たぶんコレが一番強いと思います!

しのだ

第1話 ガイドブックは1600円+税

 沖縄、福岡、大阪、名古屋、東京、秋田、北海道、秘境群馬。そんな各地の良さを教えてくれるガイドブック。

 

 そこに紛れて陳列されていた”異世界”の3文字。注視して見ていたわけでは無かったけどたまたま目に入ってしまったのだ。


(気になる……)


 珍しい地名なのか、ゲームの攻略本が場所を間違えてしまったのか、確かめたくなり手に取った。表紙には見出しの『異世界ガイドブック』とオススメのなんちゃらかんちゃらの文字。

 

 ヨーロッパのような、でもちょっと古く感じる街並みの写真が印刷されている。ひっくり返して裏表紙には1600円+税の文字。


(薄いのにちょっと高くないか?)


 などと思いつつ、ガイドブックである事を確かめ表紙をめくった。


 本屋で立ち読みをしないわけではない。

 でも普段だったら数ページめくってすぐ戻すのだが、気が付いたら1600円+税の文字。

 時間を忘れて一気に全部読んでしまっていた。売り物を買わずにその場で一気読みをして得した気分もあるけど、ビビりな自分は、申し訳なさが勝ってしまいお買い上げすることにした。

 

 予想外の出費はギリギリ10代のフリーターで収入の少ない自分には結構痛手である。食費2、3日分といったところだろうか。仕方ないのでしばらくは100均のパンで何とか凌ぐしかない。

 

 本来ならガイドブックよりも腹の足しになる物を買わなければならないのに、と思いつつ深いため息をついた。


 アパートに帰り、改めて買ってきた異世界ガイドブックを手に取る。

 

 全部読んでしまうなんて自分らしくないなと思いつつ、この世界に行ってみたいという願望があったことは間違いない。

 ちなみにガイドブックの名前も、その中に出てくる国名らしき名前もスマホで検索してみるが見事にかすりもしない。


(本当にこの世界ではないのかな…… 御伽噺なら検索ででるはずだし……)


 仕方がないのでこの日はガイドブックへの詮索を諦めたのだった。 



 ガイドブックを買って数日経ったが興味関心が薄れることも無く、何度も読んだはずのこのガイドブックを手に取ってしまっている自分がいた。


 いつの間にか行けもしない世界に憧れを強く持ってしまっていたのだった。



 そしてこの異世界行きの憧れを実現のものにすべく動くきっかけとなったことが、最後の家族だった父親が他界してしまったことだった。


 最初はバイトを増やして何とか生きていこうと頑張ってはいたが、徐々に働く意欲もなくなり金のためにただただ働いていても生きてりる実感は微塵も感じなかった。


 自分の未来が閉ざされる感じがあって、生きる希望を見出せなくなっていたのだ。


 一度ネガティブに考え始めるとどんどん深みにはまっていくようだった。

 

 そんな行き詰った現実から逃げ出したい気持ちが大きくなり、逃げる先が異世界だったのかもしれない。


 ガイドブックによると行き方には3通りあるようだが、どれも行けば簡単には帰ってこられないとされている。

 

 それはこの世界では死ぬこととほどんど同義であるからだ。


 それでも異世界に行きたい……。異世界に行くことは自分にとって死ではなく、そこで生きるということだからだ。


 現実から逃げたい気持ちも強くなり、ガイドブックの行き方でも王道である転生をしてみようと試みようとしたのだ。

 

 異世界行きの王道の条件は死ぬことだ。いっそのこと電車に飛び込んでしまおうかと思い、駅のホームまで向かったが本当に転生できる保証が無い以上、黄色い線の向こう側に行くことができなかった。


(やっぱり俺ってビビリだな……)


 帰り道、足が重く感じるほどの異様な疲れがあった。気分も落ち込み、考えが頭の中を永遠にグルグルしている。それでも何とか家にたどり着くことはできた。


 何もかも投げ出したい気分のままドアを開けると


「おかえり!」


「へっ、ふぁ?」


 奇妙な叫びを抑えつつ部屋の番号を確認したのだが間違いはない。しかし知らない子供がニコニコと玄関でお出迎えしてくれている。


「きみ……誰?」


「ん? えーた君のお家だよ、さぁさぁ遠慮なく入った入った!」


 こちらの質問はスルーされ、謎の子供はトコトコと奥の部屋に入っていってしまう。そして、散らかっている部屋に座る場所を作り、小さな勉強机兼テーブルの対面にペタンと座る。

