文芸部中久保カツミ

金子ふみよ

第1話

 文芸部に入った理由と言うのは、先人たちのお知恵を拝借するためであり、決して彼が文学作品の愛好家であるとか文筆家を目指す志を持っているとかでは、ない。

 彼が情報収集を欲した書物の歴史の光物というのは言わずもがなである、何か。彼が十七の青年と上げれば明々白々だろう。すなわち、恋とは、である。

 十一月のこの日も文芸部室に赴いている時点で、彼が満足しうる鉱脈を探し当てていないことは言うに及ばず。一人、他の部員が来ることを待ちつつ、探求に余念がない。彼が開いた一冊、すなわち武者小路実篤『お目出たき人』である。読み進めながら、一抹に思ったことがある。もう少し早く読み始めていれば、と。であれば、先日の文化祭に発行した文芸誌の担当した数ページもいささかでも多角的に叙述できたのではないか。とはいえ、文字通り今更である。こうして今読んでいるからこそ回顧できるのであり、読んでいなければ想起したかどうかさえ断定はできないのである。

ページを改めた拍子に顔を上げて、小さく息を鼻から吐いた。

「女の子と書いて、好き。勿れを心が直角の支えとなったらと書いて、惚れる」

 漢字博士ではないし、電子顕微鏡で近視眼しているわけでもないのだが、そんな分析をしでかす理由が高二の秋だからというのはセンチメンタルすぎるかもしれない。ただ、中久保カツミとて異性を好きだなんだのが全く分からない、というわけではないのである。あの歌手は好きだし、あのタレントは好きだし、川波聖羅は好きだし、静間秀子は好きだし。つまりはこの学校に好きと思う女子が二人いるのだ。味噌とんこつラーメンと野菜味噌ラーメンの甲乙つけがたさを彼女らの比喩としたら、非難ごうごうの炎上となるなんてことは重々承知の上であえてたとえ話に出したのは、彼女らの好物であるという以外にはまさにどっちも好きとしか言いようがない事をわずかでも理解していただけないだろうかと彼としても苦肉の策だったわけだ。付け加えて言うならば彼はだからと言って二人にちょっかいを出している、というわけではない、という点だけでも前もって了解していただきたい。好きと交際との間には走り幅跳びでも一筋縄ではいかない距離がある。あるいは走り高跳びの飛躍か。つまり、彼としては好きを自覚している、が、交際に至るまでの恋心かどうなのか、というのが彼の頭を悩まし続けていたのである。そこで中久保カツミは物語という歴史の中の先人たちの知恵に救いを求めた、といういきさつである。だから、恋が分からないって言っているのだから、それが恋愛ともなれば、さきほどの漢字分解をしたところで困惑一直線なわけだ。

「友情、これもまた難しい」

 などと脇道にそれてしまうことも思春期とカッコに入れてご容赦願いたいとは彼の希望である。

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