少女が選択した世界線

 とてつもなく長い夢だった。


 ミコトは急いで手の感触を確認した。が、手には何の感触もなかった。


 キーホルダーはなくなっていた。


 ベッドの脇やシーツの中、下に落ちているのではないかと確認したが確かになかった。ミコトは急いでスマートフォンを取り出して日付を確認した。


 ――今は何日だ?


 スマートフォンの画面には七月二十七日、午前十時三十分と表示されていた。


 最初に寝てから一日しか経っていなかった。


 長い夢を見たミコトだが、何故だがとても気持ちがすっきりとしていた。カーテンから漏れる日差しの熱もとても心地が良かった。額に手を乗せて、ゆっくりと深呼吸をした。 その後、ミコトは階段を下りて、リンカの元へと向かった。


「おはよう、今日は夏休みか?」


「おっはよーなのです!そうですよー。昨日、夏休みに入ったばかりじゃないですか」


 ソファーにもたれ掛かり、リビングでテレビを見ていたリンカは振り向いて答えた。


「どうやら長い夢を見ていたようだ。でも、なんだかすっきりしているんだ」


 ミコトは静かに呟いた。


「頭痛も収まりました?」


 リンカが心配そうに聞いた。


「ああ、頭もすっきりしているよ。いい目覚めだった」


「それは良かったです!それでは朝食を作りますね!今日のメニューはノノちゃん風味ハイパーシチューなのです!」


 リンカはソファーから勢いよく立ち上がると,急いで台所へと向かった。  


 それはとても清々しく平穏な日だった。


 ミコトはなんだかとても気持ちが良くて大きく背伸びをした。


 ミコトは朝食を食べ終えると、自室に戻り、ワンマカについて調べた……が、ワンマカと言うゲームアニメはどこにも存在していなく、「わんわんまかろん」の情報は幾ら調べても出てこなかった。そう、ワンマカの存在が消えていた。


 ――ワンマカ、一体何だったんだ?アレは幻だったのか……?


 不思議に思ったミコトだが、エゴサーチを止めて、スマートフォンを取り出した。


 着信履歴を見るとユースケからの不在着信が十通も来ていた。


 ミコトはそれを見てユースケに電話を掛けた。


 トゥルルルル――トゥルルルル――。


『片桐!おはよう!』


 ユースケは直ぐに電話に出た。


『おはよう』


『片桐―、昨日の着信拒否は酷いぜ……』


『すまないな、眠かったんだ』


『そっか、そりゃあ、仕方ないな。で、なんか話でもあるのか?』


『ああ、……えーっと……夏休みどっか、遊びにでもと思って……』


 ミコトはボソボソと照れくさそうに喋った。


『え、片桐から?マジ⁉良いぞ!』


 ミコトは夏休み、ユースケと遊ぶことにした。


 友情の大切さを知ったミコトはユースケとしっかり向き合うことに決めた。


 ――そうだよ。友達を作ることはとても大切なことなんだ。中学の時のイジメもずっと引きずってなんかいられない。そう、俺は皆と約束したんだ。だから俺は現実としっかり向き合って生きるのさ。


 ユースケとの電話を終えたミコトは部屋の窓を開けた。太陽の熱を感じて、息を大きく吸った。とても暑かったが滲み出る汗も気持ちが良かった。




 夏休み中、ユースケとミコトはゲームセンターへ行ったり、カラオケへ行ったりして過ごした。それに海にも行った。海でユースケは女をナンパして飛び蹴りを食らっていたのをミコトは思い出して登校中、表情が緩んでしまった。


 八月二十九日始業式。


「暑い……」 


 机に伏せていたユースケは顔の前で手をパタパタさせて言った。


「おはよう、笹森、そして皆」


ミコトは夏休み前とは別人のように積極的だった。


 クラスメイトもその変わりようにビックリしているようで、ミコトに話しかけようか話しかけまいか悩んでいる様子だった。


「やぁやぁ、おはよう片桐。夏休みはお前と遊べるなんて思っていなかったから、遊べて楽しかったなぁ」


 ユースケは体を起こし上げミコトに向かって言った。


「あぁ、楽しい夏休みだった。今日の放課後も空いていたら一緒にゲームしに行こうぜ」


「あのゲームハマったのか?なんだっけ……」


「にゃんにゃんシフォン」


「ああ、そうだった!俺にはあの良さが分かんないよ」


「昔好きだった作品と似ているんだ」


 ミコトは消えたワンマカの存在を忘れてしまった。その代わり三週間前に発売された戦闘ゲームの「にゃんにゃんシフォン」に目を付けていた。にゃんにゃんシフォンのゲームをしていると何か楽しかったことや大切な人達を思い出せそうな気がして、ゲームセンターに置いてある台で夢中になって遊んでいた。


「そういえば、今日転校生が来るってな」


 ユースケが机に肘をついて呟いた。


「そういえば、そんな噂もあったな。本当かよ」


 ミコトは半信半疑の様子だ。


「どうやら女らしいがな」


「ふーん」 


 ミコトはあんまり興味なさそうだった。


 ガラガラ。


「おーい、お前ら席につけー」


 担任が入ってきて、騒ぐクラスメイトを一瞬で静かにさせた。


 ミコトも自分の席に着いた。


 教室内はそわそわしていた。


「おはようございます。始業式早速ですが転校生を紹介します」


 担任が教卓の前に立って言った。


 興奮が抑えきれなくなったのか教室内が一気に盛り上がりだした。


「あの噂本当だったんだ!」


「どんな子だろー」


「話しやすい子だと良いなぁ」


 クラスメイトはそれぞれ口にしていく。


 ミコトは、あまり興味がないようで肘をついて窓の外を眺めていた。


 ガラガラ。


 燥ぎたてる教室にドアが開く音が聞こえた。


 一瞬、教室中が静かになった。


 教室の中に女の子が入ってきた。女の子が歩くたび、透き通った奇麗な髪の毛が静かに靡いていった。


 女の子は静かに口を開いた。


「工藤――ドカです。よろしくお願いします」


 ミコトは転校生の名前をよく聞きとることが出来ず、転校生の顔に目を向けた。


 ――マドカ……。


 ふと、マドカの名前を口ずさんでしまった。


 何故だか、ミコトはその転校生の顔を見て、目が離せなくなってしまい、それに気が付いた転校生はミコトに視線を向けてはにかみながら軽く会釈をした。


 とても大切な人が目の前に居る気がした。


 忘れてはいけないとても大切な仲間。


 靡く髪とニッコリと笑う表情をもう一度見て、ミコトは何故だか不思議と涙を流していた。


 ――俺、なんで泣いているんだろう……。


 その時、窓から大きな風が吹いてきて、カーテンが揺れて教室にあった大量のプリントが教卓の前を舞っていった。


 プリントが舞って、髪の毛が靡いている最中、転校生の口元に動きが見えた。


 ――また、会えるって信じていたわ


   ミコト、貴方が好きよ――


 転校生も涙を流していた。


 そして、透き通る涙の奥にガラクタの集まりの機械、レノが映っていた。




 ――一度出会えたことが奇跡なら、もう一度会えた時は、それは運命さ――


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