 

 ピンクのパーカーでフードを被っているが、ボサボサの長い髪がはみ出している。声が変に高いせいで男の子なのか女の子なのか分からない。


「さっそく本題だけど、えーた君は駅まで行って何しようとしてたかなぁ??」


「…… そんな事より君は誰だ?」


「まだそんなこと気にしてるの? おかしな人だなぁ」


 ははは! と笑っているが、何が面白いのか分からない。


「ぼくは死神ー!」


「ん? え?」


「ええええ?死神知らないの!!?」


「いや、そーじゃない。死神は知っている。君のことが知りたいんだ」


「だから、死神だよ、死神。死神のレトっていうんだ、よっろしくう! はい! 今度はぼくから質問! なぜ今、そんなに死にたがっているの?」


 まさか本当に死神なのか。嘘をついているのか本当なのかよくわからない。


「いいかい? ぼくはえーた君を説得しに来たんだ」


「説得?」


「そっ、えーた君の運命は未だ続いている、具体的にいつまでとは言えないけど、今日ではないよ。あのまま飛び込んでたら、ぼくまた怒られちゃう」


「死神なのに殺さないのか?」


「やめてよー。そんな物騒なことしないよー。ぼくはえーた君を今死なずに、納得する形で人生を歩んでくれるよう君の前に現れたんだよ。えーた君の人生はまだまだ続くよ!」


「俺の知っている死神とは全然違うんだな、生かそうとしてくるなんて」


「警戒心はちょーっと解けたようだね!」


 内心ホッとしたの確かだが、まさか心でも覗かれているのだろうか?


「……いや、どうあれまだまだ続くことにうんざりしたよ」


「なんでだよーー」


「だったら俺の話聞いてくれないか?」


「いいけど」


「実はさ、死にたいけど死ぬのが怖いんだ。絶対転生できるなら死のうかと思ってた。だけど転生できるのか分からないのに死ぬのはちょっと……。それでレトにお願いなんだけど、レトが本当に神様なら俺を転生してくれ。痛いのとか苦しいのは無しでお願いしたい」


「そんなぁ。ぼくの力じゃ転生はできないけど。転生するために連れて行ったら、ここ担当の転生神にぼく怒られちゃうよー」


「転生はできるんだな!? どうしても転生したいんだ。俺この異世界ガイドブックを読んで異世界に凄く行きたいと思っている。ダメかな」 


 レトの目の前にガイドブックを出して見せつけた。


「異世界への転生か……! だったらこことは別の世界の転生神に知り合いがいるから頼んでみようか。そいつは昔からの知り合いだし、ぼくが連れて行ってたこともウヤムヤにしてもらえるしね。ここの世界の転生神は融通がきかなくてね、転生するのに五月蠅いんだよ。魂の総量がどうだとか、記憶の上書きがどうだとかで」


「え、いいの!?」


「いいよ! そのほうが、君が納得して異世界の方で最後まで人生を歩んでくれそうだし、ここで説得できず中途半端に死んじゃうより全然いいよ」


 ダメもとでも頼んでみるものだと思った。


「いつにする?今から?」


「出来れば明後日でもいいかな? ちょっとやり残してること思い出したし」


「OK! じゃっこっちはそれまでにあっちの転生神に話付けとくよ。明後日ぐらいにまた来るから。ばいばーーーい」


 手を振りそこからスウゥっと消えていく。その姿をみて本当に死神だと確信が持てた。

明後日までに片づけておかないことが出来たので明日は朝から忙しいななんて思い、本当に転生できうることにちょっとワクワクしている自分が不思議だった。


 大家さんへの挨拶、部屋の掃除にいらない物の処分、リサイクルショップに持ち込んで買い取ってもらえる物は何でも売った。最後に残った物は布団と財布とスマホそして異世界ガイドブックだ。

 明日はいつレトが来るか分からないので、たぶん今夜が最後の晩餐になるのだろうと思い、食べてみたかった物をとりあえず出前で注文しまくった。


 寿司に始まり、ピザ、ステーキ、ローストビーフ丼、カレー、中華料理などなどなど、中には一口しか食べない物もありもったいなと思いつつも、胃袋が受け付けなかった。


「もう、胃がやばい、う、ううう」


 金銭より先に胃袋が悲鳴を上げてしまい晩餐は終了となった。食パン2切れで一日を過ごしていたことを思い出し、もっと美味い物いっぱい食べとけば良かったなとちょっと後悔しつつ眠りに落ちっていった。


