十人十色の学校ノート

たや

第1話 学校を作ろう

「どうか、お願い申し上げます! この国から“消えてしまった学校”を作っていただけないでしょうか!」



 ――ここは、いったい、どこなんだろう?



 漫画やゲームの世界でしか見たことのないような豪華に彩られたエントランスホールの真上には、クリスタルガラスで白く綺羅びやかに飾られたシャンデリアが来訪者を煌々と照らしている。曲線の美しいうねりが特徴的な階段がホールの真ん中に設置され、そのすぐ脇で必死に説得しようとする老人男性を、来訪者たちは戸惑いの表情で眺めていた。

 来訪者は、いずれも十歳から十五歳くらいの年齢の子どもが計三名。不安そうな表情を浮かべる者、せわしなく辺りをキョロキョロ見渡す者、視線を一瞬合わせただけですぐに俯いてしまう者。お互い見知らぬ相手ばかりで、落ち着かない表情を浮かべている。そんな中、突如現れた見知らぬ空間と見知らぬ初老の男性の言葉で、脳内から情報が溢れ出るほど混乱している状態だった。


「我が主が残した最後の願いなのです! どうか、どうか……」

 腰は折れ曲がり、体全体を杖で支えている。見るからに、かなりの高齢の老人に見える。耳の聞こえが悪いのか、いや、物忘れがひどいのだろうか。先ほどから、何度も同じ文言を繰り返していた。

「ちょ、ちょっと待って! 落ち着いて下さい! それよりもまず、ここは何処なんですか?」

「そ、そうだよっ! 気づいたらいきなりこんなところにいるなんて! 確か、家にいたはずなのに……」

「クソっ! 今日中に周回プレイしないとガチャ回せねーのに! 何でこんなところにっ!」

 何度も同じ言葉を繰り返す老人男性を遮り、皆口々に戸惑いの声や不機嫌そうな声を上げる。


 ――そうだ。確かに、家にいたはずなのに。ここ最近は、まったく外に出た記憶がない。それなのに……。


 一様に出てくる発言を聞くと、その老人男性はハッと気づいたかのように自分の主張をピタリと止めた。

「……コホンッ。説明が足りず、大変申し訳ございません。わたくしとしたことが、性急に話を進め過ぎてしまいましたね」

 そういうと、その高齢の老人は急にくるりと背中を向け、階段脇に置いていた革鞄を持ち上げた。


 ――その瞬間!


 折れ曲がっていた丸い背中は直立不動の姿勢になり、パサつきが目立っていた薄い髪は銀色がかった白髪を織り交ぜ、清潔感のあるオールバックに整えた髪型へ変貌した。服装も大きく様変わりし、漆黒の燕尾服に真っ白のフォーマル手袋を携えている。まるでお屋敷の使用人のようなその者は、胸ポケットから一枚の名刺を差し出した。


「わたくし、こういうものでございます」


 一瞬で早着替えを行った状況に目を丸くし、さらに藍色の紙に金色の箔で書かれているその名刺に全員の視点が注目する。


 麻生田家執事

 片岡かたおか 時紬ときつむ


「……えっ? 執事? 執事って、あのお屋敷とかで雇われている?」

「左様でございます」

「えっーー!? すごーーいっ! じゃあ、ここお金持ちの人が住んでるってこと!?」

「マジかよ……。執事ってホントにいるんだな。漫画の世界だけかと思ってたぜ」

 先程まで不安の色一色だった空気感が一気に吹き飛ばされ、皆興味津々に、その執事の風貌に魅入っていた。

「わたくしは、我が主の命により、“消えてしまった学校”の再建に取り組んでおりました。しかし、どうにもこうにもうまく行かず、ほとほと困り果てておりました。そんな時に、皆様がこのお屋敷へやって来られたのです。“学校”とは『子どもが行くもの』とお聞きしておりましたので、皆様は“学校”とやらをよくご存知かと。是非とも、お力を貸していただきたい次第でございます」

