ぽんぽこ帝都身代わり婚〜妖狩りの旦那様と憧れのすろーらいふ〜
藤乃 早雪
第一章 本日はお日柄もよく
第1話 名前はポン太、実は雌
「ポン太」
彼女――
ポン太は殆ど眠っていたが、恩人の声を聞きつけ、ねぐらにしている縁側の床下からひょいと顔を覗かせる。
(姫様、どうかしましたか?)
ポン太の声は届かない。何故ならずんぐりむっくりとした狸だからだ。それでも、月明かりの下にポン太を見つけた姫花は、鈴を転がすような声で語りかける。
「あのね、私、結婚が決まったの」
彼女の一言にポン太はその場で飛び上がった。
(なっ、何ですと!?)
完全に目が覚めてしまった。これは一大事だ。何故なら彼女こそが、怪我したポン太を助け、扇家に住まわせてくれている心優しき人間なのである。
今から約五十年前、開国による西欧文明の流入でこの国は大きく変わった。変わったのは人々の暮らしだけではない。
産業文明の発展により、燃料確保のための森林伐採が盛んに行われるようになると、多くの動物たちは棲家を追われることになった。
ポン太の一族が暮らしていた山もそうだ。薪炭燃料にするために次々木が倒され、ついには荒廃してしまった。
ここ、
「ごめんね、あなたは連れていけないの。私が嫁ぐのは
(ええ!? それは野蛮な旦那様ですね……)
ポン太の頭を撫でてくれる姫花は泣きそうな顔をしていた。鬼神ということは、人ならざるものと結婚するということだろうか。
妖や、化け物の類は意外と身近に存在するのである。
動物同様に山を追われ、人に悟られないよう擬態するなどして人里に紛れ込んでいるのだ。
◇◆◇
「姫花ごめんね……。あんなところへ嫁にやりたくないのだけれど、相手はあの
翌日の昼下がり、ポン太が庭に穴を掘っていると、母屋から母と娘の会話が聞こえてきた。
「大丈夫よ、お母様。体の弱い私を貰ってくれるというだけでも感謝しなくては」
「百鬼の母は体が弱いからといって甘やかしてくれるような人ではないわ。きっと無理やり働かされるに違いない」
扇家は造り酒屋だ。敷地にある大きな酒蔵と、裏山には決して入ってはならないと姫花にきつく言われている。
なんでも、姫花でさえ酒蔵には入れないらしい。裏山は――何故禁じられているのか分からないが、きっと狸を狙う腕利きの猟師でもいるのだろう。
「私が決めたことよ。一昨年の水害のせいで、今もまだ資金繰りが苦しいでしょう? お嫁に行けば十分な結納金が入るわ」
「本当に……なんてこと。私たちは店のために娘を売るということなのね……。やっぱりお父さんに話しましょう。娘を売るくらいなら酒屋なんてやめてしまった方が良いのよ」
母親は堰を切ったように泣き出した。娘思いの良い母親なのだ。ポン太のことを害獣だと思いつつも、いなくなったら娘が悲しむだろうと追い出さないでいてくれている。
ポン太は考えた。姫花は病弱だ。少し外を歩いただけでも熱を出して寝込んでしまうことがあるほどに。
対してポン太はすこぶる健康。元気が有り余り、何もないのに庭に穴を掘ってしまうほどである。
(うーん? 私が姫様の代わりに嫁げば良いのでは?)
実はポン太は雌なのだ。それも化け狸の。ポン太というのは姫花がつけてくれた名前で、本当は親からもらった蒼葉という名前がある。
数ヶ月前にヘマをして猟師に撃たれた時は流石に死ぬかと思ったが、姫花に助けられて今ではこうしてピンピンしている。
傷のせいでしばらく化け狸の
ポン太――もとい、蒼葉は頭に木の葉を一枚乗せ、変化を試してみた。
(えいっ!)
出来はどうだろうか。庭の池を覗くと、橙色の髪を一つに束ねた可愛らしい少女の姿が映っている。袴姿も完璧だ。
「良かったぁ、ちゃんと変化できるようになってる」
化け狸の一族の中でも蒼葉は変化が大得意。人姿の蒼葉は、姫花ほどでないにしてもなかなか可愛らしい容姿をしていると思う。
ここへ来る前『めーど』として働いていた『かふぇー』では、一番の人気だった。――つまみ食いのしすぎで追い出されてしまったが。
鬼だとか、神だとか言われているが、相手はどうやら人の子のようだ。狸姿を晒さなければ食われる心配もないだろう。
百鬼家というのは金持ちのようなので、上手くやれば今度こそ安住の地となるかもしれない。蒼葉は『すろーらいふ』とやらに憧れていた。
蒼葉は縁側に裸足で乗り上げガラス戸をがらりと開けると、胸を張って宣言する。
「姫様! 私が貴女の代わりに鬼神に嫁いで恩返しをさせていただきます!!」
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