第13話 炎帝のデニス
「おい、ユージィン! お前トイレ掃除しとけって言っといただろ! こんな所で無駄話してんじゃねぇ!」
「主席卒業間違いなしだからって、勘違いしてんじゃねぇぞ! 庶民は所詮どこまで行っても庶民なんだからな!」
「そうだ、そうだ! おまえごときが、貴族と張り合おうなんて百万年早いんだ!」
「本当の実力は、デニス様のほうがあるに決まってんだからな!」
「………」
ユージィンに横暴を働いた男子生徒達は、みな一様に紫と青のネクタイをつけていた。
おそらくユージィンと同格の1等クラスの生徒達だろう。
それにしてもあまりにもわかりやすい、大昔に使われただろう嫌がらせのオンパレード。ユージィンの才能に嫉妬しているのが、赤の他人の目から見ても明らかだ。
しかし己の醜悪さに気づかない男子生徒らは、身分と格式こそが正義であると信じこみ、ユージィンをいたぶることに快感を見出している。
一方、水をかけられたユージィンは、理不尽な扱いに対して怒りを露にするわけでもなく、至って平静だった。
「……フン、くだらない………」
「い、いきなり水をかけるなんてひどすぎます! あ、謝って下さい!」
「なんだとぉ? お前デニス様に頭を下げろって言うのか!?」
ユージィンの代わりにコーリーが抗議すると、男子学生達はさらに興奮しだした。
彼らをまとめているのは背後に立つ金髪の少年。デニス様、と一目置かれているところから察するに、彼がグループのリーダーだろう。
「………………百万年早いですって?」
しかし彼らの誤算は、この場にマリアージュがいたことだった。
ユージィンの背に隠れていた人影をようやく認知し、彼らの動きが一瞬止まる。
「その言葉、私からそっくりそのまま返して差し上げますわ。この
「……え」
こめかみに青筋を立てながら仁王立ちするマリアージュのオーラに気圧されたのか、男子生徒達の勢いが一気に萎む。今まで事態を静観していたデニスも、慌ててマリアージュの元に駆け寄った。
「こ、これはマリアージュ様。我がクラスメイトが働いた無礼、どうか……どうかお許しを」
「あら、私のこと、知っておりますの?」
「もちろんです。ドミストリ公爵家のご令嬢で、ルーク殿下のご婚約者。未来の皇后となられる方のお姿を知らぬ貴族などおりません」
「げっ!」
デニスが頭を下げるのを見て、後方の男子生徒達の間から悲鳴が上がった。
なんでそんなお偉い人がここにいるんだよ……と、血の気が引いている。
「申し訳ありません、濡れた服と髪はすぐに乾かせて頂きます。”フェア・ダン”」
「!」
デニスは短い詠唱と共に炎の魔法を使った。するとあっという間にマリアージュの全身が渇き、元通りになる。
「炎の魔法の使い手なのね。あなた、名前は?」
「デニス=ドレッセルと申します」
「ドレッセル……ということはドレッセル伯爵家のご子息かしら?」
「左様でございます」
デニスはマリアージュの前では礼儀正しかった。
デニスの実家であるドレッセル伯爵家は、魔道士を多く輩出することでも有名な家柄だ。
……なるほど。
デニスもユージィンと同じ紫色のネクタイをつけているところを見ると、相当実力のある魔道士なのだろう。
だからと言って、他人に嫌がらせをしていい理由にはならないけれど。
「それにしても驚きましたわ。まさか伯爵家のご子息ともあろう方が、このような姑息な嫌がらせをしていたなんて」
「い、いえ、それは……っ!」
「言い訳は結構でしてよ。あなた、今鏡を所持していて?」
「……は?」
「ならばすぐ自分の部屋に戻って、鏡に顔を写してみるといいわ。嫉妬に歪む己の醜い姿を確認できましてよ?」
「………」
マリアージュの辛辣な言葉に、デニスは悔しそうに歯噛みした。公爵令嬢相手では口答えするわけにもいかず、いかにも不服そうだ。
一方、いじめの対象者であるユージィンは黙って二人の話に耳を傾け、コーリーは一人オロオロしていた。
「……はぁ、全く悲しいですわね。人間なんて所詮タンパク質と水分の集合体でしかないのに、生まれがどうのこうのと揉めるなんて滑稽ですわ」
「……は?」
「生まれた場所が木の上か、土の下か。違いなんてそれくらいのものでしょう? 蝶も蝉も鳥も、自分がどこで生まれたのかなんて気にせず、自力で羽を伸ばし、空へと旅立ちますわ。魔道士もまた、同じではなくて?」
「……っ!」
虚を突かれたように、デニスはハッと俯いていた視線を上げた。
デニスの手下達も、ばつが悪そうに黙り込む。
