特別な存在になりたかった物書きがツンデレ女神とともに異世界で物語を作るようです

面舵一杯ザトウクジラ

プロローグ:特別な存在になりたくて

"世の中にはコンテンツが多過ぎる"


 小説・漫画・アニメ・ゲーム・動画配信サイト、全世界で見れば毎秒、作品が更新され続けている。多くの人がコンテンツの供給が過多であると感じていることだろう。


 このような状況下でも、あふれても止まらない作品の供給から人々は自分の好きなコンテンツを見つけ出す。だがひとりの人が娯楽に費やせる時間は有限だ。


 学生時代は時間があっても、社会人になれば仕事を終えるか、休日にしか娯楽に費やす時間を取れなくなる。家庭を持ち子供が生まれたのなら、子供の養育に膨大な時間をかけることになり、娯楽に費やす時間はほとんどなくなる。


 このような状況では必然的にコンテンツ同士で時間の奪い合いになる。時間の奪い合いに負けたコンテンツは消費されなくなり消えていく。消えたコンテンツが必ずしも低クオリティでつまらないとは限らない。問題はいかに消費者に時間を消費してもらったかだ。


 このコンテンツ過多の時代に新しいものを作って、多くの人に見てもらおうとするなら、大きな声を出さなければ注目されない。では、窓に向かって"俺はこんなものを作りました見てくださーい"なんて叫ぼうものなら誰も見ないし不審者として通報されるだけだろう。


 現代の拡声器は金だ。金をかけて広告をすれば、必然的に多くの人の目に留まるし、興味を持った人々が集まってくれる。自分の作品を多くの人に見てもらいたいと思うのなら、金という拡声器で声を張り上げるのが効果的な手段なのだ。ただし、個人のはした金程度ではスマホで音量を1上げたことにすらならない。


こんなことを考えながら水曜の昼がただただ失われていく。


 生涯に完結させた長編作品は5作、未完結は……忘れた。頭の中に浮かび上がってもアウトプットしなかった作品は数えきれない。昔からインターネットで小説を書き続けできたが、新作を書くたびに参照数が減っている。ついには無気力になり新作を書かなくなった。


 徳井(とくい)涼司(りょうじ)は、人気作家になることを夢見た物書きの端くれにもならない存在だ。作家を志したきっかけは、ほんの少しでも自分が特別な存在であることを信じたからだ。俺が特別であると信じた理由は、クラスメイトの友人が何気なく言った言葉だ。


「それ本当に徳井が書いた小説なん?」


 辻本という小学校時代のクラスメイトに見せた人生で3番目に作った小説のプロローグ。いつも軽口を言ってバカにし合っていた仲だった。当時の俺は見せた後に少しだけ気恥ずかしくなり、自分が作った小説にもかかわらず俺はひねくれてこう言った。


「バレたかぁ……違う違う! まぁテキトーにインターネットから拾った小説だよ」


 どうせバカにしてくるのだろうと思い気恥ずかしくなって嘘をついたのだが、辻本の口から出たのは俺が想像していた言葉とは真逆だった。


「だよなぁ! 徳井が書いたにしては上手すぎるっしょ! 国語の成績も俺と同じくらいなのに、こんなプロみたいな小説書けるわけねぇって! ハハハ!」


 上手すぎる、プロみたい……結果的にそれは俺が嘘を吐いたことで聞き出せた辻本の本音だった。俺は辻本の本音に舞い上がり、よりいっそう精進して小説を書くことを決意したのだ。いつの日か人気作家になって、あの日の嘘の種明かしをしてやりたかった。


 この日から俺は自分が特別な存在だと言い聞かせた。人気作家になって面白い作品を作って、たくさんの人に自分の作った小説を楽しんでもらう未来を想像しながら、来る日も来る日も作品を書き続けた。


 インターネットに作品を投稿するようになって、感想がたくさん来るようになった時期もあった。書き始めてすぐに10人から感想を貰えたが、1人で書き続けていた俺には革命的だった。多くの人が俺を称賛してくれる。その麻薬のような快楽に溺れながら、俺は特別な存在であったと確信して作品を書き続けた。


 でも、大人になって気づいてしまったんだ。自分は特別な存在でもないし、特別にはなれないってことに。俺はただ斜に構えていただけの凡人だ。成長するにつれて視野が広がれば、俺よりも才覚のある人間なんていくらでもいるってことがわかった。


 その事実にひねくれながらも文章を書くことはやめなかったが、新作を作るためのインプットで作品を探しているときに気づいてしまった。これだけコンテンツが過剰供給されている世の中で俺がコンテンツを書き続ける必要があるのか、そこに疑問を持ってしまった。


 その疑問を持ったとき、俺はずっと書き続けていた文章が書けなくなった。今読んでくれる読者のことは大事にしたいが、俺が辞めても他の作品を読むだけなんじゃないかと思った。その考えは徐々に俺を蝕んでいき、それでも新しい作品を書くためだと言い訳して、新しい作品を読むインプットを繰り返す。


 高校を卒業して、大学にも行かず小説を書き続けて作家を目指す道を志したにもかかわらず、気づけば俺は3年も新作を書いていない。気づけば25歳、5年前に両親が亡くなり遺産で暮らしているが、その貯金もなくなれば、社会に出て働くしかない。


 社会は高校を卒業してから25歳まで何の社会貢献もしてこなかった物書きの端くれにもならないゴミのような存在にろくな仕事を与えるわけがない。退いても地獄、進んでも地獄でしかない。まさに人生が詰んでいる。


 この世界に俺の需要がないだけだ。きっと別の世界に行って、物書きが俺しかいなかったのなら俺は特別な存在になれる。人気作家になることも夢じゃない。


 ここまで追い詰められた状態でも現実を見ようともしない自分を自嘲しながら、俺が特別な存在になるにはこれしかないと結論付けた。


 このどうしようもない生活を終わりにし、ハロワにでも行って少しでも楽な仕事を探す。余った時間で才覚ある特別な人が作ってくれたコンテンツを楽しむ。誰もが妥協して進む道に俺は流れることを決意した。


 自分の願いが叶わなかったからといって、自殺する勇気すら持てなかった。やはり死ぬのは怖い。だが神はもう俺を待ってくれなかった……。


 ハロワに行く前に腹ごなしのためにいつものコンビニ立ち寄る途中、その悲劇は突然起きた。軽トラがこちらを目掛けて猛スピードで突っ込んできたのだ。


「は?……『ドガシャーン!!!!』」


消えていく意識のなかで、俺はある声を聞いた。


『今のが……ふーん、まぁいいかこいつで』

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