§004 自己紹介

『おっはよー! ウィズ!』


「ゆっ、夢じゃない!」


 結局、ウィズが目を覚ましたのは、夜が更けてからのことだった。

 ウィズは私のことを認めると、ベッドで横になっていた身体を勢いよく起こし、この世ならざるものを見るかのように目を見開く。


 まあ、普通に考えてそうなるよね~。

 いきなり目の前に幽霊が出たら私だって失神すると思う。


 私はどう説明したものか頭を悩ませる。

 というのも、私自身が今置かれている状況を正確に把握できているわけではないからだ。


 とりあえず今わかっていることは、私がKCOの世界に意識だけ転生してしまったこと、そして、ウィズだけが私を知覚できることだけだ。


『まあ、いろいろ聞きたいことはあるだろうけど、難しいことはひとまず置いておくとして、まずは自己紹介しよっか。私は早乙女クルミ。気付いたらこんな姿になってて、それで理由はよくわからないけど、貴方にだけ私が見えているみたいなの』


 私はウィズの警戒心を解こうと、可能な限りの身振り手振りで、私は変な幽霊ではありませんよ~と表現してみせる。


「クルミ様は神様なのですか?」


『いや~神様はさすがに違うかな。私が神様なんて言ったらさすがに罰が当たっちゃうと思う。私はごく普通のゲーマー女子高生というか……』


「ゲーマー? 女子高生? 我が国にはない身分のようですが、それはどういったご役職なのですか?」


 ウィズは私の言葉を聞いて不思議そうに首を傾げる。


 ああ、そうだよね。

 女子高生って言ってもわからないだろうし、ゲーマーなんてもっとわからないだろうな~。


 この世界で一番わかりやすい言葉で言うなら……。


『うぅ~ん……みたいな?』


「ぐ、軍師様?!」


 私の発した言葉に殊更に反応したウィズは、平伏するように私に頭を下げる。


「まさか名高い軍師様の霊でいらしたなんて……。幼い風貌でしたので、心得違いをしておりました」


『幼い風貌? ウィズには私はどのように見えてるの?』


「クルミ様は、年齢は私と同じくらいでしょうか。肩にかかるくらいの光輝く金髪に、チャームポイントとも言える赤色の髪飾り。お召し物は、こちらの世界の士官学校の制服のような臙脂色のブレザーに、白色のスカートです」


 ふむふむ。

 どうやら私の姿は、現実の私、早乙女クルミの姿でウィズにも見えているみたいだね。


 まあ、変な怨霊みたいな状態で見えてるわけじゃないのはよかったけど、それにしても、名高い軍師様かぁ~。

 ちょっと身分を盛りすぎたゆえに若干誤解が生じているような気もするけど、別に嘘をついているわけでもないし、この方が私にとっては好都合か。


 私は考えていた。

 今後、この世界でどのように生きていけばいいのかを。


 現時点で私のことが見える人はウィズしかいない。

 換言すれば、私はウィズに頼るしかないし、仮にウィズを失うことがあったら私はまた一人ぼっちに逆戻りだ。

 元の世界に戻れる保証もない中で、ウィズを失うことは、私にとっては絶対に避けなければならないことだ。


 そうなると、私の進むべき道も自ずと決まってくる。


 ウィズはいずれエディンビアラを背負って立つ軍師になる。

 そして、最終的には、私が率いていた国、ウォールナッツ帝国と戦うことになる。

 つまり、私が経験したゲームの通りに事が進めば、少なくとも、ウォールナッツ帝国との頂上決戦まではウィズが死ぬことはないのだ。


 私の知るウィズは真面目で実直。

 常に冷静で、一分の隙もなく相手を圧倒する正確無比な軍略が特徴だった。

 おそらく私のようなちゃらんぽらんな性格ではなく、知識に貪欲な努力家タイプなのだろう。


 そうであるならば、ウィズは私の軍師としての知識を求め、必ず私を必要とする。


 そう考えると、利用しているみたいで若干の申し訳なさもあるけど、ウィズが私の身分を『最強軍師』であると勘違いしていることは、私にとって非常に都合がいいのだ。


 それに……これは私の勘でしかないんだけど……エディンビアラにウィズがいた以上、きっとウォールナッツ帝国には、KCO世界の私のアバター、がいる。


 そして、これまた勘でしかないんだけど……もし、彼女に会うことができれば、私がこの世界に意識だけ転生した意味もわかるかもしれないんだ。


 そう考えると、やはりウィズには、少なくとも頂上決戦までは生き残ってくれないと困る。


 そこまで考えて、私はウィズのことを真っ直ぐ見つめる。


『うん。さすがは聡明なウィズだね。話が早くて助かるよ。私はこことは別の世界で最強軍師の称号を得たの。でも、私はその世界で死に、この世界に意識だけ転生した。私のことはウィズ以外には見えないし、私の声はウィズ以外には聞こえない。私はその理由を考えていた。でも、ウィズと話してやっとわかったよ


