第28話

昼時ではないとはいえ、今日は休日。フードコートは家族連れと若者のカップルで溢れかえっていた。


「ここのフードコート、広いですね」

「確かにそうだな」


若干だが、いつものデパートと比べて規模が大きい。四階のフロアが丸ごとフードコートだ。

普通の店にはない新鮮な魚介類の料理を頂くことができる。


「どこに座る?」

「なるべく目立たない場所がいいです……」


きっと彼女に絡んできた女性陣に見つかりたくないのだろう。

オレと喋っているのに、さっきから目線が合わない。挙動不審にやたらと周りを気にしている。


「目立たない場所はどこかなっと……おっ、ちょうど良い席見っけ。あそこにすっか?」

「はい」


フロアの隅の隅。大きい観葉植物が隣に生えるボックス席を発見。

観葉植物の葉で上手く身を隠せるはずだ。


「すみません。ウチのために……」

「いちいち気にすんな。たまには頼れる先輩をさせてくれ」

「センパイ、いつもよりちょっとエラそう」

「うっせー」


机に全店のメニュー表がズラリと置かれてある。

真愛は一枚一枚捲り、真剣な顔でメニュー表の写真と睨めっこ。

小さく唸りながら、暫く熟考する。


「オレは無難にマグロ丼で」

「じゃあウチもセンパイと同じので」

「いいのか?一番好きなお魚を食しても」

「やっぱ、マグロは食べるのが一番です!」


食べたいものが決まった所で、オレは立ち上がる。

マグロ丼二人分を店員に注文し、呼び出しベルを預かった。


「で、今さっきのアイツらは誰なんだ?」

「誰って……?」

「お前に絡んできた三人だよ」


二人分のオレンジジュースを持って、自席に到着。

さっそく真愛にあれを質問した。


「高校の時の友達だった人達です」

「今は?」

「今は赤の他人です」

「ケンカの原因は?」

「ケンカはしてません……。ある日を境に避けられ始めたんです」

「その、ある日とは?」

「ウチにも分かりません。気付けば周りに人が居なかったので」

「思い当たる節は?」

「当然ありませ……いや、あるかもです」


バツが悪そうに渡されたコップに口を付ける。喉が渇いていたのか、中のオレンジジュースが見る見るうちに減っていく。


「実はウチ、昔はケッコー性格悪かったんです」

「知ってる」

「なんで知ってるんですか」

「お前の普段の言動と軽率な行動を見てたら分かる。今更って感じ」

「でも、今は違います!」

「別に違わないだろ。男とっかえひっかえしてるし」

「それは……本当に申し訳ないと思っています……はい。ゴメンなさい」

「なぜオレに謝る?」


真愛の性格の悪さは知っている。オレはそれを許したうえで、彼女と関わっている。別にこの状況が苦だとは思わない。だから謝られる筋合いはない。


「残酷なこと聞いていいか?」

「はい、なんなりと」

「アイツらは本当にお前の友達だったなのか?」

「それはどういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。パッと見、あのバカ三人が過去にお前と友人という高尚な関係を築いたようには見えなかった」

「それは“センパイの偏見”ですか?」

「そこは“センパイの勘”と言ってくれ」


彼女はあの三人を“友達だった”と言うが、それはあくまで自分の中ではの話。相手は真愛のことを最初から友達だとは認識していない。

もちろん真愛だけではなく、あの場にいた全員がお互いに友達だと思っていない。誰かが少しでも癇に障る態度や怪しい行動を取れば、問答無用で牙を剥くおっかない連中の集まりだ。


「お前も前から薄々気付いてただろ。アイツらの視界に“日南真愛”が映ってないことを」

「——」

「アイツらの目には常に自分しか映っていない。ハッキリ言って周りがどうなろうが、どうでもいい。どいつもこいつも己の地位を上げるための踏み台に過ぎない。図星だろ、同じ人種の当事者さん?」

「あの三人と一緒にしないでください。ウチはもう更生したので」


真愛はオレにジト目を向け、残りのオレンジジュースを一気に飲み干す。



「いつも思うんですが、センパイの偏見って凄いですよね」

「そうか?普通だろ」

「ほんの一瞬会話しただけなのに、ウチの知り合いのことズバズバ言うところマジ半端ないです」

「ま、ここにご本人様はいないからな。言いたい放題よ」

「サイテー」

「なんとでも言え」


机に置かれた二台の呼び出しベルが一斉に鳴る。思ったより早くマグロ丼が完成したようだ。

二人分のマグロ丼を貰うべく、オレは再び椅子から立ち上がろうとした。

その時——、


「センパイ、待って‼」

「うぐっ⁉」


真愛がオレのワイシャツの裾を引っ張ってきた。

突然、変な方向に重力がかかったせいで、派手にバランスを崩し机の角に尾骶骨をぶつける。


「センパイ。もしかしなくも、ウチのことで怒ってくれてます?」

「急に服の裾を引っ張ってきたお前に怒ってる」


両手で尾骶骨を抑え悶絶しつつ、「今それを聞くタイミングか⁉」と忌々しく真愛の顔を睨んでやる。

何故か彼女の顔は嬉しそうだった。


「センパイは誰に対しても人一倍優しくて、人一倍怒れる人です」

「それは素直に喜んでいいヤツか?」

「はい。ウチはそんなセンパイのことが好きで慕ってますから‼」


そう言って、元気よくオレに手を貸す。重たい男の身体をひょいと引き上げた。


「ウチはセンパイのことを誰よりも尊敬しています。そのことはくれぐれも忘れないように」

「お、おお……」


こう面と向かって言われると、気恥ずかしい。急激に顔が暑くなり、繋がれた手を放す。

真愛はまたいつもの調子に戻り、飾り気のない笑みを浮かべた。


「お前……。最近、笑顔可愛くなったな」

「えっ⁉なんですか急に⁉口説いてるんですか⁉」」

「いや、素直な感想を述べたたけだ。出会った当初は、不自然でブサイクな笑顔だったから」

「一言余計で~す」

「イタッ⁉年上の足を容赦なく踏むな!」


ブーツのかかとでオレの足先を軽く踏んできた。

先輩のこと慕ってるとか尊敬してるとか良い事言ってたくせに、扱いが乱暴過ぎる。

真愛はどさくさに紛れてオレの手から呼び出しベルを奪い取った。


「マグロ丼、センパイの分もウチが持ってくるんで、そこで悶絶しといてくださーい」


後輩の言葉に甘えて年甲斐もなく悶絶することにした。

マジでケツと足が痛い……。




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