第10話

 カルラとアンは二人の案内で村の外れまでやってきた。村の入り口とは反対方向になるため気が付かなかったが、そこには一面色とりどりの花が植っていた。夕焼けに照らされながら風に吹かれている様子は圧巻だった。

「小さな村ですが、この光景だけはちょっとした自慢なんです」

 ユーミンが花を見つめながら静かに言う。その言葉に同意するようにステラが頷く。

「ここの花は村で手入れしているの?それとも個人がこれだけの花を?」

「ここの花は村人全員で大切に管理していますわ。毎日村の女性が数名ずつが当番制でお世話をしてるんですの」

「男はガサツな奴が多いし、畑仕事もあるから、村の女性陣がもっぱら世話をしてるって感じだな」

 二人の言うように、手間ひまかけられた花たちは他で見たどの花畑よりも美しく思えた。カルラは美しい花畑を記憶に焼き付けるようにじっと見つめた。アンも目の前の光景に息を呑んでいる。

 そうして少しの間、四人で花畑を楽しんだ後、花冠作りに取り掛かることにした。

「ここのお花を直接切ってしまうのですか?」

 ユーミンのステラの後ろをついて歩きながらアンが尋ねる。その顔には、この美しい花畑に手を加えることへの罪悪感が浮かんでいた。

 ユーミンは笑って首を横に振る。

「いいえ。ここにあるお花は売り物になるものもありますから、お祭りで使うお花は別で用意してありますの」

 ユーミンの返事を聞いてアンは安心したように胸を撫で下ろした。

「あそこに小さな小屋が見えるだろう?」

 ステラは花畑の端に建てられた小さな木造の小屋を指差した。

「あの小屋に花爺って人がいて、ここの花畑を管理する長をやっているんだ。祭りで使う花もその花爺って人がまとめて管理してるんだよ」

「ステラ、花爺さんは愛称でしょう。まずはちゃんとメディクさんという名前があることを伝えないと」

「花爺は花爺だからら別によくないか?」

 ユーミンの指摘にステラは首を傾げる。ユーミンは困ったように眉尻を下げた。

「二人は本当に仲良しなのね」

 二人のやり取りを面白おかしく眺めながらカルラは小さく笑う。カルラに笑われたことで二人は互いの顔を見つめ合い、その後カルラと同じように笑い出した。

「ステラとは本当に小さい頃からの付き合いですから。お客人にもそう見えているのでしたら、とても嬉しいですわ」

「お互いにたくさん迷惑かけながら一緒に育ったので、血は繋がってないが姉妹のように思ってる……本当に大事な人だよ」

 二人はお互いの言葉に照れたように笑い合う。カルラはお互いに大切に想い合う二人を見て、少しだけ羨ましいと感じた。カルラには歳の近い友人や気のおける友人というのは少なかった。それは、カルラの住んでいる場所が首都から遠いことや、ある年齢まで勉学を優先していたことが原因にあげられる。カルラはリーンと違い社交の場にもあまり出たことがないので、仲のいい二人には憧れに近い感情を抱いた。

「おや?ステラにユーミン……それにお客様かのぅ?こんな時間にどうしてこんな場所におるんじゃ?もうすぐ祭りが一番盛り上がる時間じゃろうて」

 四人が小屋の近くで話し込んでいると小屋の影から背中を丸めたおじいさんがひょっこりと出てきた。

 ほんの少しの白い髪に、髪と同じ白い顎髭を二センチくらい伸ばしたおじいさんだった。驚いた様子を見せながらも温かく迎え入れるように優しく微笑んでいる様子から人の良さが滲み出ていた。

「こんばんは、花爺」

「花爺さん、こんばんは。もしもまだお花が余っているようでしたら、この方々に少しだけ分けてもらえないかしら?」

 ステラとユーミンがそれぞれ花爺と呼ばれたおじいさんに挨拶をする。花爺はユーミンのお願いを聞くと声を上げて笑った。

「よいぞよいぞ。今は花祭りじゃ。花達も使ってもらえた方が喜ぶじゃろう。ふむ、少し待っておれ」

 そういうと花爺は小屋の中へと入っていった。

「元気なお方ね」

 花爺が小屋の中に入っていくのを見ながら思ったことを呟く。

「花爺はこの村の年寄りの中でも一番を争うくらい元気があるんだ」

 ステラが肩をすくめる。ユーミンは小さく笑っていた。

「でも、花爺さんが元気にここを管理してくれるから、私たちは毎年綺麗なお花を見ることができるのよ」

 ユーミンは一面に広がる花畑を誇らしげに見渡す。この花畑の日々の世話は村人で分担しているとはいえ、これだけの規模の花畑を総括するのは大変だろう。だけど、村人が大切にしている花畑を任されていることから、花爺は周りからの信も厚いことが窺えた。

