薔薇の姫の行方 8
「平和な薔薇園の領主が、リリア神殿を破壊するか?」
「少々、門の建付けがお悪いようです。僕のレティシアが驚かないように、優しくこじあけたつもりなのですが」
「フェリス様。天井が壊れてしまいました。お怪我はありませんか?」
氷の剣があちこちに散乱してるし、フェリス様に何か刺さらないか心配……。
「……つくづくと、おかしな娘よの。そなた、その男が怖くないのか?」
永遠の虚無を写すガレリアの王の瞳が、さも物珍しそうにレティシアを見つめていた。
「……こわい? なにが? わたしがもう一人いるほうがよほど不気味かと……?」
レティシアはフェリスの腕の中から、不思議なことをとヴォイドを見つめ返した。
うう。増殖してごめんなさい、フェリス様。いえ私が増えたかった訳ではないのですが……。
「……そこな魔導士。私のレティシアに、何を?」
もう一人のレティシアの生みの親の魔導士は氷の剣で床に縫い付けられていた。
「……な、何も! レティシア姫の御髪を、一本! ほんの一本拾いましたのみで!」
「その子はレティシアの髪からできているのか?」
「……フェリスさま……」
琥珀色の瞳で、もう一人のレティシアが哀し気にフェリス様を見上げている。
私よりだいぶ乙女度があがってない、もう一人のレティシア?
「それは傀儡だが、そのレティシアの望みとて真実であろう? おまえのレティシアとて、生まれた国を追われたことを、サリア王家を怨み、復権を望んでいるはずだ。レーヴェ神の血の濃いフェリスは、愛する姫レティシアが望むなら、王冠を欲すだろうと魔導士や神官が申したぞ?」
「みんなどうしてフェリス様の気持ちを勝手に決めるの。フェリス様の気持ちはフェリス様のものなのに」
むうっと小さくレティシアがぼやいたら、抱き締めているフェリスが聞きつけて笑いだした。
いえ、フェリス様、笑ってる場合ではない気がしますが……。
「そうだね。僕の気持ちはレティシアだけのものだ。他の誰にもかかわりがない。逢ったこともないガレリアの魔導士にも神官にも王にも、僕の心なぞわかるはずもない」
「ガレリアの王様は、竜王陛下に似たフェリス様とこの世界を変えたいと……」
「レティシアは? サリアの王位に未練は? ディアナの王妃の座に興味は?」
「ありません。私の現在の目標は、薔薇とシュヴァリエとディアナに詳しくなって、フェリス様をこのようなおかしな敵からお守りして、フェリス様に美味しいごはんをたくさん食べて頂きたいです!」
王家の娘だから、王になりたかったとか、王妃になりたかったとかじゃないの。
サリアと父様母様の為に役に立てなかったことは死ぬ程悔いているけれど。
一人残されて、父様と母様の娘として、何ができるだろう? て考え尽くして、他にできることがなかったから、ディアナの王弟殿下のところへ嫁いできた。
結婚相手のフェリス様がどんな人で、何を望んで、何に傷ついているか、何も知らずに。
もしもこんな子供の妃はいらないと言われても、ディアナ王宮は広いだろうから、隅っこにお部屋を貰って暮らせればいいなと。
レティシアはフェリス様のことなんて何も考えてなかったのに、フェリス様はレティシアは何を喜ぶだろう? 何を怖がるだろう? て考えてくれてた。
シュヴァリエの薔薇祭をフェリス様と過ごしていたら、「民を想う」と言うのはこういうことなんだ、と言葉で教えられなくても感じることができた。
ガレリアの王様がどうしてフェリス様をディアナの王にしたいのかはわからないけど、シュヴァリエの人が心からフェリス様を慕っているのはシュヴァリエにいると納得できた。
「サリアの姫は大人びたことを言うようでも、やはり子供なのか? 大人の話はわからぬか?」
子供っぽい? そうかも知れない。
私は前世の記憶を持ってはいるけど、いまの自分が大人だとも思わない。
この身体はくまちゃんとバスケットで手一杯になる身体だ。
でもサリアの王冠を狙えって話に乗る気にならないのは、子供だからじゃないわ。
叔父様の圧政にサリアの人が喘いでるというなら、薔薇園領主の妻修行よりそちらに気を向けるけど、いまのところ叔父様は私には意地悪だけど、税を増やしまくって民を苦しめてる訳ではないわ。
そして、フェリス様は……
「他国の姫、他人の婚約者を誘拐するのは、大人のすることですか?」
不愉快そうにフェリス様がガレリアの王らしき人を見ていた。
「そのような物騒なことはしておらぬ。少々、話がしたかったので、レティシア姫を茶に招いたのだ」
虚無な瞳のヴォイド陛下は、何処か楽しげだ。フェリス様がここにいらしたことが嬉しいんだろうか?
「御茶、頂いてません!」
招かれてもいないし、御茶も出てないわ!
そのうえ、私をもう一人増やされたわ!
そんな御茶会、お義母様の怖い御茶会よりひどいわ。
「私の義母上の女官を騙り、私の婚約者を罠にかけた。……何の為に?」
フェリス様の声が昏い怒りを含んでる。
「ディアナの氷の王弟殿下が気に入ったサリアの姫を見てみたかっただけだ。そんなに怒るな」
さすが、腐っても他国の王様というか、とぼけ方も堂に入っている。
「……怒らぬ理由を見つける方が難しいですが……」
怖い思いさせてごめんね、レティシア。何かされてない? とフェリス様がレティシアの頬を撫でてくれる。何も、とレティシアは首を振る。
「……ガレリアの王様は……どうしてフェリス様を御望みなのですか?」
「僕にもわからないけど、この貌じゃないかな? ディアナのレーヴェ神を従えるようで見栄えがするのでは?」
フェリス様。いえ、そうなのかもしれないけど、もうちょっと言いようというものが……。
「余に従うような男か? こんな怖い男が? ……そなたの婚約者は、味方にしたら、百万の軍勢よりも価値があると思わんか、レティシア姫?」
「想いますが、フェリス様は、ヴォイド陛下よりも、ディアナの兄上様を慕っておいでです。推しの心は、推し自身のものです。信者の自由にはなりません。諦めて下さい」
「オ、シ?」
あ! いけない、こんなのに推し活の話しちゃった!
だってヴォイド陛下のフェリス様愛というか、推し活、方向性間違い過ぎで……。
「レティシア……、怖いめにあわせてしまったのに、元気そうでよかった。愛してる」
「? 私もです。お慕いしてます」
大変なときなのに、また、フェリス様のツボを押して笑わせてしまった。
「マリウスなど偽の王ぞ? そなたの婚約者のフェリスこそがディアナの正統な王の器だ」
もう、この陛下、私の話、ぜんぜん聞いてくれてない……。
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