「それに本物の貴族ならプライドなど関係なく、自らの才を高めたユージィンの努力こそ素直に讃えるべきでしょう? この世で一番みっともないのは余裕のない人間よ。他人を貶めるということは、自分をも貶めること。デニス、あなたは庶民に向かってこう言うのですか? 『お前達は私よりも身分が低いから、命を懸けて守るには値せず』……と」
「いいえ……いいえ! 決してそのようなことは!」
マリアージュの容赦ない詰問に、デニスは慌ててかぶりを振った。
魔道士の最も重要な使命はヴァイカス王国を侵略から守ること。この国で暮らす全ての人々を守ること――である。
「マリアージュ様のお言葉、一つ一つが胸に深く刺さります。己の所業を心より反省し、魔道士としての信念を再確認したいと存じます」
「それがよろしくてよ」
水をかけられた腹いせが成功し、マリアージュはホーッホッホッと高笑いする。
公爵令嬢に完全敗北した男子生徒達は、逃げるようにそそくさと渡り廊下から立ち去っていった。
「ユージィン」
「……なんだ」
「……。いや、何でもない」
デニスもまた、何かもの言いたげにユージィンを振り返るが、やはりプライドが許さないのか、謝罪することなく学舎の向こうへと消えていく。
見事デニス達を追い払ったマリアージュに感動して、コーリーが拍手喝采した。
「ありがとうございます、マリアージュ様! 公爵令嬢ってやっぱり素晴らしい精神をお持ちなんですね!」
「ホホホ、もっと褒めてもよろしくてよ」
「………おかしいな」
鼻高々のマリアージュだが、その姿を見てユージィンが眉を顰める。
「聞いた話によると、ドミストリ家の令嬢はルーク殿下に懸想するあまり、恋敵の令嬢に様々な嫌がらせをする性悪だったはず……。偉そうにデニスに説教していたけど、そもそもあんたも同類じゃない?」
「は?」
「ちょっ、ユージィン! なんて失礼なことを……!」
コーリーは慌ててユージィンの後頭部を片手で掴み、力ずくで頭を下げさせた。
見た目と違ってバカ力なのか、ユージィンは「痛い痛い!」と大声で抵抗している。
「申し訳ありません! ユージィンはこう見えて思ったことがすぐ口に出ちゃうドジっ子なんです!」
「コーリー、お前だけには言われたくない」
「………」
面と向かって性悪扱いされキレかかったマリアージュだが、仲睦まじい二人を見ていると怒りも急激におさまっていった。
紫ネクタイと黒ネクタイ――魔導士としては月とスッポンの二人がどんな関係なのか、俄然興味がわく。
「二人はとても親しいのね。クラスは違うんでしょう?」
「え……と、はい! 実は私とユージィンは同じ下町で育った幼馴染でして。だからユージィンは落ちこぼれの私を何かと気にかけてくれるんです!」
「まぁ」
マリアージュは素直に驚いた。
確かゲーム内にユージィンの幼馴染の女の子など登場しなかったはず。けれども落ちこぼれと優等生の幼馴染コンビは、なんだかんだと仲が良さそうだ。
こんな風にゲームで知ることのなかった設定が、この異世界にはもっとたくさんあるのかもしれない。
そう思うと破滅フラグもほんの少し遠のくような気がして、マリアージュは知らず知らずの内に微笑を浮かべた。
「私がこんなんだから、ユージィンはいつも庇ってくれて……。そのせいで炎帝デニスにも目をつけられちゃったんです」
「炎帝?」
「デニスの別名です。彼、炎の魔法にかけて学園内では右に出る者がいないほどの使い手なんですよ」
「なるほど……」
またまた厨二くさい呼び名が出てきて、マリアージュは記憶の辞書をめくる。
デニス=ドレッセル。
コーリーの話を聞く限り、魔道士としての力は本物らしい。――が、あいにく『CODE:アイリス』に攻略キャラとして登場しない時点で、彼は単なる脇役だと判断していいだろう。
「ぶえっくしょい!」
「!」
マリアージュ達が立ち話を続ける傍らで、ひときわ大きなくしゃみが響いた。
振り返れば、そこには未だびしょ濡れのまま立っているエフィムの姿。
「お話はそろそろ終わりそうですかな? ではそろそろ温かい場所に移動してもらえると助かる。春とはいえ、ここに立ち尽くしていては、さすがの老いぼれも風邪をひいてしまう……」
「ああ、ごめんなさい、エフィム。すっかり忘れてたわ!」
デニスに魔法で全身を乾かしてもらったマリアージュを除き、ユージィン・コーリー・エフィムの服はまだびしょ濡れのままだった。
取り急ぎ三人は近くのリネン室に駆け込み、急いで暖をとることにした。
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