第274話 うちの姫の護衛はくまのぬいぐるみ

「フェリスさまー」


「レティシア?」


ドアを開けると、くまのぬいぐるみと本を抱えた婚約者殿が立っていた。


「くまちゃんも来たの?」


王宮ではフェリスとレティシアの部屋が遠いから、夜一人で歩くのが心もとなくて、レティシアはこのぬいぐるみを連れてるのかな? と思ってたけど、隣でも移動には必要なようだ。


「はい! 夜這いには、やっぱり、くまちゃんと一緒にいかないと! と思って」


元気にお返事されてしまった……。


「レティシア、夜這いではなくて、読書……」


レティシア的には、夜這いは「夜、フェリス様の部屋で二人で御茶会すること」ぐらいなのだと思うが、その言葉はよそでは使わぬように気をつけてあげないと……。


そもそも夜這いであれば、訪ねていくのは、フェリスのほうのはずだが……。


「はい! 持ってきました、御本! きゃー! 可愛い……」


ようこそ、と導き入れられて、くまのぬいぐるみと共に入室したレティシアは、フルーツや御菓子の配置されたテーブルに気づいて、琥珀の瞳を瞠った。


「ああ。夕飯食べてるから、とは思ったけど、何か摘まめるものもと用意して貰った。……我が家に姫を迎えたことへの、厨房の者の浮かれ具合がよくでてるよね」


フェリスも婚約内定時点よりは、レティシア本人と気があって喜んでるのだが、フェリスのもとで働いてくれている者たちにとっても、フェリスの結婚というのは大きなイベントなのだなとしみじみ折に触れて実感している。


「フェリス様、御菓子の家です!!」


砂糖菓子で、シュヴァリエの薔薇畑や、到着したばかりのレティシアの馬サイファや、フェリスの邸、ちいさなレティシアとフェリス、歓迎するシュヴァリエの人々、などを模して作ってくれたのだが、レティシアの琥珀の瞳は釘付けだ。


とっても可愛い(菓子の家でなく婚約者殿が)。


凄く嬉しそうなので、このレティシアを、菓子を作った料理人でもないフェリスが独り占めしているのが申し訳ないほどだ。


「と、とっても可愛いですが、こんなには食べられないかもです……」


「うん。祝いの菓子というのは、下賜されると、福が分け与えられるそうだから、レティシア様に少しでも喜んで頂ければ、と言ってたよ」


とはいえ、フェリスもあまりの料理人の気合に、王宮でいやになるほど豪華な結婚式を挙げるからと、シュヴァリエでも省略せず、結婚後の宴もちゃんとしてあげないとな……と想ったので、厨房の熱い気持ちは伝わった。


自分の婚礼などとなると、自分には熱意の薄いフェリスはつい何でも省略しそうになるが、それではよくない、レティシアにも家の者にも申し訳ない、と婚約期間を過ごしつつ学んでいる。


「夜遅くに摘まむのは、いちごの方が、体には優しそうだよ」


「いちご!!」


いちごももちろん、皿にもグラスにも山と盛られている。


レティシアがいちご大好きなので、この春は人生で一番いちごを食べているかも知れない。


可愛らしい婚約者殿に誘われて、いちご摘み迄してしまった。


レティシアといると、フェリスの初めてする経験、がたくさん増えていく。


それが少しも嫌ではない。フェリスも楽しい。


「はい。御菓子の家は壊すのがもったいなくて、ずっと眺めてしまいます」


食べてしまってもなくならない、安心して帰れる家を、これからふたりで作っていかないと……。


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