第18話


 朝になり、芹香がぼんやりと目を覚ました。時計を見ると八時を過ぎている。でも、三年生は試験の関係で休みに入っていた。みんな、試験のための追い込み勉強をするために学校には行かなくてもいいことになっている。それぞれ自主学習を行い、試験に臨むというわけだ。勿論、学校に出向き、教師に個別勉強を受けることも出来るし、図書室で勉強をすることもできる。試験勉強の仕方は生徒がやり易い方法を取ってするというのがこの学校の方針だった。

 今日は学校の図書室で芽衣と真奈美と三人で会うことになっている。芹香と真奈美は受験勉強の関係で、芽衣は小説を書くという事で会う約束をしている。芹香は朝の身支度を整えると家を出て、学校に向かう。

 図書室に行くと、芽衣と真奈美はもう到着していた。

「おはよう、芹香。遅かったじゃない。」

「試験間近なのに気合が足りないよ!」

「ごめん………。」

 真奈美と芽衣にそう言われて、芹香が項垂れる。

「そういえば、芹香の方は試験いつなの?真奈美は来週の水曜日って聞いたんだけど、芹香は聞いてなかったから」

「私も来週の水曜日だよ」

 芽衣の質問に芹香が答える。そして、ある事に思いを馳せる。



(透、頑張っているかな・・・?)



 同時刻。

 透は試験会場に足を踏み入れた。受験番号の数字が書いてある席を探して着席する。透はポケットに忍ばせてあるお守りを取り出し、心の中で呟く。


(絶対に合格してやる!)


 そう心で叫び、試験開始まで目をつむり、時間が来るのを待つ。そして、試験官が問題用紙を裏にして配り始める。そして、代表試験官が声を上げた。


「では、試験開始!」


 一斉に全員が用紙を表に向け始めた。ところどころ出遅れている者もいる。そういった人に試験官が厳しい表情で視線を向ける。

 透は前もって予想していた。これは普通の試験ではない。おそらく、試験会場に入った時点で試験は開始されている。筆記試験の点数だけで合否を決めるのではなく、試験態度や俊敏さや冷静さが備わっているかも試験の一環だろう。それらすべてを総合して合否が判断される。父親がこの試験で受かるのは一握りだと言っていた。でも、試験会場に入った時点で試験が始まっているかどうかは勿論聞いてはいない。だが、そこは視野に入れておくに越したことはないと思った。



 透が試験に励んでいる中、芹香たちも試験に向けて図書室で猛勉強していた。

 勉強を始めてから二時間ほど時間が経ち、芽衣が声を上げる。

「二人とも、一度休憩を入れたら?一気に詰め込むより適度に休憩をした方が効率がいいよ?」

 芽衣にそう促されて、芹香と真奈美は休憩をとることにした。


 図書室を出て、屋上に行く。

 空は綺麗な青空が広がっていた。三人仲良く並んで座り込む。

「透くんは、今が試験中なんでしょうね。」

 真奈美がそう言う。

「まぁ、透くんなら受かりそうじゃない?」

 芽衣が言う。

「受かるよ………。」

 芹香はそう言うと立ち上がり、力強く言う。


「透は絶対受かる!だって、透だもん!受からないはずがないよ!!」


 そう笑顔で自信満々に言う。


「その根拠は?」

「透だから!」


 真奈美の問いに芹香が答えになっていない回答をする。


「でも、芹香の言う通り、透くんなら受かりそうよね。」

「うん!透なら絶対受かるよ!」


 芽衣の言葉に芹香が強く頷く。


 芹香が手を広げて、太陽からの光を受けているせいか眩しい笑顔で言葉を綴る。



「だって、受かるって信じてるもん!!」



 その言葉に根拠や理屈なんてない。


 ただ、透を信じている。


 芹香の姿に芽衣と真奈美が答える。

「芹香がそう言うと本当にそうなりそうね。」

「えぇ、そう感じるわよね。」


 穏やかな時間が流れる。

 そこへ、真奈美がふと言葉を漏らす。


「そういえば芹香がよく言っていたわね。『まずは――――――』って………。」



 試験が終わり、透は会場から出た。ホテルに着き、部屋に入ると、ようやく息を深く吐く。


「やっと、終わった………。」


 試験会場を出てホテルに戻るまで透は一切気を緩めなかった。何処で試験官が見ているか分からない。


「受かるかな……?」


 ポツリと呟く……。


 試験でやれるだけのことはやった。後は二週間後の結果を待つだけだ。疲れたのか、ベッドに横になる。顔を両手で覆い、不安な気持ちを口にする。


「落ちたらどうしような………。」


 恐怖感に似たような感情が渦巻く。


 ふと、芹香がよく言う言葉を思い出した。



『まずは信じることから始めないと何も始まらないよ。』



 その言葉を思い出して透は自分に言い聞かせる。

「全力で挑んだんだ。受かるって信じないとな………。」


 そう言って、ポケットからお守りを取り出し、握りしめるように祈る。


(どうか、受かりますように………。)


 そのまま目をつむり、意識が落ちていった………。



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