 そうこうしていると小屋からたくさんの花が入った桶を持った花爺が出てきた。

「ほれ、好きなものを好きなだけ持っていくといい」

 水も張って重たそうな桶をトンと優しく地面に降ろす。桶の中には小屋の周りに美しく咲いている花と同じものが入っていた。どれも摘みたてのように美しく、選ぶのに迷ってしまいそうだった。

「こんなにたくさんのお花があると迷ってしまいますね、お嬢様!」

 アンがキラキラした瞳でしゃがみながら花に手を伸ばす。花の中から小ぶりの白い花を咲かせているものを手に取り、その香りを嗅ぐ。花特有の甘い香りがアンの鼻をくすぐった。

「そうね。こんなに綺麗だとどんな花冠にするか悩むわね」

 カルラもアンの横にしゃがみ込んで、桶に入った花々を見つめた。

「どの花を使用するか悩む時は、誰に渡したいかを考えればいい」

 悩む二人にステラが助言する。ユーミンもステラの言葉に同意するように頷く。

「誰かを思って選んだ花にはきっと意味が生まれますわ。……カルラ様はあの御方に作ってあげるのですか?」

「あの御方?」

「村の入り口でカルラ様と一緒にいらっしゃった方ですわ」

 ユーミンの言う人物が誰かわからず一瞬考え込む。そしてすぐにその誰かとはヨハンであることに気づいた。アンもカルラが誰に花冠を渡すのか気になっているようで、花を選ぶ手を止めてカルラをじっと見ていた。

 カルラはみんなの視線を集めながら、慌てて首を横に振る。一応リーンが見つかるまでは、確かにカルラが婚約者の立場にあるが、カルラとしてはほぼ初めましてのヨハンに対して花冠をあげるほど特別な想いは持っていなかった。むしろその笑顔の胡散臭さから不審な目で見ているくらいだった。

「ないわ。一番ありえないわ」

 真顔で答えるカルラにユーミンは「あら」と予想が外れて残念そうな様子を見せる。アンもカルラがヨハンに花冠を渡すと思っていたようで驚いた顔をしている。

「じゃあ誰に渡すんだ?」

 ステラも興味津々な様子で尋ねてくる。

「うーん、そうね……あげるとしたらやっぱりアンかな」

「えっ!わ、私ですか!?」

 アンの名前を出すとアンはさらに驚いた様子を見せた。ここで自分の名前が出てくるとは思わなかったのだろう。

「いつもお世話になっているお礼よ」

「そ、そんなこと……!私なんていっつも大事な時に失敗してお嬢様を困らせてしまっているのに……。でもお嬢様のお気持ちはとても嬉しいのですが、私なんかにお渡しなるよりヨハン様にあげるべきですよ!きっとヨハン様もお嬢様から花冠をいただきと思っているはずです!」

「そうかしら?私はそうは思わないけど」

 この結婚のためなら相手は誰でもいいと言った男だ。カルラから花冠を貰おうと貰うまいと、おそらく気にしたりしないだろう。それにその見目の良さからここの村人から沢山花をもらっていそうなものだ。だからわざわざカルラが上げる必要もないだろうと考えた。

「絶対に!喜んでいただけますよ!」

 やや興奮気味にアンがカルラににじりよる。いつにないアンの様子にカルラは思わず体をのけぞらせる。

「私も、カルラ様はあの御方に渡された方がいいと思いますわ」

 ユーミンもアンの言葉に同意する。ステラだけは不思議そうに首を傾げていたが、「他に渡す相手がいないなら渡せばいいんじゃないか?」とアンとユーミン寄りの意見を述べる。いつのまにか三対一の構図になっており、カルラはひくりと頬を引き攣らせる。

「これこれ。あまり押し付けるのもよくないぞ。心から相手の幸福を願って編むからこそ、この花冠の渡し合いには意味があるのじゃからな。嫌々編んだものには女神様の祝福も宿らんじゃろう」

 カルラが三人に詰め寄られていると花爺が助け舟を出してくれた。

「花爺の言うことも一理あるな」

「少々騒ぎ過ぎてしまいましたわ」

 花爺の言葉にステラとユーミンもすぐに身を引く。アンは少しの間勿体なさそうにしていたが、すぐに気持ちを切り替えて花を選び始めた。

「ほれ、早く花を選んでしまいなさい。今夜はあっという間に過ぎてしまうじゃろうからのぅ」

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