第四章・第十九話 氷の刃

 ――家族、というのは大切な存在だ。

 だからこそ、迷惑は掛けられない。

 ある程度予想が付いていた事とは言え、やはり、世間は残酷だった。


 次に、藤堂の家族について触れておこうと思う。

 奴の家族構成は、両親と、弟が一人。


 父親は、某県の県議会議員で、地元では「名士」の誉れも高かったらしい。

 母親は、これはもはや悪い冗談レベルだけれど、職業は中学校の教師だった。

 残る弟は。名門高校に通う、秀才の少年だったという。


 さて。身内があんな、凶悪という言葉がままごとじみて聞こえる程の犯罪を起こして、まともでいられる家族がいるだろうか? いないと思う。


 世間から「後ろ指をさされる」レベルじゃない。現実として、即座に特定された実家へは、マスコミやユーチューバー達の取材(あるいは冷やかし、イタズラ)が殺到したのだけれども、家族は一切それには答えなかった。そう。インターホン越しにも応じなかった。


 立派な家だというのは映像で分かったのだけれど、外壁などには、例を挙げることすらためらわれるような誹謗中傷の文句が、ペンキやスプレーでびっしり書かれていた。窓も、投石のせいだろう、割れていない所を探す方が難しかった。


 むしろ、その家に落書きや投石をする様が「正義的行為」として、YouTubeやSNS界隈で人気を博すことにさえなった。


 いかに凶悪犯の身内であれど、その家族にまで危害や迷惑を加えていい法などない。やがて奴の実家は、警察による厳重な警備体制下に置かれた。


 ところが、藤堂が逮捕された数ヶ月後。残された家族が、刃物で全員心中したというニュースが報じられた。


 家族に直接の罪はないとは言え、身内は身内。到底背負いきれない重さの罪悪感であることは、誰にだって分かることだった。


 ちょっとどうかと思ったのだけれど、その一家心中のニュースに対しても世間は冷徹で、「当たり前だ」という空気が大勢を占めていた。


 その一方で、自分が仮に「直接の」被害者であったなら、多分同じ事を考えただろうとは思う。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ではないけれど、「連帯責任」という言葉は、少なからず抱いたはずだ。


 また、もし奴の家族であったなら、やはり「この先、どの面下げて生きられる?」とは思うだろう。自ら命を絶つ以外、道はない。


 先に、世の他の「藤堂」姓の人々が迷惑した、と言う話には触れた。けれど、実際に血縁関係にある親族達がどうなったのかまでは、知るよしもない。マスコミも世間も、直接的な血縁者を追求しても、一族郎党を全て罰するべきだとは思わなかったらしい。


 最後に、実際に少し迷惑だな、と思ったのは、風評被害だった。


 奴が通っていた小、中、高校は、いずれもそれなりに名の通った所だったのだけれど、「あの藤堂拳の卒業校」ということで、世間的評判がかなり下がった。


 それは接点がないのでまだいいとして、卒業したW大学も、いかに藤堂が、逮捕後に大学から除名処分を受けたとは言え、やはり奴が在学していたと言うことで、妙な色眼鏡で見られることになった。


 ただ、在校生からも事件の被害者が出たことは事実なので、好奇と同時に、憐れみの目でも見られた。


 世間というのは、憶測と偏見で回っているのだなあ、と、その善し悪しは脇に置いておいて、ぼんやり思った。


 ……これで、「私の周辺」について語るべき事は、ひとまず終わりにしておく。

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