように、やさしく笑って私を抱きしめた。そしたら涙があふれ出て、心も体もぐちゃぐちゃにされ、鏡に触れてしまったかさえ分からぬまま、クリオネは突如天を見上げ、


 〔星がやって来た〕


 そう告げ、濃霧の雲海を突き抜けた遥か彼方の上空に、巨大な黒点が出現した。




続く

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