 翌日起こしてくれたのはレトだった。目覚ましも売ってしまったおかげで爆睡だ。


「おーーーい! えーた君おきろーーーー出発するぞーー」


「今何時?」


「んーわかんない?」


 西日の当たる部屋が夕焼けで赤く染まっていたのでたぶん午後5時前後かなと推測した。疲れからなのか、満腹感からなのか久しぶりの長時間睡眠をしていたようだ。


「もう行くのか?」


「いくよー」


 シャワー浴びようかとかも考えたけど意味があるのか分からなかったので寝癖もそのままで行くことにした。


「あのさ、コレ持って行ってもいい?」


 異世界にこちらの物を持ち込めない事は書いてあったが、ウヤムヤ上手な転生神なら何とか出来ないかと思ったのだ。


「んーわかんない。一応持って行ってみる?」


「ダメもとで持って行ってみる」


「じゃいくよー」


 レトに手を握られると自分が透けていくのが分かる。こちらの世界で最後に思ったのはバイト先には何も話してないことを思い出し、初バックレをしたことにちょっと笑ってしまった。


 一瞬目の前が暗くなり、そのあと白い部屋? というか空間に着いた。


「ナナ!! 連れて来たよーー」


「あらあら、いらっしゃ~い」


 ぽつんと置いてあるアンティークなテーブルと椅子に誰が座って迎えてくれた人にレトは駆け寄り何やら話している。


(あれが、転生神か……?)


 転生神と聞いていたので神々しい女神様とかを想像していたのだが、まるで魔女だ。妖艶さを具現化したかのような姿で鼓動が異様に弾んでいるのが分かる。


「フフフ、あなたが例の転生希望者ねぇ。怖がらないでぇ、何もしないわよぉ」


「え、あ、その……」


 怖がってはいない、これは恐怖ではない。だが歩み寄る事が出来ないでいる。そして手に汗握るこの状況は童貞特有の何かなのか。


 ナナと名乗る転生神はお構いなしに近づいてきて、舐めまわすような視線がとてもむず痒い。


「その書物は何かしらぁ?」


「あ、これは、その、転生先の異世界に持っていけないか相談しようと思いまして」


「持ち込みかしら、いいわよぉ。でも代価が必要ね」


「と、いいますと」


「あなたが欲しいのぉ~」


 こんな状況じゃなければ「喜んで!」と叫びたいのだが、察するにこの肉体を丸ごと渡すことになると思った方が良さそうだ。


「構いません。それと転生先や条件などについて相談したいのですが」


 異世界ガイドブックにあった転生先の世界、転生先の身分、スキルなど、なるべく要望を通して貰えるようお願いした。




「ずいぶんと我儘な子なのねあなた、いったい誰がその書物書いたのかしらぁ、もう大変だわぁ」


「どうしても譲れなくて」


「い・い・わ・よ♥ 転生先で思う存分生きて頂戴。あなたの人生の最後を楽しみにしてるわぁ」


「よかったね! えーた君!!」


「はい、行ってきます! 2人ともありがとうございます」


 とんとん拍子に決まり、死神と転生神見送られ異世界に旅立つのだった。

 

 体から抜け出る感覚と共に光に包まれ、その後は強烈な睡魔に襲われ眠りにつくように意識が遠のいていったのだ。


 ガイドブックには載っていなかったが、異世界への4つ目の行き方は『死神に転生神を紹介してもらう』だった。





 ……。


 目が覚めるとそこはベットの上、カーテンの隙間から差し込む光が眩しい。アパートの天井とは全く違う光景。そして脳裏をよぎるあのセリフ。


「知らないっ、ん??」


 発した声が高く、やたらと可愛いことに驚き、恐る恐る次の言葉を吐く


「ス、ステータス……」


 ----------------

 エーナ・カスケード 女 12歳

 ----------------


(女!!? の子)


 やられた。


 アレコレ注文が多かったのは確かだが、貴族の末っ子とまで指定して性別までは指定していなかった。


 今まで男だったのでそのまま男に転生すると思い込んでいたこちらの隙をつかれた感じだった。


 考えてることお見通しですよといわれても違和感がないし、そこに気づけなかった自分が悔しい。


 (あの魔女! 油断ならねぇ)


 他のステータスやスキルなどはおおむね希望通りといったところだった。

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