 片岡は深々と頭を下げ、殊更に先ほどから繰り返される言葉を紡いでいく。

「いや、でもよぉ……。学校を作るって言ったって、俺たち子どもなんだから金なんかねーぞ?」

「だよねぇ……。しかも、“学校が消えた”なんて信じられない。学校が無くなるなんて、ありえるかな?」

「非現実的ですよ。最近流行りの『異世界もの』じゃあるまいし。というか、もしかして僕たち、変なところに誘拐されたってことなのでは?」


 再び緊張の色が走る。そうだ。皆、騙されているのでは……


「いえいえっ! 皆様はここに“選ばれて”来られたはずです。我が主の願いを叶えることができる者とお聞きしております。間違いなく、選ばれた皆様なのでございます!」

 片岡は必死に弁明していたが、そんな簡単に信じられるものだろうか。


“選ばれた”なんて――

 そもそも、自分は学校にのに――


 重い空気が立ち込み、沈黙の時間が暫くの間広がる。その空気感を和らげたのは、片岡が革鞄から取り出した一冊のノートだった。

「皆様、こちらをご覧下さい。」

 疑念の音は晴れない状態だったが、三人は片岡が広げた一冊の古めかしいノートに視線を移す。

「こちらは、我が麻生田家に代々受け継がれていた家宝、『希求筆記帳ききゅうひっきちょう』と言われる物で、門外不出とされてきたものです。現在は、我が主に代わり、わたくし片岡がお預かりしている物でございます」

「ききゅう……? 何だそれ?」

 聞いたこともない名前に、全員が戸惑いの表情を浮かべる。しかし、次の言葉が三人を一気に異世界の世界へといざなった。

「こちらは、いわゆる“願いが叶うノート”でごさいます」


 ――願いが叶うノート!?


 片岡の言葉を聞いた瞬間、みな口をポカンと開けていたが、脳内にその言葉が刻み込まれると一斉に色めき立った。

「願いが叶う!? 何だよそれ! やっぱ、漫画の世界なのかここは!?」

「えっ!? 何でも願いが叶うの!? じゃあ、『お金持ちになりたい』とか、『登録者数一億人の超有名動画配信者に会いたい』とかでもいいの!?」

「いや、むしろこのまま『家に帰りたい』でここから抜け出せるのでは?」

 確かにそうだ。願いが叶うのであれば、『家に帰してほしい』と思えばいいはず。いや、それよりも……。

「……ん? 待てよ。そんな願いを叶えるものがあるんだったら、この執事さんが言っていた『学校を作ってください』って願いを言えば終わりなんじゃねーか?」

「ホントだ」

 確かに、その通りだ。わざわざこちらに依頼せずとも、そのノートを使えば学校を再現できるではないか。

「その通りでございます。もちろん、わたくしもこの『希求筆記帳』を使えば我が主の願いが叶うと思ったのですが……。しかし、お恥ずかしい話、わたくし実は、“学校"というものが何かわからないのです。『希求筆記帳』は、自分の知らないことの願いを叶えることはできません。知識として、確実に知っていなければ使用することは不可能なのでございます」

 片岡の言葉に衝撃を受ける三人。

「はっ!? そんなことあるか!? いくら何でも学校ぐらい知ってるだろ!?」

「あっ、もしかして片岡さん、高齢の人だから昔の戦争とかで学校行けなかったとかでは? 歴史の教科書にそんな子どもたちもいたってエピソードが載ってた気がしますが」

「えっ、でも学校を“まったく知らない”なんて……」

「いえ、わたくしは本当にわからないのです。というより、この国の人々すべてが学校というものを“忘れてしまった”と我が主は申しておりました。我が主はその件を調べていたようなのですが、急に行方がわからなくなってしまったのでございます……。我が主をお助けすることもできずここに残され、不甲斐ない思いで、ございます……」

 それまでキビキビとした面持ちで説明していた片岡の表情が、急に暗い影を落としたように悲痛な面持ちとなる。その様子を見ていた三人は、片岡の感情が自分の思いとクロスしていくように感じていた。


 ――どうにかしたいのに。

 ――変えたいと思うのに。

 ――自分は、何もできていない。


「……わかった。やるよ。それでいいよな? 二人とも」

 お互いに視線を合わせ、同じタイミングでコクリと頷く。急遽見知らぬ館に集められた、名も知らない三名の子どもたち。疑心暗鬼の気持ちが拭えないでいたが、今の状態では家に帰る術も見つからないため、とにかくここでしばらく過ごし、片岡から言われたミッションをこなしていくことになった。

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