「…………」


『私は、ウィズ、貴方に出会うためにここに来たんだ。私の持つ知識を、私の持つ経験を貴方に伝えて、世界最強の軍師にするために


「……私を世界最強の軍師にするため」


 ウィズは一度俯くように視線を落とすと、そのまま、消え入りそうな声を出す。


「私はクルミ様のご期待に添えるような人物ではありません。現に今日は私の愚行のせいで、国家軍師の任を解かれ、また、アーデル様との婚約も破棄されてしまいました」


『ううん。ウィズは『兵棋演習』っていうのを使って作戦を考えたのかな? 私はウィズが提案した作戦も見ていたけど、とても美しい作戦だったと思うよ。緻密で合理的。ウィズの性格がよく出てるいい作戦だったと思う。あれはあの作戦を承認できないバカ王子の狭量によるものだよ。でもね……いくらバカ王子とはいえ、メンツを潰すような提案の仕方はよくなかったかもね。あと、作戦会議後のバカ王子とのやり取りも。あれでは火に油を注ぐだけだし、ウィズ自身も持ち前の冷静さを欠いていた。軍略とはね、自身の感情をコントロールし、他者を上手に動かすことも含めて軍略なんだよ。ウィズだってわかってたでしょ? あの場であんな言い方をしたら、ただでさえウィズに劣等感を持っているバカ王子が反発するってことぐらい』


「……そうですね。あのときは初めての国家軍師としての任でしたので無我夢中で。自身の正論を述べることばかりに傾倒していました。今思えば、あのような提案うまくいくわけがありませんでしたね」


『そうだね。でも、人はそうやって成長していくんだよ。ウィズの長所はその真面目なところ。その部分は大事にしてほしいと私は思うよ。それに前向きに考えよう? 国家軍師の任を解かれたのは確かにちょっと痛いかもだけど、まだ挽回のチャンスはいっぱいある。それにバカ王子との婚約を破棄できたのなんかむしろラッキーじゃん。大方、親が決めた政略結婚なんでしょ? ウィズを見てれば、あのバカ王子に愛情が無いことくらいわかるよ』


「さすがに不敬ですよ、クルミ様。こんな会話、もし誰かに聞かれたら……」


『だぁ~いじょうぶだって。少なくとも私の声はウィズ以外には聞こえないんだから。あ、それに、多分ウィズは実際に声を出さなくても私と会話できるよ』


「声を出さなくても?」


『説明は難しいけど、心の中で会話するように私に話しかけてみて』


「(えっと、こうでしょうか……)」


『そうそう! その感じ!』


「(これはすごいですね。これなら人前でも気付かれずにクルミ様と会話ができます)」


『ね、すごいでしょう。私もさっき気付いたんだ。これさえあればどんなにやばいことしゃべっても周りにはバレないよ』


「やばいことって……」


『あ、あとさっきからすごい気になってたんだけどさ、その『クルミ様』って言うのはやめてよ。私、こう見えてまだ18歳なんだよね』


「私は16歳ですので、クルミ様の方がお姉さんです」


『だぁーもう細かいなー。2歳差なんて社会に出れば誤差だよ、誤差。だから気軽に『クルミ』でいいよ。あ、私は『ウィズ』って呼ぶからね。ってもう最初から呼んでるか』


 私がそう言って笑いかけると、ウィズは少し困惑したように眉を下げつつも、微かな笑みを見せてくれた。


 これは了解と捉えていいのかな?

 善処しますみたいな感じかな。まあ、いきなり呼び方を変えるのって難しいからね。

 無理せず少しずつでいいけど。


 今日はいろいろあったし、初日からギアを上げすぎると後で失速しちゃうからね。


『とりあえず、今日は疲れたし、もう寝よっか?』


「……そうですね」


 さすがのウィズもさすがに心労が溜まっていたのか、私の言葉に素直に首肯してくれた。


 そうして私とウィズはウィズの部屋に移動する。


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