第39話 バスの中にて

39話 バスの中にて



「それでは発車します。みなさん、シートベルトの着用にご協力ください」


 バスが動き出す。


 車内は未だ騒がしく、校外学習の準備として臨時で組まれた「校外学習係」が編集した流行り曲のプレイリストの再生も始まったことでその熱はより強まっていく。


「へへ。なあ、目的地に着くまで何する?」


「うーん、そうだな。一応お菓子くらいなら持ってきてるから食べられるけど」


「バカ、違うっての。いやまあほれも大切だけどな? お菓子ぽりぽりしながら雑だってだけじゃあ味気ないだろうが」


「それはまあ……」


 とはいえ、なぁ。


 さっき葵のことを揶揄っておいてあれだが、実はというと俺も昨日あまり寝られなかった。興奮と緊張のあまりベッドの上で悶えたり妄想したりを繰り返しているだけで朝を迎えてしまったのだ。目にクマが残らなかったことは幸いだったけど、朝バタついてたせいでそういった準備は全くできていない。


「ま、晴翔は何も持ってきてねえだろうなと思って色々用意してきた。ほら、これとか!」


「えーと、なになに? ウニョにトランプ、それに……あとはお菓子ばっかりだな。色々って二つだけ?」


「ふ、二つありゃ充分だろ! 何も持ってきてない奴よりマシだっての!」


 そこを突かれると痛いけどな。


 色々用意してきた、と言って葵が見せてきたビニール袋の中に入っていたのはその二つのカードが入った箱に、大量のお菓子類。


 宿泊するテントの中でこれを広げたら盛り上がりそうなものだが、生憎この場では……


「ウニョって二人でできるのか?」


「……やったことない」


「トランプは二人で何するんだ?」


「ば、ばば抜き……とか? あと神経衰弱?」


「それを数時間?」


「……」


 コイツ、さてはたいして考えずに選んできたな。


 まあ確かにウニョとトランプといえば「とりあえずこれがあれば」の代名詞ではある。実際大人数でやれば基本的に盛り上がるし。


 しかし二人となると話は別だ。できないことはないんだが、おそらく何回もやろうとはならない。戦い方が単一になってしまうから数回が限界だろう。


 となればやはりトランプか。こっちはまあゲーム数は中々に多いカードだし。これに飽きたらこれ、と繰り返し使って時間を潰すことはできる。二人となるとこちらも中々絞られるけど無いよりはよっぽどいいか。


「ま、まあとりあえずやるか。せっかく持ってきてくれたんだしな。時間余ったらその時考えよう」


「ほんとか!? うっし、じゃあばば抜きやろうぜ!」


 一瞬しゅんとした表情を見せた葵だったが、それを察しトランプを手に取って見せると簡単に表情が豹変する。やりたかったんだな、トランプ。分かりやすい奴だ。


 そういえばコイツ、昔は結構トランプにハマってたっけ。部活で忙しくなったり、遊ぶ手段として俺が買ったゲーム機が選択肢に入ってきたりしたからやる回数は減ったけども。案外良い盛り上がりを見せてくれるかもしれない。


「ふっふっふ。シャッフルは私に任せろ! カードシュババババッ! って混ざるやつ得意で……わぶっ!?」


「はぁ……何やってんだ」


 きっとリフルシャッフルをやりたかったのだろう。カードの山を二つに分け、思いっきりしならせながら交互に入れていくことで混ぜるアレだ。


 が、下手も下手。案の定ミスった葵の手からは大量にカードがこぼれ落ちる。


「貸してみ。お手本見せてやるから」


「やーだーっ! 私がやるのーっ!!」


「子供か!!」


 どうやら本人は結構自信を持って臨んでいたらしい。カードを取り上げようとすると思いっきり反撃された。正直シャッフルのやり方なんてなんでもいいんだけどな……。


「いいから黙って見てろ! これを……こう、のわっ!?」


「……」




 ま、いいか。可愛いし。もう少し付き合ってやろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る