第7話


 城ヶ崎という男だった。



 下の名前はわからない。結局尋ねることもなく別れてしまった。男っ気の多い奏恵の来歴の中でも、トップクラスに早い別れだった。



 それ自体はいい。奏恵からしても、大して興味の湧かない相手だった。マッチングアプリでの会話が悪くなかったから、一回食事をしただけに過ぎない。



 気に食わないのは、奏恵がまたいつか、と遠回しに別れを切り出したのを、『貴女がそう言うなら』と、すんなり受け入れたことだった。いきなり渡された百合柄の化粧ポーチについても、返せ、とすら言ってこなかった。



 まるで自分に興味が無いかのようだった。



 二度と会ってやるものか、と思っていたが、弓塚の死の直後、ここ最近の男運の無さに辟易とした頃にふと思い出して、連絡を入れてみたのだ。



 初対面の印象は悪く無いはずだ。だからプレゼントをいきなりくれたのだ。そう思い、久しぶりにメッセージを送ったのが、一週間前のこと。



 返事が良ければまた食事くらいはしてあげるつもりだったが、一度も返事は来ていない。それが癪に障り、ほぼ毎日メッセージを送り続けていた。



『お久しぶりです。またお食事でも如何ですか?』



『こちらは次の金曜日が空いています』



『もしかしてお忙しいでしょうか?お返事いただければ幸いです』



『何か気に障ることでもありましたか?』



 丁寧に送っていたメッセージは、回数を重ねるごとに化けの皮が剥がれていったが、奏恵自身にその自覚はなかった。



 駅に着き、傘を受け取り、戻りの電車に乗るまで、都合八度ほど画面を確認したが、返事は来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る